聞き違い
★1.死に瀕した人間の苦悶の声音を、風音や鼾声と聞き違える。
『心中』(森鴎外) 雪の夜、料理店の女中2人が廊下伝いに小用に行く。「ひゅうひゅう」という、戸の隙間から風が吹きこむような音がするので、音の出所を捜して4畳半を開けると、男女が心中している。女はまだ息があって、刃物で切られた気管の疵口から呼吸をする音が、「ひゅうひゅう」と聞こえたのだった。
*逆に、ただの風音を、すすり泣きの声と聞き違える→〔泣き声〕4の『現代民話考』(松谷みよ子)。
『沈黙』(遠藤周作) ポルトガル司祭ロドリゴは、キリシタン禁制の日本に潜入して牢に捕らわれる。夜、酔った牢番の鼾(いびき)らしい音が聞こえるのでロドリゴは嗤(わら)うが、実はそれは、穴の中に逆さ吊りされた日本人信徒たちの呻き声だった。ロドリゴが棄教すれば、信徒たちは拷問から解放されると聞いて、彼は踏絵の前に立った→〔禁制〕7。
*苦悶の叫びが、牛の鳴き声に聞こえる→〔動物音声〕3の『ゲスタ・ロマノルム』48。
『あばばばば』(芥川龍之介) 保吉は、行きつけの雑貨屋で燻製の鯡(にしん)を買った。店番の若妻に「鯡をくれ給え」と言うと、若妻は羞かしそうに顔を赤く染めた。それから数ヵ月後、保吉は若妻が赤ん坊を「あばばばば」と、あやす姿を見た。あの時若妻は、「鯡」を「妊娠」と聞き違えたらしかった。
『鐘の音』(狂言) 主が、息子に金の熨斗付けの刀を与えようと考え、太郎冠者に「付け金の値を鎌倉へ行って聞いて来い」と命ずる。太郎冠者は「撞き鐘の音」と聞き違え、寺々の鐘を撞いて廻る。
『北野天神縁起』 右大将保忠が病気になった。平癒を祈って祈祷僧が『薬師経』を読誦し、「所謂宮毘羅大将(いはゆるくびらだいしゃう)」と声をはりあげる。それを聞いた保忠は、「『我くびらん(=大将である私をくびり殺す)』と読んでいるのだ」と思い、恐怖心から、そのまま意識を失ってしまった〔*『大鏡』「時平伝」に類話〕。
『古今著聞集』巻16「興言利口」第25・通巻528話 兵庫助則定は、60歳ほどの老女小松を寵愛したため、皆から「小松まぎ」と呼ばれていた。ある日、台盤所の女房が「こまつなぎ」(馬棘あるいは大根草)を求めた時、侍が間違えて「小松まぎ」則定を連れて来た。
『日本書紀』巻13允恭天皇42年11月 新羅の人が、耳成(みみなし)山・畝傍(うねび)山を愛でて、「うねめはや、みみはや」と言った。日本語に習熟していなかったので発音が訛ったのだった。ところがこれを聞いた人が、「新羅人が采女(うねめ)と密通したのだ」と誤解し、新羅人は捕えられた。
*「寒いから懐炉」を「寒いから帰ろう」→〔映画〕12の『朝の試写会』(志賀直哉)。
*「応無所住而其心生」を「大麦4升小豆3升」→〔呪文〕3の『藤棚』(森鴎外)。
*「亀嵩(かめだけ)」を「カメダ」→〔最期の言葉〕2の『砂の器』(松本清張)。
*「たのきゅう」を「狸」→〔弱点〕1の『たのきゅう』(昔話)。
*「茶を飲む」を「蛇(じゃ)を呑む」→〔茶〕3の朝茶の由来の伝説。
*月に1度の逢瀬を、年に1度と聞き違える→〔天の川〕1の『天稚彦草子』(御伽草子)・『牽牛星と織女星』(中国の民話)。
『むく鳥のゆめ』(浜田広介) 冬の夜、「かさこそかさこそ」と羽のすれあう音がするので、むく鳥の子は「遠いところへ行ってしまったかあさん鳥が帰って来たのだ」と思う。とうさん鳥に「風の音だよ」と言われて、むく鳥の子が見に行くと、冷たい風が黄色い枯れ葉に吹きつけていた→〔葉〕2。
*羽ばたきの音を敵襲と聞き違える→〔逃走〕6の『平家物語』巻5「富士川」。
『藤野君のこと』(安部公房) 北海道を旅行した「ぼく(安部公房)」は、老人から、人間そっくりの動物アムダのことを聞く。多くのアムダが食糧用に飼育されたが、逃げて野生化したので、今アムダ狩りが行なわれているという。「ぼく」は驚くが、アムダはハムスターの聞き違いで、「人間そっくり」でなく「鼠そっくり」なのだった。しかしこの聞き違いから、戯曲『どれい狩り』(外見は人間で中身は異なる動物ウエーが登場する)の構想が生まれた。
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