結成〜活動休止
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タラスでデビューし、デイヴィッド・リー・ロスのバンド等で活躍していた超絶技巧ベーシスト、ビリー・シーンが、サンフランシスコの実力派シンガー、エリック・マーティンと出会い、後にレーサーXのギタリスト、ポール・ギルバートと、インペリテリなどで活躍していたドラマー、パット・トーピーが加わり、バンドを結成。ポール・ロジャース率いるロックバンド、Freeの楽曲タイトルからMR.BIGと名乗り、1989年、アルバム『MR.BIG』でデビュー。結成当初から、その華やかな顔ぶれからスーパーバンドと呼ばれ、高度な演奏技術の応酬が期待されたが、実際にアルバムの大半を占めたのは、そのバンド名が示す通りのオーソドックスなハードロックであり、オープニングナンバーの「Addicted To That Rush」でこそビリーとポールが得意の速弾きを披露して周囲の期待に応えたものの、2曲目以降ではメンバー各人が持ち場をわきまえたプレイに徹していた。 1991年に、2作目のアルバム『Lean Into It』をリリース。先端にギターピックを取り付けた電動ドリルによるトリックプレイで話題を呼んだ「Daddy, Brother, Lover, Little Boy」や、その後のライブにおける定番曲となる「Alive And Kickin'」といったパワフルなハードロック、「Just Take My Heart」のようなバラード、キャッチーなメロディを持つ「Green-Tinted Sixties Mind (60'S マインド)」、そして全米No.1シングルとなる「To Be With You」などが収録され、バンドの代表作となる。しかし、"60'S マインド"と"To Be With You"の2曲は、同じアルバムに収録するか否かについてメンバー間で問題となった曲でもある。このポップな2曲のヒットによって、「ブリティッシュ・ハードロックに根差したブルージーなロックバンド」という結成当時の構想と、現実との間にずれが生じ始める皮肉な結果を生んだのも、また事実である。良くも悪くも、ここがバンドの分岐点となった。 1993年、3作目のアルバム『Bump Ahead』をリリース。「To Be With You」の大ヒットによって一躍人気アクトの仲間入りを果たした、レコード会社からの大きな期待、言い換えれば圧力を受けながら、このアルバムを制作することとなった。さらに会社側からの「『To Be With You』のような曲がもう一つほしい」との要望によって大量のバラード曲のデモ制作を余儀なくされ、結果、キャット・スティーヴンスの「Wild World」のカバーを追加収録し、シングルカットもされたが、商業的に成功したとはとても言えない結果に終わることとなる。しかしながらアルバムの完成度は高く、楽器隊の3人が超人的なユニゾンプレイを披露する「Colorado Bulldog」をはじめ、グルーヴ満載の作品である。また、シンセサイザーやストリングスを大胆に導入した曲もあり、音楽性の広がりを感じさせる作品となっている。本作には、バンド名の由来となったFreeの「Mr.Big」のカバーが収録されている。 1996年1月に、4作目のアルバム『Hey Man』をリリース。これまでのアルバムは、1曲目に必ず「激しく、楽器陣が超絶テクニックを駆使したアップテンポのハードロックナンバー」を持ってくるという法則があったが、このアルバムで初めてそれが破られた。ピアノによるイントロで幕を開けるオープニングナンバー「Trapped In Toyland」は、ドライブ感はあるがダークなムードが漂う異色作。「Take Cover」は日本でシングルヒットした。「Goin' Where The Wind Blows (風にまかせて)」のレコーディングはビリー抜きで行われ、その後のメンバーの人間関係に悪影響を及ぼす結果を招いた。 同年11月には、初のベスト・アルバム『BIG, BIGGER, BIGGEST!』をリリース。その後、『ミュージックステーション』への出演を最後に活動休止を宣言。メンバーはそれぞれ、ソロ活動、別のプロジェクトに乗り出す。1997年に、日本武道館でのライブを収録した『LIVE AT BUDOKAN』をリリース。初回盤は、武道館と同じ八角形のアルミ製のケース(武道館とアルミ缶をかけた洒落と思われる)入りであった。
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結成〜活動休止
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「access (音楽ユニット)」の記事における「結成〜活動休止」の解説
1992年 7月頃、浅倉大介の2ndアルバム『D-Trick』にゲストボーカリストとして貴水博之が参加。ユニットを結成する。 9月29日、浅倉大介のライブ「Day-Trick」日本教育会館公演にゲスト出演。 11月25日、ライブ「Virgin Emotion〜Start On access 1125〜」(原宿ルイード)を行う。 11月26日、1stシングル『Virgin Emotion』をリリース(オリコン最高位40位)。 1993年 1月25日、2ndシングル『JEWELRY ANGEL』をリリース(オリコン最高位14位)。 2月25日、1stアルバム『FAST ACCESS』をリリース(オリコン最高位2位)。 3月20日〜4月12日、ライブツアー「FAST ACCESS TOUR '93」(8都市8公演)を行う。 5月26日、3rdシングル『NAKED DESIRE』をリリース(オリコン最高位3位)。 8月5日、ライブイベント「TEEN'S MUSIC FESTIVAL」(中野サンプラザ)に出演。 8月9日〜28日、ライブイベント「Racy Rockfes」(3都市3公演)に出演。 8月25日、4thシングル『MOONSHINE DANCE』をリリース(オリコン最高位4位)。 9月22日、2ndアルバム『ACCESS II』をリリース(オリコン最高位2位)。 10月18日〜12月28日、ライブツアー「SYNC-ACROSS JAPAN TOUR '93 ACCESS TO SECOND」(21都市24公演)を行う。 12月8日、5thシングル『TRY AGAIN』をリリース(オリコン最高位5位)。 12月31日、『ACCESS II』で日本レコード大賞ベストアルバム賞を受賞。 1994年 1月26日、6thシングル『夢を見たいから』をリリース(オリコン最高位3位)。 4月27日、7thシングル『MISTY HEARTBREAK』をリリース(オリコン最高位2位)。 5月8日、1stリミックスシングル『MISTY HEARTBREAK Re-SYNC STYLE』をリリース(オリコン最高位12位)。 5月25日、3rdアルバム『DELICATE PLANET』(オリコン最高位1位)、8thシングル『SWEET SILENCE』(オリコン最高位5位)をリリース。 6月2日〜9月2日、ライブツアー「SYNC-ACROSS JAPAN TOUR '94 DELICATE PLANET」(35都市39公演)を行う。 8月19日、9thシングル『DRASTIC MERMAID』をリリース(オリコン最高位3位)。 8月25日、2ndリミックスシングル『DRASTIC MERMAID Re-SYNC STYLE』をリリース(オリコン最高位12位)。 10月19日、10thシングル『SCANDALOUS BLUE』をリリース(オリコン最高位3位)。 11月2日、3rdリミックスシングル『SCANDALOUS BLUE Re-SYNC STYLE』をリリース(オリコン最高位10位)。 12月7日、11thシングル『TEAR'S LIBERATION』をリリース(オリコン最高位3位)。 12月12日〜19日、ライブツアー「SYNC-ACROSS JAPAN TOUR '94 DELICATE PLANET ARENA STYLE」(3都市6公演)を行う。 12月14日、4thリミックスシングル『TEAR'S LIBERATION Re-SYNC STYLE』をリリース(オリコン最高位19位)。 12月31日、『SCANDALOUS BLUE』で第45回NHK紅白歌合戦に出場。 1995年 1月1日、活動休止を発表。 3月15日、ライブアルバム『LIVE ZEROS SYNC-ACROSS JAPAN TOUR '93-'94』(オリコン最高位4位)、『LIVE ONES SYNC-ACROSS JAPAN TOUR '93-'94』(オリコン最高位5位)をリリース。 10月1日、ベストアルバム『AXS SINGLE TRACKS』(オリコン最高位6位)をリリース。
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結成〜活動休止
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「MR. BIG (アメリカのバンド)」の記事における「結成〜活動休止」の解説
1988年、タラスやデイヴィッド・リー・ロス・バンドに在籍していたビリー・シーンが中心となり、ソロ・シンガーとして活動をしていたエリック・マーティン、レーサーXのギタリストとして活動していたポール・ギルバート、さらにテッド・ニュージェントやインペリテリ等でドラマーとして活動していたパット・トーピーの4人で結成。翌年6月にアトランティック・レコードよりアルバム『MR. BIG』でデビュー。 1991年に2作目のアルバム『リーン・イントゥ・イット』をリリース。先端にギターピックを取り付けた電動ドリルを使用した「ダディ、ブラザー、ラヴァー、リトルボーイ」や、その後のライブにおける定番曲となる「アライヴ・アンド・キッキン」、「ジャスト・テイク・マイ・ハート」をはじめとしたバラード、「60'S マインド」、そして全米No.1シングルとなる「トゥ・ビー・ウィズ・ユー」などが収録された。しかし、「60'S マインド」と「トゥ・ビー・ウィズ・ユー」の2曲は、同じアルバムに収録するか否かについてメンバー間で問題となった曲でもある。 1993年、3作目のアルバム『バンプ・アヘッド』をリリース。「トゥ・ビー・ウィズ・ユー」の大ヒットによるレコード会社からの大きな期待、言い換えれば圧力を受けながら、このアルバムを制作することとなった。さらに会社側からの「『トゥ・ビー・ウィズ・ユー』のような曲がもう一つほしい」との要望によって大量のバラード曲のデモ制作を余儀なくされ、結果、キャット・スティーヴンスの「ワイルド・ワールド」のカバーを追加収録し、シングル・カットもされたが、商業的に成功したとはとても言えない結果となった。また、ギター・シンセサイザーの導入により、ピアノ、オルガン、ストリングスなどの音色を使用したサウンドが特徴となっている。本作には、バンド名の由来となったフリーの「ミスター・ビッグ」のカバーを収録。 1996年1月に、4作目のアルバム『ヘイ・マン』をリリース。日本では本作より「テイク・カヴァー 」がシングル・カットされた。なお、同じくシングル・カットされた「風にまかせて」のレコーディングはビリー抜きで行われ、その後のメンバーの人間関係に悪影響を及ぼす結果を招いた。 同年11月には、初のベスト・アルバム『BIG, BIGGER, BIGGEST!』をリリース。新曲の「Unnatural」ではポール・ギルバートがリードボーカルを披露した。その後、『ミュージックステーション』への出演を最後に活動休止を宣言。メンバーはそれぞれ、ソロ活動、別のプロジェクトに乗り出す。1997年に、日本武道館でのライブを収録した『LIVE AT BUDOKAN』をリリース。
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結成〜活動休止
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/23 20:35 UTC 版)
タラスでデビューし、デイヴィッド・リー・ロスのバンド等で活躍していた超絶技巧ベーシスト、ビリー・シーンが、サンフランシスコの実力派シンガー、エリック・マーティンと出会い、元レーサーXのギタリスト(後に再結成)、ポール・ギルバートと、インペリテリなどで活躍していたドラマー、パット・トーピーが加わり、バンドを結成。1989年、アルバム『ミスター・ビッグ』でデビュー。結成当初から、その華やかな顔ぶれからスーパーバンドと呼ばれ、高度な演奏技術の応酬が期待されたが、実際にアルバムの大半を占めたのは、そのバンド名が示す通りのオーソドックスなハードロックであり、オープニングナンバーの「Addicted To That Rush」でこそビリーとポールが得意の速弾きを披露して周囲の期待に応えたものの、2曲目以降ではメンバー各人が持ち場をわきまえたプレイに徹していた。 1991年に、2作目のアルバム『Lean Into It』をリリース。先端にギターピックを取り付けた電動ドリルによるトリックプレイで話題を呼んだ「Daddy, Brother, Lover, Little Boy」や、その後のライブにおける定番曲となる「Alive And Kickin'」といったパワフルなハードロック、「Just Take My Heart」のようなバラード、キャッチーなメロディを持つ「Green-Tinted Sixties Mind (60'S マインド)」、そして全米No.1シングルとなる「To Be With You」などが収録され、バンドの代表作となる。しかし、"60'S マインド"と"To Be With You"の2曲は、同じアルバムに収録するか否かについてメンバー間で問題となった曲でもある。このポップな2曲のヒットによって、「ブリティッシュ・ハードロックに根差したブルージーなロックバンド」という結成当時の構想と、現実との間にずれが生じ始める皮肉な結果を生んだのも、また事実である。良くも悪くも、ここがバンドの分岐点となった。 1993年、3作目のアルバム『Bump Ahead』をリリース。「To Be With You」の大ヒットによって一躍人気アクトの仲間入りを果たした、レコード会社からの大きな期待、言い換えれば圧力を受けながら、このアルバムを制作することとなった。さらに会社側からの「『To Be With You』のような曲がもう一つほしい」との要望によって大量のバラード曲のデモ制作を余儀なくされ、結果、キャット・スティーヴンスの「ワイルド・ワールド」のカバーを追加収録し、シングルカットもされたが、商業的に成功したとはとても言えない結果に終わることとなる。しかしながらアルバムの完成度は高く、楽器隊の3人が超人的なユニゾンプレイを披露する「Colorado Bulldog」をはじめ、グルーヴ満載の作品である。また、シンセサイザーやストリングスを大胆に導入した曲もあり、音楽性の広がりを感じさせる作品となっている。本作には、バンド名の由来となったFreeの「Mr. Big」のカバーが収録されている。 1996年1月に、4作目のアルバム『Hey Man』をリリース。これまでのアルバムは、1曲目に必ず「激しく、楽器陣が超絶テクニックを駆使したアップテンポのハードロックナンバー」を持ってくるという法則があったが、このアルバムで初めてそれが破られた。ピアノによるイントロで幕を開けるオープニングナンバー「Trapped In Toyland」は、ドライブ感はあるがダークなムードが漂う異色作。「Take Cover」は日本でシングルヒットした。「Goin' Where The Wind Blows (風にまかせて)」のレコーディングはビリー抜きで行われ、その後のメンバーの人間関係に悪影響を及ぼす結果を招いた。 同年11月には、初のベスト・アルバム『BIG, BIGGER, BIGGEST!』をリリース。その後、『ミュージックステーション』への出演を最後に活動休止を宣言。メンバーはそれぞれ、ソロ活動、別のプロジェクトに乗り出す。1997年に、日本武道館でのライブを収録した『LIVE AT BUDOKAN』をリリース。初回盤は、武道館と同じ八角形のアルミ製のケース(武道館とアルミ缶をかけた洒落と思われる)入りであった。
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