第三セクター方式での建設再開
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「北越急行ほくほく線」の記事における「第三セクター方式での建設再開」の解説
「鍋立山トンネル」も参照 国鉄再建法では、建設が中断された地方鉄道新線について、地元が第三セクター会社を設立して引き受けることが可能であると定めていた。岩手県の三陸鉄道のように、早々にこの方針で動き出して、第三セクターでの開業を果たした鉄道もあった。しかし北越北線については、鉄道の経営への不安があったことに加えて、新潟県出身の田中角栄元首相が「北越北線だけは特別に貨物幹線としてやらせる」と発言していたことなどもあり、沿線自治体は第三セクター化に興味を示さなかった。だが結局北越北線が国鉄新線として工事再開されることはなかった。 1983年(昭和58年)6月22日に東京で開催された北越北線建設促進期成同盟会総会に突然田中角栄が出席し、それまでの国鉄での建設再開の考えを撤回した上で、第三セクターでの引き受け案を持ち出した。この提案は突然のことであり、沿線自治体の関係者を困惑させた。当時の君健男新潟県知事は第三セクター化に慎重であったが、期成同盟会会長の諸里正典十日町市長は田中元首相の動きに呼応して第三セクター化を目指し、独断で国や公団との接触を開始した。沿線の他の市町村は、こうした諸里市長の独断専行に不満を持っていたとされる。 「プロの国鉄がやってもダメなものを、素人の県や市町村がうまくやれるはずがない」として慎重であった君知事は、第三者のコンサルタントを入れて経営分析を行わせ、また第三セクター化は越後湯沢 - 六日町間と犀潟 - 直江津間での国鉄への乗り入れを行うことを条件としてつけた。コンサルタントも、秋田内陸縦貫鉄道秋田内陸線に対して「永久に黒字転換する見込みがない」と厳しい診断を下した会社に依頼した。ところが新潟県の予想に反し、コンサルタントは「5年で単年度黒字、10年で累積黒字」との報告書を出し、また国鉄も直通運転を了承した。こうして梯子を外された格好となった新潟県は、第三セクター化推進の方針に転換することになった。裏側では、田中元首相の政治力を背景に諸里市長が立ち回り、君知事を政治的に追い込んだ、と伝えられている。こうして1984年(昭和59年)8月30日に北越急行株式会社が設立され、1985年(昭和60年)2月1日に鉄道事業の免許を取得し、3月16日に工事が再開された。 第三セクター鉄道として建設を再開するにあたり、建設計画が修正された。気動車による1両または2両編成程度を想定、最大で4両編成とし、旅客輸送のみに限定することになった。これにより全体にプラットホームと待避線の有効長が短縮され、頸城大島駅(ほくほく大島駅)の交換設備は省略されることとなった。また、上下列車の待避線への同時進入を考慮しないこととして安全側線も省略された。JR線と接続する六日町・十日町・犀潟の駅配線は大幅に変更され、特に十日町は飯山線との平面交差から立体交差に修正された。橋梁の設計活荷重については、国鉄時代にはKS-16荷重を想定していたが、旅客のみに改められたこともあり、第三セクター化以降に建設される場所についてはKS-12荷重を採用することになった。また新座(しんざ)、顕聖寺(うらがわら)、大池(大池いこいの森)の各駅が要望駅として追加になった(いずれも当時の仮称でカッコ内は開業時の駅名)。 建設において最大のネックとなったのは路線のほぼ中央にある鍋立山トンネルであった。鍋立山トンネルは工事中断時点で中央部に645メートルの未掘削区間が残されており、1986年(昭和61年)2月24日に掘削が再開されたが、極度の膨張性地山のため、当初の中央導坑先進工法(先に中央部の導坑を掘削する工法)では強大な土圧により支柱が座屈するなどの問題を生じた。続いてトンネルボーリングマシン(TBM)を導入したが、これも掘削中に土圧により発進地点より手前まで押し戻されてしまう事態となった。その後、薬液の注入や、最終的には手掘りも実施するなど、実に29の工法が駆使された。1992年(平成4年)10月29日にようやく先進導坑が貫通し、1995年(平成7年)3月7日に掘削完了、11月7日に竣工となり、これにより開業のめどが立つことになった。結果的にこの区間には10年余りの歳月と146億円の工費が投入されることとなり、のちにほくほく線の開業を左右したのは政治でも採算上の数値でもなく、鍋立山トンネルの工事であったと評された。
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