治水対策の3方針
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/16 08:03 UTC 版)
前節に見たとおり、外力規模を所与条件として扱うとすると、水災害の被害を軽減させるためには、(1) 被害ポテンシャルを調整・減少させること、(2) 治水容量を増大させること、(3) (1)と(2)の両者を融合した総合的な治水対策、の3つの対応が導出される。以下、3つの対応方針を概観する。 被害ポテンシャルの調整・減少 被害ポテンシャルを軽減させるためには、水災被害を受ける対象物を調整・減少させる必要がある。この対策は、水災害が発生しやすい地域の被害ポテンシャルを増やさず、小さくすることであり、極端に言えば、水災被害を受ける可能性のある地域に居住しなければ、被害ポテンシャルはゼロになるのであり、ゆえにこの対策は抜本的なものだと言える。 この対策の例を挙げれば、河川氾濫域での土地利用を制限・規制すること、水害危険性の高い地域からの住民の撤退、警戒避難体制の充実、水害危険性に関する情報提供などがある。住民自らが水害に対処する水防の充実も、被害ポテンシャルを軽減する重要な方法の1つである。 逆に、例えば河川氾濫域で住宅が増加するなど都市化が進むと、被害ポテンシャルは増大する。被害ポテンシャルを軽減しようとするならば、警戒避難体制の充実や水害危険性の情報提供といったソフト的な被害ポテンシャル軽減策が重要となってくる。 治水容量の増大 これは、構造物(堤防など)建設に代表される対策であり、伝統的に治水対策の主流であった。例を挙げると、堤防を築く、河床を浚渫する、河道を拡げる、放水路を設置する、ダムや遊水池で河川流量を調節する、氾濫原を保全・復元するなどであり、河道・ダム・遊水池・氾濫原による洪水処理の対応能力を高めるものである。 治水容量を計画する際、過去の最大外力(流量・水位など)が基準となっていたが、その後、どの規模の水害がどの頻度で発生するか、という確率洪水が新たな基準として採用された。確率洪水をもとにして、治水計画の規模が策定されている。 欧米・中国の治水水準を見ると、例えばオランダのライン川は1250年 - 1万年に一度の洪水規模に対応しているほか、イギリスのテムズ川は1000年に一度、フランスのセーヌ川は100年に一度、オーストリアのドナウ川は1万年に一度、ハンガリーの同川は100年に一度、アメリカのミシシッピ川は500年に一度の洪水に対応している。また、中国の長江は三峡ダム建設後は1000年に一度の洪水に対応できる予定となっている。一方、日本でも100年 - 200年に一度の洪水に対応することが指向されているが、実際は30年に一度の洪水が治水計画上の目標とされることが多く、その目標すら60%程度しか達成していない。日本の治水容量対策は欧米・中国に比べると非常に低いレベルにとどまっている。 総合的な治水対策 「被害ポテンシャルの調整・減少」と「治水容量の増大」の両者をバランスよく組み合わせたものを「総合的な治水対策」という。総合的な治水対策を進めるには、その河川水系に関わるすべての関係者(中央政府・地方政府(自治体)・NPO・住民・企業など)が一体となって取り組む必要がある。例えば日本では、この総合的な治水対策は次のとおり類型化されている。総合治水対策 - 被害ポテンシャルの調整、治水容量の増大、流域貯水・浸透・遊水の機能強化による外力規模の調整を体系的に進める治水対策である。特に都市化が進んだ河川流域で実施されている。日本では水害危険性の高い氾濫原での都市化が進んだ。都市化の進展に伴い、降水の地中浸透が弱まるので短時間にピーク流量に達し、いわゆる都市水害が発生しやすくなっている。これに対応するため、総合治水対策では、土地利用の規制、保水機能の強化、遊水機能の保全などを実施する。具体例を挙げれば、地下河川の建設や都市河川の環境復元などがある。 超過洪水対策 - 洪水は、その規模が大きくなるほど発生確率は低くなるが、発生しうる洪水の規模には限界がない。治水はある危険性を想定して行われるが、その危険性を超える洪水が発生した場合にも、何らかの対応策をあらかじめ講ずる必要がある。これが超過洪水対策である。例えば、大規模な洪水にも耐えうるスーパー堤防を築く、想定氾濫域の家屋をかさ上げする、氾濫域の土地利用を制限する、氾濫域の情報を住民に周知する、などの対策群からなる。 流域治水対策 - 河川だけでなく、流域全体で取り組む対策を流域治水対策と呼び、先に挙げた総合流域対策と超過洪水対策を組み合わせた対策だと言える。流域治水対策を体系化すると、次表のとおりとなる。 洪水対策災害に強い地域づくり被害対策対応しない洪水防御 堤防 防潮堤 河川改修 貯水池 遊水池 放水路 流域処理 侵食対策 河岸補強 砂防対策 治山対策 地下河川 気象対策 土地利用規制 法律・条例 建築基準 都市計画 行政による土地収容 氾濫原の復元 防水・避水対策 地盤のかさ上げ 漏水防止 耐水外装 建物の高床化 情報提供 警報避難体制の構築 危険区域の周知 ハザードマップ 水防活動 避難 緊急対策 災害救援 租税免除 復旧計画 洪水保険 被害の甘受 ※国連洪水予防計画専門家特別グループ作成の『開発国における洪水予防計画』(1973)を一部改変。
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