都市化の進展
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/17 04:34 UTC 版)
またこの事件に対し1973年(昭和48年)度の警察白書「第7章「公安の維持」」の中で、「急激な都市化の進展や国民意識の変化に伴って従来予想もされなかったような各種の事案」として取り上げられ、宅地化への人口増加によることも背景であると指摘している。 なお都市化の面から見て最も直接的な要素だったのは、第22回国民体育大会の選手村跡地に建設された団地であった。一連の都市化で上尾市の人口は1967年に約7万人であったのが、1973年には約13万人へ急増した。 なお、沿線人口増加問題については事件前より国鉄でも認識しており、1972年(昭和47年)12月25日に業界誌が行ったインタビューでも大木英夫高崎鉄道管理局長が団地造成に触れながら「高崎線の輸送力を増すといっても尾久 - 王子間は7分ヘッドが限度」「将来は高崎線は複々線にしなければいかぬのじゃないか」「これだけの収入をあげておる線区のお客に対するサービスは当然考えていかなければならない」などと述べていた(事件後の輸送改善については後述)。
※この「都市化の進展」の解説は、「上尾事件」の解説の一部です。
「都市化の進展」を含む「上尾事件」の記事については、「上尾事件」の概要を参照ください。
- 都市化の進展のページへのリンク