廃車とその後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/28 20:38 UTC 版)
1997年(平成9年)10月12日の京都市営地下鉄東西線開通に伴う京津線三条(京津三条) - 御陵間廃止、ならびに京津線残存区間を含めた大津線全線の架線電圧1,500V昇圧に伴い、用途を失った本形式は同日付で全車廃車となった。冷房装置は600形の冷房装置更新で再利用されている。 廃車後、本形式は同時に廃車となった260型・350型とともに旧九条山駅・旧京津三条駅等に分散して留置され、同年11月までに大半の車両が解体処分されたが、81-82編成のみは350型357-356とともに浜大津駅付近の側線に約5年間留置された後、2003年(平成15年)6月に有志によって設立されたNPO法人「京津文化フォーラム82」の働きかけで保存が決定。82はNPO管理の下で完全な状態として、81はカットボディとしてそれぞれ錦織車庫において静態保存された。毎年11月頃に開催される大津線感謝祭では同2両の公開など、有志らによってイベントが開催されていた。 その後、82は太陽光による塗装面の劣化から、NPO法人による維持・管理が困難となったため、NPOの理事を務めていた女性が京阪から無償で譲渡を受け、2015年(平成27年)11月に錦織車庫より搬出、滋賀県高島市へ移送された。しかしその翌年に理事の女性が死去し、NPOも2017年(平成29年)11月に解散したため、現在は管理者不在となり荒廃が進んでいるが、2021年(令和3年)9月より元代表が有志を募り保管場所の草刈りや傷んだ外板の補修を開始した。 81は現在、京阪グループの共通ロゴマークである「KEIHAN」ロゴが京阪の現役車両と同様に側面の1番扉に上に貼り付けられている。 なお、廃車に際しては福井鉄道や新潟交通、日本国外ではブラジルから旧型車置き換え導入を目指して譲受を検討していたが、橋梁耐荷重超過、特殊な機構を備える電装品の保守困難、廃車時期と補助金申請のタイミングが合致しなかったことなどの諸事情からいずれも実現に至らなかった。
※この「廃車とその後」の解説は、「京阪80型電車」の解説の一部です。
「廃車とその後」を含む「京阪80型電車」の記事については、「京阪80型電車」の概要を参照ください。
廃車とその後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/07 06:17 UTC 版)
「ペンシルバニア鉄道T1形蒸気機関車」の記事における「廃車とその後」の解説
T1形は1953年まで運用されたが、問題の原因究明と解決がなされないまま運用を終了した。保存機は存在しない。
※この「廃車とその後」の解説は、「ペンシルバニア鉄道T1形蒸気機関車」の解説の一部です。
「廃車とその後」を含む「ペンシルバニア鉄道T1形蒸気機関車」の記事については、「ペンシルバニア鉄道T1形蒸気機関車」の概要を参照ください。
廃車とその後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/29 22:22 UTC 版)
運用離脱後は、しばらくの間休車扱いで春日部検修区(現・南栗橋車両管区春日部支所)に留置されていたが、後に全車廃車となり、6両が北館林荷扱所へ自力回送の上、解体された。 残る6両のうち、5701Fの2両(モハ5701・クハ701)は東武により1720系の先頭車と一緒に杉戸工場の建物内に保管された。モハ5703は、製造元のナニワ工機(アルナ工機を経て現・アルナ車両)が東武へ納入した第1号車であったことから、アルナ工機に譲渡され、同社内にて先頭部分をカットして展示された。その他は東武鉄道ジャンク市でのプレゼントとして提供されるなどした。 その後、アルナ工機のカットボディは、同社の鉄道車両製造部門閉鎖により東武に引き取られ、2004年(平成16年)より東京都墨田区の東武博物館内にて展示されている。一方杉戸工場の保管車のうち1720系は東武博物館に展示されたものの、5700系については2001年に行われた1800系通勤車化改造の場所を確保するために建物の外へ出され、カバーに覆われた状態のまま工場の片隅に置かれたままにされた。 この間、東武鉄道にはかなりの数の問い合わせと保存の話が持ち込まれたが、2両のうちモハ5701については、東武博物館に展示保存することが決定、同館がリニューアル開館する2009年7月22日より公開されることとなり、非貫通2枚窓の「猫ひげ」状態に復元された。「猫ひげ」の前面製作は車体専門メーカーの株式会社コダイラが行い、この際に用いられた金型はモハ5701の近くに展示されている。一方、保存対象から外れたクハ701は、2009年7月下旬に北館林荷扱所へ陸送の後に解体されている。 その他、車両プレゼントにより譲渡された2両は、車体塗色がやや変更されたものの、2011年4月現在埼玉県行田市のレストラン「電車のお店のカフエ&レストラン マスタード・シード」(公式ウェブサイトの表記ママ)として使われている。2022年4月に再塗装工事が行われ晩年の姿の色に変更されている。
※この「廃車とその後」の解説は、「東武5700系電車」の解説の一部です。
「廃車とその後」を含む「東武5700系電車」の記事については、「東武5700系電車」の概要を参照ください。
- 廃車とその後のページへのリンク