尼崎市警察問題とは? わかりやすく解説

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尼崎市警察問題

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/05/18 07:01 UTC 版)

尼崎市警察」の記事における「尼崎市警察問題」の解説

尼崎市警察選任きっかけ生じた内部対立背景となった昭和25年発覚した尼崎市警の乱脈は尼崎市警察問題として全国的な注目浴びた1948年7月7日尼崎市東警察署尼崎市西警察署尼崎市北警察署が開署し市内三署体制増強された。これに先立ち、三署を統括する尼崎市警察本部尼崎市警察署長であった中島弥平警察長として発足されていた。この警察長選任に関して尼崎市公安委員会尼崎市議会警察消防委員会との間で対立があり、国家地方警察京都府本部刑務部長であった金田正を警察長充てる決定していた公安委員会市議会有力会派横槍譲歩したという事情があった。これに関し公安委員であった永沢嘉巳男(大谷重工業)は同年7月21日22日神戸新聞論説投書し警察民主化を図るために警察長候補には民間人含め広い範囲想定していたこと、国家的警察染まり切った警察官では警察民主化踏切つかないことを指摘したうえで、市議会予算握っている以上円滑な運営のためには譲歩せざるを得ずやむなく譲歩したことをほのめかしたそのうえで市議会のみならず周辺自治体自治体警察署長が「尼崎市警察長輸入候補すえられるならば自分らは協力しない」と表明した述べて警察派閥行為暴露した。この投書に関して市議会では問題への説明要求されたが、警察消防委員会は「公安委員会に対して重圧加へ如き事は毛頭ない」と述べ一方で公安委員会は「言葉如何に関はらず中島氏以外を警察長任命した場合市会協力得られないことは全体察知できた」と食い違いのある発言をした。しかし、どの党・会派もこの問題追及するのを避け、琴政会の池田徳誠議員らがこれに追及することを市議会封殺した。市長六島誠之助も公安委員会同意であったことから、この人事はのちにしこりを残す結果となった1950年1月30日尼崎東警察署香島主任に対して有力議員であった市議会警察消防委員白石市郎が干渉し業務上横領被疑者釈放要求香島暴言浴びせ暴行働いた東警察署長の中林英夫はこの報告を受け中島市警局長会見したが、中林警察局長(1948年警察本部警察局改組)は自身協力者である白石検挙することは不利益になるとして捜査終了支持し局内緘口令敷いた公安委員会警察局長に報告求めたが、提出され報告をもとに声明書出した池田徳誠議員警察腐敗追及した質問対し中島局長は「いかなる社会悪にたいしても断乎として正統なる警察力発揮いたしておる」と答弁したが、白石事件報告書公開されなかった。ところが4月4日神戸地方検察局白石市議を逮捕する至ったここにおいて警察局報告書の内容虚偽であった判明し公安委員会中島辞職要求したがこれを拒否したため、4月6日公安委員会中島市警察局長罷免する決定をした。15日には琴政会の主催で「市警粛正市民大会」が千人規模開催されていた。市議会警察特別調査委員会設けられ同時期に発生していた大谷重工業和光工業での労働争議警察粛正市民運動結びつき5月30日市議会赤旗持った傍聴者満員の中「声明書」を採択する至った市議会地方自治法100条に基づく警察特別調査委員会百条委員会)を設置検討、この過程中林失脚をねらい百条委員会設置を図る明政クラブ新政会と、追及公安委員会任せるべきであるという琴政会の対立市議会混乱生じた4月28日寺本一郎委員長として百条委員会設置されたが、琴政会の議員委員となることが認められないなど党派争い公然と現れた。百条委員会設置はこれが全国初であり、占領軍近畿民事部将校激励訪れるなどした。5月30日報告書提出され密輸組織警察癒着捜査文書改竄明らかにされた。この調査の間、中林寺本組・安田組・井上組・田中一家などの暴力団別件捜査し、明声クラブ寺本直次郎安田太郎議員を含む多数暴力団関係者検挙した公安委員である岡沢良雄大塚義男麒麟麦酒)もまた別件逮捕された。報告議場では寺本調査委員長岡沢公安委員長激論交わしたこの際前述暴力団検挙において大谷争議和光争議介入する暴力団警察検挙しなかったことから共産党全労協市警粛正市議会解散運動2000規模の大動員をかけており、傍聴求め市民議場からあふれ出していた。 このように労働者市民沸騰させた市警問題であったが、6月6日寺本委員長公職選挙法違反での逮捕24日藤田秀実元国家地方警察大阪管区本部総務部長の新局長就任9月にはジェーン台風による混乱があり、うやむやのうちにこの問題終結した戦後初め導入され市民の代表からなる公安委員会による警察管理方式は、警察民主化公正な運営確保するために設けられたもので、地方ボスによる警察運営介入排除されるべきものであった。尼崎市警察問題は地域ボス支配のもとでの警察民主化困難さ白日の下に晒すものであり、他の中小自治体警察対す大きな警鐘となった1969年尼崎市が『尼崎市史』の別冊として刊行した師岡佑行著『尼崎戦後史』は、市警問題について詳細に著述していたために刊行当時現職県議になっていた中林英夫らの圧力により配布直後回収されている。

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