井伊氏とは? わかりやすく解説

井伊氏

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/04 16:01 UTC 版)

井伊氏(いいし)は、武家華族だった日本氏族。近世大名としての祖・井伊直政徳川家康に仕え、新参ながら若くして徳川家中最大の所領を与えられるまでになり徳川四天王に数えられた。子孫も近江国彦根藩の主家として譜代大名中最大の石高を有し、幕府大老を輩出した。維新後華族に列し伯爵家となる[1]


注釈

  1. ^ 大永6年「井伊保八幡宮鐘銘写」[3] に「大檀那藤原朝臣直隆」とあり、直隆は井伊氏と比定されている。
  2. ^ 引佐郡井伊谷村井伊谷、現・静岡県浜松市浜名区引佐町井伊谷及び同区神宮寺町のうち、井伊谷川西岸。井伊谷宮龍潭寺井伊谷駅などの所在地。なお井伊谷城は東岸。
  3. ^ 延元元年(1334年)8月(または9月)、宗良親王は井伊行直の招きに応じて遠江国の井伊谷城に入る[6]
  4. ^ 旧彦根藩は現米9万4030石(表高20万石)で現米5万石以上15万石未満の旧中藩に該当[13]
  5. ^ 旧与板藩は現米7190石(表高2万石)で現米5万石未満の旧小藩に該当[16]
  6. ^ 桑名藩主・松平忠雅四男。

出典

  1. ^ a b 小田部雄次 2006, p. 323.
  2. ^ 宝賀寿男遠江井伊氏の系譜」『古樹紀之房間』、2017年。
  3. ^ 『静岡県史 資料編7 中世3』942
  4. ^ ジャパンナレッジ「井伊谷村[1]
  5. ^ 国立歴史民俗博物館所蔵「造六条八幡新宮用途支配事」、『寒河江市史 大江氏ならびに関係史料』p.390-397。遠江国住 井伊介跡
  6. ^ 池上大一『与板藩史(上巻)』1982年、与板藩史刊行会、85-86頁。
  7. ^ 『今川家譜』
  8. ^ 『太平記』
  9. ^ Hello navi Shizuoka「千頭ヶ峯城跡[2]
  10. ^ 戦国ヒストリー「【直虎連載:第3回】平安・鎌倉・南北朝期 -直虎前史-[3]
  11. ^ 井伊家伝記
  12. ^ a b 新田完三 1984, p. 679.
  13. ^ 浅見雅男 1994, p. 123.
  14. ^ 華族大鑑刊行会 1990, p. 83.
  15. ^ 華族大鑑刊行会 1990, p. 84.
  16. ^ 浅見雅男 1994, p. 152.
  17. ^ 小田部雄次 2006, p. 328.
  18. ^ 『日本の名家・与板藩』(週刊読売編集部、1987年改訂版)
  19. ^ 「井伊美術館(旧中村甲刀修史館)」(京都府観光連盟・公式webおよびパンフレット、2017年
  20. ^ 小宮山敏和「井伊直政家臣団の形成と徳川家中での位置」『学習院史学』40号、2002年。 
  21. ^ 野田浩子「彦根藩による井伊家系譜の編纂」『彦根城博物館研究紀要』8号、1997年。 


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