フェラーリ・126C2
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/30 19:51 UTC 版)
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オランダGPで優勝したディディエ・ピローニが 駆る126C2 |
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カテゴリー | F1 | ||||||||||
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コンストラクター | フェラーリ | ||||||||||
デザイナー | ハーベイ・ポスルスウェイト マウロ・フォルギエーリ |
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先代 | フェラーリ・126CK | ||||||||||
後継 | フェラーリ・126C3 | ||||||||||
主要諸元 | |||||||||||
シャシー | アルミニウム ハニカム カーボン コンポジット モノコック | ||||||||||
サスペンション(前) | ダブルウィッシュボーン, インボード・スプリング / ダンパー | ||||||||||
サスペンション(後) | ダブルウィッシュボーン | ||||||||||
エンジン | フェラーリ 021 1496cc, 120度 V6, ターボ, ミッドエンジン, 縦置き | ||||||||||
トランスミッション | フェラーリ 5速 Hパターン 横置き MT | ||||||||||
燃料 | アジップ | ||||||||||
タイヤ | グッドイヤー | ||||||||||
主要成績 | |||||||||||
チーム | スクーデリア・フェラーリ | ||||||||||
ドライバー | ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
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出走時期 | 1982 - 1983年 | ||||||||||
コンストラクターズ |
2(1982年,1983年) | ||||||||||
ドライバーズタイトル | 0 | ||||||||||
通算獲得ポイント | 118 | ||||||||||
初戦 | 1982年南アフリカGP | ||||||||||
初勝利 | 1982年サンマリノGP | ||||||||||
最終戦 | 1983年カナダGP | ||||||||||
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フェラーリ126C2 (Ferrari 126C2) は、スクーデリア・フェラーリが1982年のF1世界選手権参戦用に開発したフォーミュラ1カー。ハーベイ・ポスルスウェイトが設計し、1982年の開幕戦から最終戦まで使用された。1983年は開幕戦から第8戦まで、改修型の126C2Bが使用された。
126C2
126C2は、バンク角120度のV6ターボ(Compressore)エンジン搭載マシンの2代目、から取られた。
1981年よりシャーシデザイナーとして加入したポスルスウェイトのフェラーリ第1作目であり、旧態化していたセミモノコック方式から脱却し、一般的なアルミハニカムパネルのフルモノコックシャーシに切替えられた。
当時の他のグラウンド・エフェクト・カーと同様、サイドポンツーンのウィング構造を最大化した皺寄せでコクピットが前進し、ペダルは前車軸よりも前方に位置していた。タイヤメーカーはミシュランからグッドイヤーにスイッチ。
エンジンは126CKでチームとして初めて導入したV6ツインターボエンジン(Tipo021エンジン)を継続使用する。また、アジップと共同でウォーターインジェクションの開発も行い、1982年シーズン後半から実戦投入された[1]。エンジンの信頼性は高く、エンジントラブルによるリタイヤはなかった[1]。
シーズン中にはカーボンディスクブレーキを導入。ヴィルヌーヴの事故を受けてコクピット周辺にカーボンパネルの補強が施された。また、グラウンド・エフェクトの強いダウンフォースに対応するため、フロントサスペンションがロッキングアームからプルロッド方式に改造された。これに伴い、サスペンションを覆っていたボディカウルが無くなった。フロントウィングは左右分割式から312Tシリーズと同じシングルプレートに戻された(フロントウィングを外したレースもある)。
シャーシナンバーが055 - 064までの計10台が新規に制作され、126CKのシャーシナンバー049Bも126C2化された[2]。049Bの126C2はヘッドレストが五角形のすり鉢状のくぼみがあったため、容易に見分けがついた[2]。
1982年シーズン
この年、フェラーリは1979年以来となる、タイトル争いに絡んできた。1982年はFOCA(F1製造者協会)とFISA(国際自動車スポーツ連盟、現在はFIAが吸収)の対立が激化した年でもあった。その中で様々な事件が起こった。フェラーリにとっては2人ものドライバーが事故によって戦列を去り2度と復帰することは無かった、悲劇のシーズンを走ったマシンだった。
ロングビーチでおこなわれた第3戦アメリカ西GPで、2枚のリヤウイングを前後にずらして互い違いに装着し、ウイングの幅をマシンの全幅規定いっぱいとした「ダブルウイング」を投入。リヤウイングの幅は1,100mm以下との規定を拡大解釈したものだったが。これは当時流行った水タンクを使用した車重の軽量化に抗議するものだった。結局3位フィニッシュしたヴィルヌーヴは失格となるが、開幕戦でのリザルトでのウィリアムズとブラバム勢が失格となった。
第4戦サンマリノGPはディディエ・ピローニとジル・ヴィルヌーヴのワンツー・フィニッシュとなったが、ピローニがチーム・オーダーを無視しヴィルヌーヴの優勝を奪ったことで、ドライバー二人の関係は極度に悪化してしまった。ゾルダーで行われた翌第5戦ベルギーGPの予選中、126C2を駆るヴィルヌーヴがヨッヘン・マスのマーチ821に乗り上げクラッシュ。マシンは前半部分が破壊され、さらにシートベルトが千切れてヴィルヌーヴはマシンから放り出された。結局彼は背骨など複数箇所を骨折しており、死亡した。
第8戦カナダGPではピローニがポールポジションを獲得するも、スタートでエンジンストール。そこに後方からのスタートだったオゼッラFA1Cを駆るリカルド・パレッティがフルスピードで衝突。ピローニに怪我は無かったが、パレッティは胸郭破裂で死亡した。
さらに第12戦ドイツGPでは、ピローニがアラン・プロストのルノーRE30Bに後方から激突。フロント部分が完全に押しつぶされたせいで両足粉砕骨折を負い、F1からの引退を余儀なくされてしまった。
レギュラードライバー2名の相次ぐ不幸により、ドライバーズチャンピオン獲得は不可能となったが、代役として起用されたパトリック・タンベイとマリオ・アンドレッティが健闘し、最終的に1982年のコンストラクターズチャンピオンを獲得することができた。
スペック
シャーシ
- シャーシ名 126C2
- シャーシ構造 アルミハニカム製モノコック
- 全長 4,333 mm
- 全幅 2,110 mm
- 全高 1,025 mm
- ホイールベース 2,657.8 - 2,856 mm
- 前トレッド 1,784mm
- 後トレッド 1,644mm
- クラッチ ボーク&ベック
- ブレーキキャリパー ブレンボ
- ホイール スピードライン
- タイヤ グッドイヤー
エンジン
- エンジン名 Tipo021
- 気筒数・角度 V型6気筒ターボ・120度
- 排気量 1,496.4cc
- 最大馬力 580/720(水噴射システム使用予選用エンジン〈フランスGPのみ〉[3])馬力
- スパークプラグ チャンピオン
- 燃料・潤滑油 アジップ
記録
年 | No. | ドライバー | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | ポイント | ランキング |
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RSA![]() |
BRA![]() |
USA![]() |
SMR![]() |
BEL![]() |
MON![]() |
USA![]() |
CAN![]() |
NED![]() |
GBR![]() |
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USA![]() |
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1982 | 27 | ![]() |
Ret | Ret | DSQ | 2 | DNS | 74 | 1位 | |||||||||||
27 | ![]() |
8 | 3 | 4 | 1 | 4 | Ret | 2 | DNS | |||||||||||
28 | ![]() |
18 | 6 | Ret | 1 | DNS | 2 | 3 | 9 | 1 | 2 | 3 | DNS | |||||||
28 | ![]() |
3 | Ret |
126C2B
126C2Bは1983年より導入されたフラットボトム規制に対応する形で、126C2を改造して製作された。グラウンド・エフェクトのダウンフォースが利用できなくなったため前後のウィングを大型化し、リアウィングの翼端板を延長して外側に小形のウィングレットを取り付けた。また、後輪荷重を稼ぐため、ブラバム・BT52と同様にラジエターなどの補機類をエンジン周辺にまとめ、重量配分を後ろ寄りにした。
126C2Bは本来の1983年用マシンである126C3の製作が遅れていたため、シーズン半ばの第8戦カナダGPまで使用され、2勝4PPと活躍した。
126C2として製作されたシャーシのうち、シャーシナンバーが063 - 065までの計3台が126C2Bに改修された[1]。
スペック
シャーシ
- シャーシ名 126C2
- シャーシ構造 アルミハニカム製モノコック
- ホイールベース 2,660 mm
- 前トレッド 1,770 mm
- 後トレッド 1,660 mm
- クラッチ ボーク&ベック
- ブレーキキャリパー ブレンボ
- タイヤ グッドイヤー
エンジン
記録
年 | No. | ドライバー | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | ポイント | ランキング |
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BRA![]() |
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FRA![]() |
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GBR![]() |
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1983 | 27 | ![]() |
5 | Ret | 4 | 1 | 4 | 2 | Ret | 3 | 89 | 1位 | |||||||
28 | ![]() |
10 | 3 | 7 | 3 | Ret | Ret | Ret | 1 |
脚注
- ^ a b c 『F1Modeling』Vol.48、東邦出版、2011年、p.6、ISBN 9784809409837
- ^ a b 『F1 Model Cars』ネコ・パブリッシング、2009年、P.92。ISBN 9784777007943。
- ^ 『F1 Model Cars』ネコ・パブリッシング、2009年、P.93。ISBN 9784777007943。
「フェラーリ 126C2」の例文・使い方・用例・文例
- 彼は自分が信じられないほど金持ちでフェラーリを持っていると言ったが、私はすぐに彼の正体を見破った。
- 大学の門の前に真っ赤なフェラーリが停めてあるのを見て、アングリした。
- 自分の家を売ってまでフェラーリ欲しくないよ。
- 同社の会長は,「フェラーリに印象で負けない車を作ることを目指している。」と語った。
- しかし後に,小林選手はフェラーリのフェリペ・マッサ選手に抜かれてしまった。
- フェラーリのハイブリッド車がデビュー
- 3月7日から17日までのスイス・ジュネーブでの国際モーターショーで,イタリアの高級車メーカー,フェラーリが最新モデル「ラ・フェラーリ」を発表した。
- それはフェラーリ史上初の市販用ハイブリッド車だ。
- フェラーリはレースカーのエンジンと電気駆動システムを組み合わせた。
- ラ・フェラーリは3秒以内で時速0キロから100キロに到達できるが,それにもかかわらず同車は比較的二酸化炭素の排出量が少ない。
- ラ・フェラーリの価格は約1億2000万円の予定だ。
- フェラーリはラ・フェラーリを499台のみ販売する予定だが,すでに1000人以上がこの新しい車の購入を真剣に考えている。
- ハイブリッド車は環境に優しいイメージがあるが,フェラーリは,燃料効率や低い二酸化炭素排出量よりもラ・フェラーリの高い性能品質を強調している。
- フェラーリはその車がおもに高級スポーツカー愛好者に気に入られることを望んでいるのだ。
- その後,この切手はフランスの有名な切手収集家フィリップ・フォン・フェラーリ伯(はく)爵(しゃく)ら複数の持ち主の手に渡った。
固有名詞の分類
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