クビナガタマバナノキの学名の混乱
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「タニワタリノキ連」の記事における「クビナガタマバナノキの学名の混乱」の解説
クビナガタマバナノキ(英語版)は中国南部から熱帯アジアにかけて分布が見られる落葉性の中高木であり、インドではカダム(kadam)の名で知られ、ヴィシュヌ神の化身であるクリシュナとゆかりのある聖樹とされる。しかしその学名はマダガスカルにしか自生しない Breonia chinensis という全くの別種の標本の存在が原因で著しく混乱することとなる。 1785年、フランスのラマルクは『植物百科辞典』第1巻中にピエール・ソンヌラが中国で採取してきたものとして Cephalanthus chinensis を記載し、アシル・リシャール(英語版)が1830年に新属 Anthocephalus に移した。ところが Bakhuizen van den Brink (1970) が、ラマルクの植物標本室に Cephalanthus chinensis の名で納められている標本はリシャールが見た植物とは別のものであったとする見解を発表した。これによりクビナガタマバナノキの学名 Anthocephalus chinensis の安定性は揺らぐこととなった。 コリン・リズデイルはあくまでも Anchocephalus chinensis という学名のクビナガタマバナノキへの使用を維持する立場を取った。リズデイルによると、問題のラマルク植物標本室の標本とはモーリシャス産のもので2022年2月現在に至るまでマダガスカルでしか自生が確認されていない Breonia という属のものであることは確かであるが、1973年に Bakhuizen van den Brink による先述の問題提起を恐らく知らずにルネ・ポール・レーモン・カピュロン(英語版)(1921–1971)が発表した Breonia chinensis という組み替え名をそのまま認めてしまうと、アジア産高木のみからなる属である Anthocephalus がBreonia属のシノニムということになってしまう。リズデイルはラマルクの述べた Cephalanthus chinensis の特徴は腋生の花序などBreonia属の要素を含むとし、また Haviland (1897:5) にあるラマルクの標本についての記述から、フィリベール・コメルソンが採取したと推定される Breonia の標本とソンヌラが中国で採取したクビナガタマバナノキの標本とをラマルクがごっちゃにして『植物百科辞典』上で記述してしまったものと推察した。そして問題の標本の複製品と考えられるものは Haviland (1897:35) が Breonia mauritiana として新種記載したもので、リシャールはラマルクによる原記載文のうちのAnthocephalus要素を拾い上げてクビナガタマバナノキのタイプとし、これが Cephalanthus chinensis と銘打たれた標本に由来するものであったとリズデイルは解釈した。そしてリシャールのクビナガタマバナノキのためにラマルクの Cephalanthus chinensis をシノニムとする措置を既に取ってしまった以上、ラマルクの記載にBreonia的な要素が含まれていてもそれをBreonia属の学名の根拠として使用することはできないとし、カピュロンが発表した Breonia chinensis という学名は認められないとした。そしてカピュロンの B. chinensis に代わる学名として、カピュロンがシノニムとした中で C. chinensis の次に記載が早い Nauclea citrifolia Poir. (1798年) に基づいた組み替え名 Breonia citrifolia を生み出すという解決策を取った。 これに対してクビナガタマバナノキおよびもう一種にAnthocephalusの属名を使用すべきではないとしたのが、カピュロンの著述にも携わったジャン・ボセ(英語版)であった。ボセはラマルクが Cephalanthus chinensis の記載に使用した標本とリシャールが目にした標本とが異なるとする点については Bakhuizen van den Brink やリズデイルと共通しているものの、C. chinensis の記載に用いられた具体的な標本を特定した上で、リシャールがAnthocephalus属を新設する際にラマルクの C. chinensis を引用している事実から、マダガスカル産植物にはカピュロンによる Breonia chinensis の学名を使用するのが適切で、Anthocephalus属はあくまでもBreonia属のシノニムとし、一方従来 Anthocephalus chinensis の名で知られてきたクビナガタマバナノキには1824年に報告された Nauclea cadamba Roxb. に基づく Neolamarckia cadamba という学名を新たに与えた。ボセはさらにソンヌラが中国で標本を採取したということに対しても懐疑的な見解を示している。先述の Cephalanthus chinensis のタイプ標本にはソンヌラによるラベルも付されており、そこには「これは中国のヤエヤマアオキ(属)である」 (仏: c’est le Morinda de Chine) と記されている。これは単にソンヌラがこの標本を閲覧して自身が目にした「中国のヤエヤマアオキ(属)」なる植物のようだという意味合いでコメントを記したという程度のことであるに過ぎないにもかかわらず、このラベルを見たラマルクが〈ソンヌラが中国でこの植物を採取した〉と勘違いして『植物百科辞典』上に記載してしまったというのが、ボセの見立てである。こうしたボセによる検討の後もリズデイルはなおもAnthocephalus属の使用に固執する姿勢を取り続けたが、2005年に出版された一般向けの書籍ではクビナガタマバナノキの Neolamarckia cadamba の名での紹介を行っている。 この話は複雑であるため、以下にこれまでのまとめも兼ねてリズデイルとボセの姿勢の比較を表の形で示すこととする。 リズデイルボセクビナガタマバナノキの属としてAnthocephalus属は適切。 不適切。最初にこの属とされた A. chinensis の元となった Cephalanthus chinensis がそもそもマダガスカルにしか自生しないBreonia属であった以上、その種と誤同定されたアジア産の種のために新設されたAnthocephalus属はBreonia属のシノニムになると考えるべきである。 Neolamarckia属は冗長名。Anthocephalus を使えば良い。 新設。理由は上のマスを参照。 ラマルクが1785年に新種記載したマダガスカル原産の種ラマルクが使用したタイプ標本恐らくコメルソンが採取したもの。その複製品が1897年に新種記載された Breonia mauritiana のタイプ標本とされた P00462437(JSTOR)。 フランスの国立自然史博物館ラマルク植物標本室に所蔵されているもの。このタイプ標本の複製品がP00462437で、これのせいでリシャールがクビナガタマバナノキとラマルクの新種とを混同した可能性が高い。 学名Breonia chinensis という学名は認められず、Breonia citrifolia とする。1798年に記載された Nauclea citrifolia と同一のものである模様だが、その記載の際にラマルクの Cephalanthus chinensis が引用されておらず、これをシノニムとして扱うには抵抗がある。 Breonia chinensis で良い。 ソンヌラの立ち位置中国でクビナガタマバナノキを採取した。その標本の行方ははっきりしないが、ともかくこれが Cephalanthus chinensis の学名に値するものであり、Anthocephalus chinensis の学名を維持する根拠となる。 上記のラマルク植物標本室の標本を閲覧したに過ぎないと考えられる。それを自身が中国で目にした実際には無関係な植物と同一であると勝手に思い込んでラベルを残し、後に中国産の植物であるとラマルクが勘違いする原因を作った可能性がある。いずれにせよソンヌラが Cephalanthus chinensis のタイプ標本を採取し、それをクビナガタマバナノキの学名の根拠とするリズデイルの解釈は取らないこととする。 なおクビナガタマバナノキと Breonia chinensis の形態には以下のような相違点が存在する。 クビナガタマバナノキ と Breonia chinensis との相違点クビナガタマバナノキBreonia chinensis花序頂生 側生(腋生) 萼片線-へら形から細楕円形 (Breonia属全般に関して)3角形から偏長形、鈍角あるいは時に幾ばくか糸状(リズデイル)切形(ラザフィマンディンビソン) 柱頭紡錘形 棍棒形-球形(リズデイル)棍棒形-頭状(ラザフィマンディンビソン) 子房下部は2室だが上部は4室、胎座は2つで全体的に裂けたところがないか二また 2室、胎座は短い倒卵状の突起で下垂性 果実集合果ではなく、子房の上部に4つの空洞な軟骨質の構造物(#検索表の胎座の図を参照)を持つ 集合果 種子幾ばくか3角状あるいは不規則な形状 (Breonia属全般に関して)卵状から楕円状、時に幾ばくか左右相称的に偏平、翼(よく)はない(リズデイル)強く扁平、凹凸、楕円状、両端に未発達の翼(よく)あり(ラザフィマンディンビソン)
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