三菱銀行 三菱銀行の概要

三菱銀行

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/11/13 15:47 UTC 版)

Mitsubishi logo.svg株式会社三菱銀行
The Mitsubishi Bank, Ltd.
Bank of tokyo-mitsubishi UFJ main office.jpg
本店
現・三菱東京UFJ銀行本店
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
100
東京都千代田区丸の内二丁目7番1号
設立 1919年大正8年)8月25日
業種 銀行業
金融機関コード 0005
事業内容 普通銀行業務
関係する人物 出身者の節を参照
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1950年代の本店

行章は三菱グループ共通の赤いスリーダイヤであったが、1982年以降、店舗の壁面やキャッシュカードには鳥のマーク(バードマーク)[1]がスリーダイヤとともに付けられた。なお、東京銀行との合併後も、旧三菱銀行店舗ではバードマークが残っているところが多かったが、UFJ銀行との合併時に大部分が撤去された。ただし、本店のリテール営業部門の営業室・ATMコーナーのところの自動ドアなど一部の店舗や三菱銀行時代から建物を継続使用している店舗では現在でも店舗内にはバードマークが残っているところもある。

概要

1880年(明治13年)に郵便汽船三菱会社(現在の日本郵船)から分離独立した三菱為換店が始まり。この三菱為換店は一度閉鎖されるが、間もなく第百十九国立銀行の経営を承継。その後幾多の変遷を経て、1919年(大正8年)株式会社三菱銀行が設立された。戦前は三菱財閥をバックに店舗数よりも取引高の方が遙かに大きかったが、戦時統合で主に東京地区の店舗を拡充。1943年(昭和18年)に第百銀行を吸収合併したことで名実共に大銀行となった。

戦後の財閥解体に伴い、1948年(昭和23年)に千代田銀行へ改名するが、1953年(昭和28年)に三菱銀行へ戻し、三菱重工業三菱商事とともに再結集した三菱グループの中核企業、都市銀行上位行として発展してきた。行風は官僚主義的で機動力に欠けるという評価がされることが多い。バブル景気の時期にはそれが幸いして他の銀行の様な無理な融資合戦に参入するのが遅かったため、バブル崩壊後の不良債権が少なく済んだといわれている。ただし、バブル時代の経営姿勢に何も問題が無かったわけではなく、下記の様な変額保険問題を起こしている。また、当時の銀行界では珍しく大蔵省の「天下り」役員を受け入れていなかった。

1996年(平成8年)4月1日東京銀行と合併し、株式会社「東京三菱銀行」となった(存続会社は三菱銀行)。

変額保険事件

三菱銀行は、バブルからその後にかけて大きく社会的問題となった変額保険を大々的に進めた中心銀行である。当時の取締役三木繁光が、この提案融資の旗振り役であった[2]。変額保険は、地価が異常な値上がりを示した時代情勢につけ込んで拡大したもので、ハイリスク・ハイリターンな投資商品であった。変額保険に加入した結果、土地を失ったり、自殺を迫られる高齢者が多数発生し、金融機関の商品説明責任を問う損害賠償訴訟が相次いで起こされた。

この訴訟において、三菱銀行の被害者は226名に上り、全金融機関で最悪の人数である。銀行としては2番目に多い横浜銀行の44人の5倍強、都市銀行の中では富士銀行の38人の6倍近くと、その加害は群を抜いている[3]

この背景には、もとは米国で開発された変額保険を、アリコジャパンの元社員が三菱銀行に提案した経緯がある。邦銀で最初にこの商品を知った三菱銀行は、同じく三菱グループの明治生命(現明治安田生命保険)と一体となり、販売を押し進めた[4]。事実、明治生命による被害者数は三菱銀行とほぼ同じ224名であり、生保会社では2番目に被害者の多かった生保最大手の日本生命の104人の2倍以上である。

2002年(平成14年)4月23日には東京高裁において、東京三菱銀行、大同生命らを相手取る訴訟で、7000万円の損害賠償命令が下された。

フジテレビドラマ「ビッグマネー!」における「相続保険」問題の描写は、三菱銀行がモデルとされる。

イメージキャラクター

三菱銀行は、1961年(昭和36年)11月から、他行に先駆けて「ブーチャン貯金箱」の配布を開始した。これは、以前はマッチカレンダーなどに限られていた、金融機関が配布できる景品に、1954年(昭和29年)に「貯金箱」が新たに加えられたのを受けたものである。なお、この「ブーチャン」とは、当時NHK総合で放送されていた人気テレビ番組ブーフーウー」からヒントを得た子ブタのキャラクターであり、1年間で150万個が配布されるなど、人気となった。その後、このブーチャンは三菱銀行の親しみやすさを象徴するキャラクターとして、ポスターチラシなどに採用された。

1962年(昭和37年)8月20日からは、普通預金と積立預金の2種類の通帳で、ブーチャンのイラストを使用した「絵入り通帳」の取り扱いを開始した。これは、現在、全国の銀行のほとんどで取り扱われている「デザイン通帳」の先駆けでもあった。

また、その年の12月1日には、当時三菱地所東映が協力して行っていた、日本へのディズニーランド誘致に呼応する形で、ディズニー・プロダクションズ(当時)と版権契約を結び、ディズニーキャラクターを使用した「絵入り通帳」の取り扱いを開始した。日本へのディズニーランド誘致は、結局三菱地所と競合していた三井不動産京成電鉄連合が権益を獲得したものの、ブーチャンと同様に、ディズニーキャラクターは、三菱銀行の親しみやすさを示す象徴となった。なお、当時は、普通預金と積立預金の2種類の通帳が用意され、普通預金には「ディズニー預金」という名前が付けられた。また、キャラクターは、ドナルドダックバンビシンデレラピノキオなどが採用された。また、1963年(昭和38年)1月からは、「ディズニー貯金箱シリーズ」が始まり、第1号である「ドナルドダック」の貯金箱が配布された。

ちなみに、旧富士銀行も同時期に採用を図ろうとしたが、ディズニー社側の承諾を得られず断念している。

また、1988年(昭和63年)から一時期、ハローキティのイラストが描かれたデザイン通帳を取り扱っていたこともあったが、ひっそりと姿を消してしまった。その後、ハローキティは1998年(平成10年)から旧第一勧業銀行がイメージキャラクターとして採用し、現在はその流れを組むみずほ銀行のイメージキャラクターとして採用されている。




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