経済連携協定
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FTAとEPAの違い
自由貿易協定と経済連携協定は、従前は次のように異なるものとして説明されていた。
「自由貿易協定」 (Free Trade Agreement, FTA) は、特定の国や地域とのあいだでかかる関税や企業への規制を取り払い、物品やサービスの流通を自由に行えるようにする取り決めのこと[8]。通商政策の基本ともいわれる[9]。
「経済連携協定」 (Economic Partnership Agreement, EPA) は、物品やサービスの流通のみならず、人の移動、知的財産権の保護、投資、競争政策など様々な協力や幅広い分野での連携で、両国または地域間での親密な関係強化を目指す協定[9][10]。
地域間の貿易のルールづくりに関しては、過去世界貿易機関 (WTO) を通した多国間交渉の形が取られていたが、多国間交渉を1つ1つこなすには多くの時間と労力が取られるため、WTOを補う地域間の新しい国際ルールとして、FTAやEPAが注目されている[8]。
ただし、日本政府の公式見解では「free trade agreement」について、国際的に確立した定義があるとは承知しておらず[11]としており、従ってEPA、FTAの相違についても国際的に確立した定義によるものは日本国政府としてはあるとはしていない。
日本は東南アジアやインドとの経済の連携協定を進めてきたように、FTAだけでなくEPAの締結を求めており、GATT(関税及び貿易に関する一般協定)およびGATS(サービスの貿易に関する一般協定)に基づくFTAによって自由化される物品やサービス貿易といった分野に加え、締結国と幅広い分野で連携し、締約国・地域との関係緊密化を目指すとしている[8][9][12]。その理由は、関税撤廃だけでなく、投資やサービス面でも、幅広い効果が生まれることを期待していることによる[12]。
日本政府は、このようにFTAとEPAを区分けしているが、「一般的な名称ではなく、WTOでも使われていません。FTAは当初は貿易に特化していましたが、その内容は年々幅広くなっていて、もはやほぼ同義で使われています[13]]との「実際、近年世界で締結されているFTAの中には、日本のEPA同様,関税撤廃・削減やサービス貿易の自由化にとどまらない、様々な新しい分野を含むものも見受けられる[8]」との指摘もあり、国によってはFTAとEPAを区別せずに包括的にFTAに区分することも少なくない[注釈 1]。特に米国は、署名・締結した協定において、ほとんどが自由貿易協定[注釈 2]としており、経済連携協定としているものはないが、内容的には関税撤廃・削減やサービス貿易の自由化にとどまらず、環境・労働等の分野を含んでいる[注釈 3]。更に日米貿易協定の国会承認の質疑において、後藤(祐)委員の質問に対して茂木外務大臣「包括的なFTA、ここにおきましては、物品貿易に加えて、サービス全般の自由化を含むものを基本とし、さらに、知的財産、投資、競争など、幅広いルールを協定に盛り込むこと[14]」と答弁し、更に「FTAについて、国際的に確立した定義も、御案内のとおり、あるわけではありませんが、我が国では、これまで、特定の国や地域との間で物品貿易やサービス貿易全般の自由化を目的とする協定、そういった意味でFTAという語を用いてきた」と付け加えた。また内閣官房澁谷TPP等政府対策本部政策調整統括官は「ガット二十四条に整合的な協定でございますので、経済連携協定だと認識」と答弁したこれはそのあとの答弁にあるように「関税の関係法、国内法でございますけれども、関税暫定措置法の施行令[注釈 4] におきまして経済連携協定という言葉が載っておりまして、経済連携協定で合意された関税率の適用に当たっては、協定が直接適用される[注釈 5]、こういう規定でございます。私ども、TPP、日・EU・EPA、それから今回の日米貿易協定も含めて、この関税法に言うところの経済連携協定だという認識[14]」ということである。
更に日本の外務省は、公的報告書である外交青書において、2020年版[15]においては「経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)」と記述し、脚注で「EPA:Economic Partnership Agreement (貿易の自由化に加え、投資、人の移動、知的財産の保護や競争政策におけるルール作り、様々な分野での協力の要素などを含む、幅広い経済関係の強化を目的とする協定): FTA:Free Trade Agreement(特定の国や地域の間で、物品の関税やサービス貿易の障壁等を削減・撤廃することを目的とする協定)」としていたが、2021年版[16]及び最新版である2022年版[17]においては、「経済連携協定(EPA/FTA)」と記載し、脚注においても「EPA:Economic Partnership Agreement FTA:Free Trade Agreement」のみ記載しそれぞれの説明や訳語は記載していない。従って日本においてもFTAとEPAを区分けしないのが外務省の公的な見解となっている。
2023年1月時点で日本政府が外国又は特定地域と締結した協定(発効ずみのもの)は、2018年12月に発効した環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)及び2020年1月に発効した日米貿易協定を除き、すべてEPA(経済連携協定)となっている。CPTPPと2018年2月に署名した環太平洋パートナーシップ協定(TPP)は、いずれも内容的にはEPAであるが、協定名は「パートナーシップ協定」となっている。日本・ASEAN包括的経済連携協定は、名称はEPAであるが、サービス貿易及び投資について規定する日本・ASEAN包括的経済連携協定第一改正議定書が、2020年8月1日に発効するまでは、関税関係のみに留まっていた。日米貿易協定は、関税撤廃・削減だけ規定している。
EUによるFTAの分類
EUは、その公式HPに、新しい機会を提供するEUの自由貿易協定 という記事を掲載しているが、このなかでEUが世界各国・地域で結んでいる自由貿易協定には、次の4種類があるとしている。
1. 第一世代協定(First generation agreements)
主に2006年以前に締結され、関税撤廃に焦点が置かれている。スイス、ノルウェー、地中海・中東諸国、メキシコ、チリとの協定やトルコとの関税同盟、また、西バルカン諸国との「安定化・連合協定(Stabilisation and Association agreements)」が含まれる。
2. 第二世代協定(Second generation agreements)
韓国、コロンビア、エクアドル、ペルーのほか中米などが対象。ここでは知的財産権やサービス、持続可能な開発への取り組みも含まれる。日・EU経済連携協定(EPA)は、名称は異なるがこの種類に該当する 。
3. 深化した包括的自由貿易地域(Deep and Comprehensive Free Trade Areas=DCFTA)
EUとジョージア、モルドバ、ウクライナといった近隣諸国の間で、より強い経済関係を創出する。
4. 経済連携協定(Economic Partnership Agreements=EPA)
アフリカ、カリブ諸国、太平洋地域の開発需要に焦点を当てたもの。日・EU間のEPAはこれに該当しない。
上記のように、EUは、一般的にはEPAは「開発需要に焦点を当てたもの」を意味し、日EUEPAは、関税に加えて知的財産権やサービス、持続可能な開発への取り組みも含まれる第二世代協定と理解している。
注釈
- ^ 例えばオーストラリア政府のHP(Australia's free trade agreements (FTAs))
- ^ 自由貿易協定という名称でないものは、発効済みの日米貿易協定及び米国・メキシコ・カナダ協定並びに署名したが離脱を宣言した環太平洋パートナーシップ協定のみである。
- ^ 日米貿易協定のみ関税撤廃・削減だけ規定している。
- ^ 関税暫定措置法施行令第10条の2に規定がある。なおこれは関税暫定措置法第7条の3、第7条の8に基づくもの
- ^ これは関税法第3条ただし書の規定で条約の直接適用のことであるが経済連携協定にのみの規定ではない。関税暫定措置法施行令にいう経済連携協定の規定は、協定に基づくセーフガードの実施のためのものである
- ^ CPTPP及びRECP署名国のうち、まだ発効していない国は、すべて既に個別のEPA関係にあるため、今後の発効があっても、現行の日本が締結中の数字になる。日中韓FTAが発効した場合も同じ数字になる。またインドとは、すでに日インドEPAが発効しているため、インドがRCEPに復帰しても同じ数字である。
出典
- ^ 経済連携協定の意義と課題-日本の通商政策は転換したか、「東アジア共同体」結成は間近か- RIETI 法律時報 2005年6月号
- ^ 2006年のWTO決定(WTO文書WT/REG/16)に基づく。
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- ^ WT/REG/W/151
- ^ “LIST OF RTAS WHICH HAVE APPEARED IN FACTUAL PRESENTATIONS (ISSUED UP TO 14 SEPTEMBER 2020) AND HAVE NOT YET BEEN NOTIFIED TO THE WTO”. WTO (2020年9月26日). 2020年1月7日閲覧。
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- ^ 2022年3月10日発表の輸出確々報、輸入確々報
- ^ 財務省貿易統計 Trade Statistics of Japan 国・地域の表記は、貿易統計で用いる表記(外国貿易等に関する統計基本通達(昭和59年10月17日蔵関第1048号)別表第1に定めるもの)による。
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