ブリティッシュ・モーター・コーポレーションとは? わかりやすく解説

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ブリティッシュ・モーター・コーポレーション

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/07 02:07 UTC 版)

ブリティッシュ・モーター・コーポレーション
British Motor Corporation
略称 BMC
本社所在地 イギリス
イングランド バーミンガム ロングブリッジ
設立 1952年
業種 輸送用機器
事業内容 自動車製造
特記事項:1966年合併によりBMH
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ブリティッシュ・モーター・コーポレーション (British Motor Corporation; BMC)は、1952年より1966年まで存続したイギリス資本で当時最大の自動車メーカーである。

歴史

1952年、イギリスの大手2大自動車製造会社 Austin Motors(オースチン・モータース)と Nuffield Organization(ナッフィールド・オーガナイゼイション)グループが合併し、前者の Austinオースチン)ブランド、後者の Morrisモーリス)、MGWolseleyウーズレー)、Rileyライレー)のブランドを所有するイギリス最大の自動車メーカーとなった。

国内資本の自動車メーカーによる歴史的大合同が行われた背景は、第二次世界大戦後、イギリス・フォードボクスホールに代表されるアメリカ資本の自動車メーカーが伸長し、産業防衛上、合併によって体質を強化する事が必要と考えられたことによる。実際、BMCに次ぐイギリス国内資本の自動車メーカーであったルーツ・グループは、1960年代に入ってからアメリカのクライスラーによる敵対的買収に遭っている。

比較的安価な Morris Minor(マイナー)から、中級スポーツカーの MG TF、高級スポーツカーの Austin Healey100 (オースチン・ヒーリー)、高級車の WolseleyRiley までも生産した。一方で生産の合理化が図られ、オースチン系の設計をベースとした4気筒のA型・B型、モーリス系の設計による6気筒のC型といった標準エンジンの制定や、車種統合が推進された。しかし各ブランド自体はそのまま存続されたため、やがてその多くは既存ブランド相互のバッジエンジニアリング製品の多発という状況に収斂されてゆき、ブランド戦略の混乱やイメージの低下をきたす結果となった。

その後

1960年代以降イギリス経済の停滞が顕著となり、再度の企業統合が図られるようになった。1966年ジャガー及びデイムラーのブランドを持つジャガーを吸収、持ち株会社ブリティッシュ・モーター・ホールディングス (BMH)が発足した。

1968年レイランドグループと、ローバーグループと合併、ブリティッシュ・レイランド・モーター・コーポレーション (BLMC) となる。

この時点までは、持ち株会社 BLMC 傘下で、過去のブランドを保有する各ディヴィジョンでの自主性はかなり保たれていたが、十指に余るほどで社内競合を起こすブランドの過剰並立、過激な労使紛争の長期慢性化とそれに伴う製品の品質悪化も手伝って業績低下ははなはだしく、1975年、時のイギリス労働党政権の元、財政再建の為に国有化を決定し ブリティッシュ・レイランド British Leyland Ltd. に改組。ブランドの統合、車種の整理が始まって行く。

所有ブランド

BMC当時

BMH時代に追加

  • 1896 Daimlerデイムラー、後にジャガーが買収)
  • 1896 Lanchesterランチェスター、デイムラー傘下だったがBMH設立以前に生産終了)
  • 1924 BSABSA、後にディムラーが買収)
  • 1935 Jaguarジャガー

BLMC時代に追加

主要車種

BMC

  • 1948 Morris Minor
  • 1952 Morris Oxford
  • 1954 Austin Cambridge
  • 1957 Austin A35
  • 1959 Mini (Austin / Morris)
  • 1961 Riley Elf
  • 1961 Wolseley Hornet
  • 1962 Austin 1100 (ADO-16)
  • 1962 MGB
  • 1964 Austin 1800/2200

BMH

BLMC

  • 1968 Jaguar XJ6
  • 1969 Austin Maxi
  • 1970 Triumph Dolomite
  • 1970 Range Rover(レンジローバー
  • 1971 Morris Marina
  • 1971 Triumph Stag
  • 1973 Austin Allegro

注釈・出典

関連項目


ブリティッシュ・モーター・コーポレーション

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/01/26 03:54 UTC 版)

ライレー」の記事における「ブリティッシュ・モーター・コーポレーション」の解説

1952年にはナッフィールドオースチン・モーター・カンパニー合併し、ブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMCとなった。 この結果ブランド戦略混乱錯綜と、プロダクション・モデルの特徴希薄化救いがたいものとなったライレーMGウーズレーの間に置かれ、ライレーモデルのほとんどはオースチン/モーリス設計された車のバッジエンジニアリング、つまり姉妹車となってしまった。 BMCでの代表的なライレー車としては、ナッフィールド時代から開発進められ1953年から生産されたライレー・パスファインダーがあげられる。これはライレー2.5L4気筒エンジン搭載しライレーRMシリーズ後継となった。イタリアン・デザインの影響を受けながら構築されたフルワイズ・フラッシュサイドのオールスチールボディは、ナッフィールド所属していたジェラルド・パーマーによる社内デザインである。これはボディ共用してエンジン搭載し内外装若干変更したウーズレー・6/90のベースともなっている。 しかし伝統あるライレー・ツインカムは動弁・吸排気系両側配置され加工箇所も多いため、高性能だが基本的に大量生産不向きな高コストエンジンであった対して戦後開発されBMC標準エンジンオースチン系の設計4気筒AシリーズBシリーズモーリス系の設計6気筒Cシリーズはいずれ構造単純なターンフローOHVで、エンジン片側に動弁系一切集約され当時トランスファーマシンでも一括加工しやすかった。この結果BMCは、旧ナッフィールド系各車に混在していたサイドバルブモーリス実用小型車などが搭載)、SOHCウーズレーMGなどが搭載)、そしてライレー・ツインカムOHVなど雑多なエンジン合理化対象にして製造中止し、1950年代後半までには大排気量6気筒エンジン搭載していた一部最高級モデルオースチンA135シリーズなど。Cシリーズよりも大型エンジン商用車共用していた)を除いて、ほとんどの量産車種をA・B・Cいずれか標準エンジン搭載集約してしまった。 このため1957年以降パスファインダーウーズレー6/90とのエンジン面での違いなくなり内外装僅かな差別化見られるだけのライレー・ 2.6(ツー・ポイント・シックス)という名前の姉妹車となった。 2.6は大戦後唯一の6気筒ライレーではあったが、そのエンジン量産性と汎用性だけがとりえで性能面ではいささか凡庸鈍重なCシリーズエンジンであり、それ以前ビッグフォー2.5より性能低下した。これがライレー最後大型モデルであったが、1959年5月には生産終了した。長年経緯から名ばかり残ったようなライレーウーズレー小型車主流となり、ライレーは2L以下のセグメント収斂された。 1957年ライレー1.5(ワン・ポイント・ファイブ)とウーズレー1500登場したシャーシ設計優れた1000cc級小型車モーリス・マイナーのフロアパネル利用し、フルワイズの丸みのあるボディに1クラス上の1500ccエンジン搭載したウーズレーライレー姉妹車である。外見は共通だったライレーはよりスポーティな車として宣伝された。このシリーズ小型車レースでも大い活躍したが、生産期間長くなかった1959年4月でのライレー最上級ライレー・4/68(シックスティ・エイト) サルーン今回MGマグネット・マークIIIウーズレー・15/60姉妹車だった。1961年には全車共にモデルチェンジされ、ライレー・4/76(セブンティ・シックス)となる。4/68、4/70はオースチンA50系のバッジエンジニアリングともいうべきもので、内外装仕上げはともかく、骨格性能きわめて凡庸な実用セダン過ぎず、スポーティさとは程遠い車であった。 最後ライレーとなったのは、1960年代Miniベース作られたライレー・エルフ (Elf)および、Miniの上モデルに当たるADO16シリーズ一つライレー・ケストレルである。もちろんこれにも(ライレー同じく惰性残されていたようなウーズレー姉妹モデルがありウーズレー・ホーネット・ウーズレー・1100/1300と称した今回外見異なり中身一緒となっていた。 これら最後ライレーとなったバッジエンジニアリングモデルの生産終了1969年だった。以後ブランド休止状態である。 1994年ローバー・グループBMW買収された。Mini が BMW/MINI となり、BMWトライアンフライレーブランド商標権をも保持することになったBMWは、長く生産されブランド性の高いMINIをBMW/MINIとして復活させたが、ライレー空白期間あまりにも長く近い将来ライレー復活する見込み立っていない。

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「ブリティッシュ・モーター・コーポレーション」を含む「ライレー」の記事については、「ライレー」の概要を参照ください。

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