ショパン:2つのポロネーズ (第1・2番)
英語表記/番号 | 出版情報 | |
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ショパン:2つのポロネーズ (第1・2番) | 2 Polonaises (cis:/es:) Op.26 CT150-151 | 作曲年: 1834-35年 出版年: 1836年 初版出版地/出版社: Leipzig, Paris, London 献呈先: Joseph Dessauer |
作品解説
【作曲】1834-35年
【出版】1836年にパリ(出版社:M. Schlesinger)、ライプツィヒ(出版社:Breitkopf & Hartel)、ロンドン(出版社:Chr. Wessel)で出版
ショパンはピアノ独奏用のポロネーズを16曲残しているが、このOp.26は、そのうちの10番目と11番目の作品である。完成したのは1834年末から1835年、それはワルシャワを旅立ったショパンが、パリに移り住み3年余が過ぎた頃である。
ワルシャワで書かれた初期の9曲と比較すると、ショパンにとっての「ポロネーズ」というジャンルの持つ意味が変質しているのを見てとることができる。ロシアからの独立を獲得するための11月蜂起とその挫折を経験したポーランド人にとって、ポロネーズという宮廷舞踏の音楽は、祖国のかつての繁栄を喚起させるものとなっていた。ポロネーズのリズムと旋律型は、もはやポーランドの民俗的な雰囲気を作り出すための慣習的な手段ではなく、ポーランド人としてのアイデンティティを力強く表現するための媒体なのである。
響きの充実した和音で奏されるリズミックな音型、勢いのあるアルペッジョのパッセージ、劇的な効果を生み出す音の強弱の対比といった、円熟期のポロネーズに特徴的な要素がこの作品にも多く見られ、それらは力強く英雄的な雰囲気を作り出している。
この2曲は、ボヘミアの作曲家ヨーゼフ・デッサウアーに献呈された。
◆Op.26-1 cis-moll
構造はA(1-37小節)-B(38-85小節)-A(1-37小節)の複合三部形式で、各部分がさらに三区分できる。cis-mollのA部分は、4小節の導入を持つ。それは鋭いリズムと力強い響きで緊張感を高める効果を出している。8小節の主要主題は、勢いのある「問い」と、弱々しい「応答」のようになっている。B部分はDes-durで、豊かな装飾と和声が叙情的な雰囲気を作り出し、A部分と対照的な性格になっている。(*小節数はエキエル版に基づく。)
最後のA部分の反復については、ショパンはB部分の終わりで「Fine」という指示をしており、そこに「Da capo」を書き込んではいない。しかし、冒頭部分の反復は、ポロネーズというジャンルにとって慣習的なものであった。従って、ショパンが慣習を破って二部形式にしたというより、書き誤ったという見方が妥当だとされている。
◆Op.26-2 es-moll
この作品には、後の《ポロネーズ・ファンタジー》Op.61を予感させるような形式の拡大が見られる。構造は、複合三部形式と見ることが一般的であろう。しかし、ロンド形式と解釈することも可能である。すなわち、A(1-20小節)-B(21-48小節)-A(49-68小節)-C(69-104小節)-A(105-124小節)-B(125-152小節)-A(153-175小節)という区分である。このように見ることによって、全体の流れを動的に捉えることができるのである。
A部分はes-mollで、前作Op.26-1よりも規模の大きい導入部を持つ。ppからfffまでとダイナミクスの幅が広く、劇的な雰囲気をもって主題を準備している。主要主題は、右手の旋律とバスが不協和に衝突し、緊張感を作り出している。B部分はDes-dur、C部分はH-durに設定されている。これらはどちらも、A部分のes-mollからは遠い関係にある長調である。また、リズムやテクスチュアの点でも、A部分とは対照的になっている。
1.ポロネーズ第1番 嬰ハ短調
1835年夏、ショパンはドレスデンを経由してライプツィヒへ向かった。当地でゲヴァントハウス・オーケストラの指揮者に就任したメンデルスゾーンに会い、彼を介してシューマンと出会ったショパンは、この時、楽譜出版の最大手ブライトコプフ・ウント・ヘルテル社を訪れた。そして同年に作曲した『2つのポロネーズ』Op.26が、ドイツではブライトコプフ社から出版されることとなった。
Op.26-1は前半が嬰ハ短調、後半は異名同音を主音とする長調、変ニ長調をとっている。この調性関係は、数年後に『前奏曲』Op.28-15(通称「雨だれ」)においても用いられる。同じ音を主音としながらも、シャープ4つの短調とフラット5つの長調が、楽譜の上で対照的なイメージをもたらすため、多くの作曲家が好んで用いた。
この曲からは、以前の習作ポロネーズに見られたような、若さゆえの技巧的な、悪く言えば表面的な側面は感じられない。そこに見てとれるのは、ショパンがウィーンやパリで身につけた作曲技術の向上である。
冒頭4小節は、単なる前奏とみなされるか、祖国での11月蜂起鎮圧への悲痛な思いなどと重ねて解釈されがちだが、そこにこの曲を構成する基本的な要素が凝縮していることを見逃してはなるまい。32分音符で奏される順次下行音型と、裏拍で打ち鳴らされるホ音の連打がそれである。まず、嬰ハ音から重嬰ヘ音へ向けての減5度下行を反行させることで、嬰ニ音からイ音へと、刺繍音をともないながら上行する旋律が生み出される(第5-6小節)。続いて嬰ト音から嬰ニ音へ、8分3連音符で完全5度上行する(第7-8小節)、といった具合に、この楽曲の前半部分を支配する上行旋律は、すべて冒頭の旋律から生み出されているのである。さらに、前半の嬰ハ短調部分の中間楽想としてあらわれるホ長調の主題は、下行する旋律線の背景に属音が絶え間なく鳴り響いている(第34小節以下)。
後半は変ニ長調をとり、穏やかな楽想へと転じるが、半音階進行を多用することで和声的な緊張度を増している。上声の旋律には、即興演奏を思わせるような細かな装飾が施される一方で、バス声部にあらわれる特徴的な半音階下行(第54-56小節、および第59-61)は、主部冒頭の半音階化と解釈してもよいだろう。中間楽想では、下声にも旋律的、装飾的なパッセージが挿入され、技巧的な欲求を満たすことを忘れないのもショパンらしさと言える。本来楽曲は変ニ長調で閉じられており、ダ・カーポによる単純な3部分形式を排していた。これはシュレザンジェ版にもブライトコプフ版にも共通している。それにもかかわらず、後の出版楽譜では、ショパンの他のポロネーズの様式と一致しないという理由からダ・カーポを付し、嬰ハ短調部分を繰り返すものとした。今日、この作品の終止を如何に解釈すべきは、再考の余地があろう。
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