高齢化問題
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/30 15:35 UTC 版)
刑務所では、受刑者の高齢化が進行している。刑務所に受刑中の60歳以上の割合は、2010年末は、全体で16.31%(10,414人)から、2020年末には20.57%(8,191人)と、約4%程上昇している。男性は16.13%(9,551人)→20.17%(7,352人)へ、女性は18.58%(863人)→24.98%(839人)と男性は約4%、女性は約6%上昇している。 また、65歳以上の高齢者が起こす犯罪の比率が急上昇している。1999年(平成11年)には刑法犯罪検挙人員に占める割合は約5.1%(17,942人)であったが、20年後の2019年は約22.0%(42,463人)と20%を超えていた。人口全体に占める65歳以上の割合が増えたペースを、はるかに上回る上昇ぶりである(65歳以上の高齢者は現在、人口の4分の1以上を占めている)。但し、人口比では、2007年(平成19年)をピークに減少している。 高齢者の犯罪で圧倒的に多いのが窃盗、主に万引きである。行きつけの店で3,000円もしない食品を盗むケースが多い。2019年(令和元年)の窃盗における検挙人員の約3割が高齢者であり、特に万引きは、約4割を占めた。更に、検挙された男性高齢者の約4割が万引きであり、女性の場合はより割合が高くなり、約4分の3を万引きで占めていた。 そのため、窃盗の罪状で刑務所に入所してきた全ての高齢受刑者に占める割合は、男女ともに著しく高く、女性においては、より顕著である。そして、2019年(令和元年)の割合は、男性の場合は約51.6%、女性の場合、約86.1%を占めていた。なお、2019年(令和元年)に殺人の罪状で刑務所に入所してきた高齢受刑者の人員は、45人(男性36人・女性9人)であった。 増加の背景に経済的な問題があると、香港のコンサルティング会社カスタム・プロダクツの元幹部で、オーストラリア出身の人口統計学専門家、マイケル・ニューマン氏が指摘する。ニューマン氏によれば、日本の老齢基礎年金で支給される額は「ほんのわずか」にすぎず、生活していくのはとても大変であることが背景にあると指摘する。 ニューマン氏が2016年に出した論文で試算したところによると、国民年金(年額78万円)以外に収入のない人は家賃と食費、医療費を払っただけで赤字(年間22万3,000円)になる。暖房費や洋服代も入れた場合、更に赤字額が増す。そのため、赤字の分は、自力で生活していくしかなくなってしまい、最悪のケースの1つとして、万引きなどを筆頭に窃盗犯罪に手を染め、1日3食も支給され最低限の保証がある刑務所に駆け込んでしまうケースがある。 またもうひとつに、社会的孤立が深まってしまい、寂しさに耐えられなくなっている高齢者が増加していることも指摘されている。 更生保護施設「ウィズ広島」の山田勘一理事長より、精神面で家族に先立たれるなどして孤立化してしまい、悲しみに耐えかねて、窃盗などに手を染めてしまい、それが高齢者による犯罪急増の一因になっているとの見方を示した。また、人はたいてい、面倒を見てくれる人や力になってくれる人がいれば罪を犯したりしないものだと、理事長は言う。 また、男性よりも寿命が長く、ひとり暮らしの数も男性の2倍という高齢女性が深刻である。高齢女性の単身世帯の急増しており、一人暮らしの高齢女性の数は男性の2倍であり、400万人を上回っている。女性は男性よりも長寿で、離婚や未婚も増加しているため、今後も増え続けると予測されている。 更に、女性入所受刑者に占める割合が著しく高い万引きの高齢女性の背景には、「生活に対する不安」がある。年金額が非常に低く、貯金を切り崩していき、無くなってしまった先の生活に悲観して、あるいは貯金が無くなってしまい、万引きに手を染めてしまっていると推測される。つまり、セーフティーネットがうまく機能してないことも要因であると指摘されている。 そしてもう一つが、「人に迷惑をかけてはいけない」と思う気持ちがあまりにも強すぎてしまうことである。その気持ちの強さ故に、誰にも相談できず、いろんな問題を抱えてしまい、抱えきれなくなった問題が万引きという形で表れてしまう。 そして、ニューマン氏はこれまで、刑務所の定員拡大や女性看守の増員(高齢の女性受刑者はもともと少なかったが、特に速いペースで増えている)といった日本国政府の改革を見守ってきた。受刑者が請求される医療費も2005年~2015年の間で、実質的に約1.7倍に増加したと指摘する。 また、東京の府中刑務所では、受刑者の3分の1近くが60歳を超えている。そして、刑務所では、行進が刑務所生活の1つとして行われているが、高齢受刑者の中には、必死で追いつこうしたりする者や松葉づえをついている者もおり、行進を行うのが難しくなってきている。 府中刑務所教育部の谷澤正次は、施設を整備する必要が出てきたと話す。これまでに手すりや特殊なトイレを設置したほか、高齢の受刑者向けの講座もあるという。ニューマン氏は、裁判手続きや収監にコストをかけずに、高齢者に年金の半分を渡すのと引き換えに、食事や家賃、医療などが無料になる産業・住宅複合コミュニティーをつくり、高齢者の面倒を見るほうがずっといいし、安上がりだと主張する。 また、2017年(平成29年)における高齢入所受刑者の刑期は、女性の入所受刑者は、2年以下の刑の者が約7割を占めているのに対し、男性の入所受刑者では、2年を超える刑の者が約4割を占めており、男性は、女性と比べて刑期の長い者の割合が高い。そして、非高齢者と比べて何度も刑務所に入る者の割合が一貫して高い。罪を犯す高齢者の多くは、常習犯となっている。2017年に有罪が確定した65歳以上の2,278人中、約37.4%が過去に6回以上有罪となっていた。 その現状に対して、ニューマンは、日本の裁判について、軽い窃盗罪でも刑務所へ送られることが多いのは、罪に応じた罰かどうかを考えると、やや常識外れの感があると話す。ニューマンが2016年に書いた報告書では「200円のサンドイッチを盗んだ場合の刑期が2年なら、その刑期に840万円の税金が使われる」と指摘した。 約3,000店舗の警備を請け負う「エスピーユニオン・ジャパン」代表取締役社長の望月守男によれば、万引きに対する判決はむしろ厳しくなっていると述べている。 法務省矯正局の補佐官、荘雅行は「パン一切れ盗んだだけだとしても、裁判では刑務所に入るのが妥当と判断された。だから受刑者には、社会で罪を犯さずに生きていくにはどうしたらいいか、その方法を教える必要がある」と語った。
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