視覚的な形象表現
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/14 15:24 UTC 版)
「ムハンマドの表象」の記事における「視覚的な形象表現」の解説
イスラムの歴史上、ムハンマドを具象的に描写した美術品はそもそも稀である。しかし、「13世紀から現代まで世界各地のイスラム世界で、装飾写本の挿絵の形がほとんどだが、ムハンマドの肖像として有名な作品」は存在する。ムハンマド描写の歴史は、ペルシアにおける写本挿絵であるミニアチュールの始まりまで遡る。ペルシア国家でつくられた装飾写本(『ヴァルカとグルシャー』 )には、ムスリムによる最初期のムハンマド画として有名な作品が2点存在する。 この写本はモンゴル帝国がアナトリアに侵入した1240年代頃(あるいはそれ以前)に製作された。その後モンゴルの軍勢は1250年代にペルシアとイラクにも攻め込み、図書館にあった無数の蔵書を破壊した。その後の研究では、現存する初期の作品は量こそ残っていないものの、総じてイスラム圏においては人を造形的に描くことに関して連綿と続く伝統を持つことが指摘されている。8世紀頃の、イベリア半島から中東までを支配したアッバース朝の時代にそうした芸術が最盛期を迎えたといわれる。 クリスティアーヌ・グルーバーは、13世紀から15世紀にかけての真実主義(英語版)的な顔をふくめて全身を描いた図像から、16世紀から19世紀にかけてのより「抽象的な」表現のされかたへの推移を分析している。後者は特別な形式のカリグラフィーによってムハンマドを表象することも含まれるが、旧来の描写もまた並存していた。その中間ともいえるタイプが初めてみつかるのは1400年頃からである。それはムハンマドの顔の部分が空白になっている「肖像彫刻」で、顔の代わりに「おお、ムハンマドよ」のような句が書かれているものである。おそらくは、スーフィズムの思想の影響を受けている。この銘刻のうえに顔やヴェールが描かれ、下書きのようになる場合もある。これは敬虔な画家が自分だけが見るものとして製作したからであるが、鑑賞されることを前提にしていた例もみつかる。グルーバーによれば、こうした作品は後にイコノクラスムによってかなりの数が破壊され、ムハンマドの表情は削り落されるか上塗りされた。これはムスリムによる真実主義的な図像への許容範囲が変化したことを意味している。 ムハンマドを描いた、現存するペルシアの写本の大部分は、この地がモンゴル人の支配下に置かれたイルハン朝時代以降のものであり、1299年のマルズバーン・ナーメ(英語版)もそれに含まれる。イルハン朝時代の1307-8年の写本(写本番号 MS Arab 161)は、ビールーニーの『古代民族年代記』(Āthār al-Bāqīya)に25点の挿絵がついているものであり、そのうち5点がムハンマドを描いている。さらにその巻末におさめられた2点は、写本挿絵の中でも最も大きく完成度も高く、シーア派の教義に基づいてムハンマドとアリーの関係性を強調しているものだ。クリスティアーヌ・グルーバーは、14世紀はじめのミウラージュの書の挿絵(写本番号 MS H 2154)のように、それ以外の作品はスンニ派の宣伝のような図像になっているというが、他の歴史学者は同じ挿絵をそっくりシーア派の王朝であるジャイラル朝の時代に帰属させている。 ムスリムによるムハンマド画は、ティムール朝とサファヴィー朝のペルシャ語写本にもみられるほか、14世紀から17世紀にかけてのオスマン・トルコ時代のイスラム美術、あるいはそれ以降にもみつかる。ムハンマドの生涯の各場面を挿絵として描いたものとして、おそらく最も充実しているのが、14世紀の『預言者伝(英語版)』の1595年に完成した写本である。これはオスマン帝国のムラト3世が自分の息子である後のメフメト3世のために作らせたもので、800点を超える写本がおさめられている。 ムハンマドを描いたものとしておそらく最もよく語られるのは、ミウラージュの場面だろう。グルーバーによれば「15世紀はじめにペルシア語とトルコ語による物語であり叙事詩であった頃から、20世紀まで、ミウラージュを描いた1枚ものの絵は無数に存在する」。これらのムハンマド画は、ラジャブ月の27日をミウラージュの記念日として祝うときにも用いられるものでもある。「道徳を尊び、人をひきつける預言者の昇天の物語を口承で伝えることは、聞き手に彼を称える感情を生むことを目的としているように思われる」(グルーバー)。このような習慣は18世紀および19世紀の文献においてよく見付かるが、それよりはるか昔の写本でも同じような機能を果たしていたことが認められる。この時代には、これ以外にも誕生から死、天国など様々な場面のムハンマドが描かれている。
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