絵コンテへのこだわりと作品の独自解釈
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/11 21:29 UTC 版)
「出﨑統」の記事における「絵コンテへのこだわりと作品の独自解釈」の解説
週に1本放送される連続テレビアニメシリーズでは、スケジュールの都合上、数人がローテーションで各話の絵コンテを担当し、監督はそのチェック/修正指示を行って作品の方向性を統一するのが通例である。しかし出﨑は自身の監督作品において、一人の人間の感性に貫かれた作品でなければ、観る人は何を見たらいいのか判らないとの理由で、ほとんどの話数の絵コンテを自ら担当した。ちなみに富野由悠季の著書「∀の癒し」(ハルキ文庫)には出﨑と富野が「絵コンテが作品の表現を支配するパーセンテージは70%」と確認し合った事が述べられている。 正式にクレジットされた、ないしは担当した事が明らかな絵コンテの合計本数は500本超。日本アニメ界屈指の分量であり、これを上回る本数をこなしたのは富野由悠季や奥田誠治など数人にすぎない。ただし出﨑が彼等と大きく異なるのは、担当した全本数の内、約9割が自身の監督作品における絵コンテである事である。 「原作は、ある新しい世界を作る為のきっかけ」が持論。原作付き作品を異なる展開に改変するのはもとより、脚本家が書き上げ、会議で承認されたシナリオ決定稿すら叩き台として扱い、最終的なストーリーとセリフは絵コンテ段階で独自解釈による物語の咀嚼を行って決定した。アニメ界の先輩である杉井ギサブローが、そんなに脚本を変えるなら最初から自分で書けばどうかと質問した際、出﨑は、他人の脚本を元に自分のアイデアが生まれるので、他人の脚本は必要だが、その通りに進める必要も感じない旨を述べたとの事である。この脚本の変更に対し、『ガンバの冒険』では馬嶋満、『あしたのジョー2』では大和屋竺が抗議して途中降板している。両作に携わった飯岡順一は「自ら脚本を書けばよいのに、脚本がなければカットが割れない。絵コンテが描けない」と評している。 絵コンテ段階で原作や脚本から離れた作品になる理由を、兄の出﨑哲は「出﨑が登場人物に深く感情移入する為」と語る。出﨑作品においては、キャラクターの容姿や性格の設定は必ずしも原作通りではない。例えばロバート・ルイス・スティーヴンソン原作の『宝島』に登場する悪役ジョン・シルバーを、出﨑は「海賊の親分=ロマンの塊」との考えから、原作の記述より遥かに容姿端麗で、善悪を超越した「男の中の男」に設定している。こうして作り上げたキャラクターに様々な感情を移入しながら絵コンテを描き進める事で、結果として出﨑はストーリーを改変してしまった。 本人は絵コンテ制作中の自身の状態について、自分もキャラクターと共に作品世界に入り込む為、物語の結末は分からないとし、また、登場人物と一体となる事でセリフが自然に出てくるまで入り込むと述べていた。だがその一方で、作品世界全体を俯瞰できる視点がないと作品は成立しないとも語っている。鈴木清司によれば、その作業は、『白鯨伝説』終了時に円形脱毛症によって落武者の様な髪になったり、『雪の女王 The Snow Queen』の制作途中では病に罹る等、命を削っての精魂投入であった。 集団による分業で成り立つ商業アニメーションの現場で、終世この姿勢を貫いた事により、原作者や脚本家との軋轢が生まれる場合もあった。前述の様に『あしたのジョー』では山崎忠昭と雪室俊一が、脚本のあまりの改変ぶりを理由に降板する事態に発展。後に山崎と雪室は『日活アクション無頼帖』(ワイズ出版)で出﨑を激しく批判した。また『源氏物語千年紀 Genji』は、当初は大和和紀の漫画『あさきゆめみし』のアニメ化として制作が進んでいたが、出﨑が描いた第1話と第2話の絵コンテが原作とは、かなりテイストの違うものであった事に難色を示した大和側が原作を引き上げた末に、急遽立ち上げられた作品である。 一方、『あしたのジョー』原作者のちばてつやの様に、出﨑を「自分よりジョーを理解してらっしゃる」と絶賛している例もある。『ゴルゴ13』の原作者さいとう・たかをは、自作のアニメ映画化の際、「うん、面白かった。よくできてたね」と評している。また、池田理代子の様に『ベルサイユのばら』に続いて『おにいさまへ…』の監督を出﨑に任せた例もある。 出﨑が絵コンテを重視した、もう一つの理由として、貸本漫画家の過去を持つ事も挙げられる。本人は初めて絵コンテを担当した頃、自分の漫画に動き、声、音楽を付けられるという感覚を得られた事が楽しかったと語っている。つまり出﨑にとってアニメーションフィルムとは漫画や映画の延長線上に存在するものであり、「全ての場合において絵が動く事がアニメーションの基礎である」という考え方とは一線を画す演出スタイルを取っている。
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