移入個体群の問題
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/14 06:33 UTC 版)
同じ生物種であっても、生息地域が異なるために遺伝子の交流を欠く、あるいは完全に隔離されていなくても一定の障壁が存在するなどの理由により、通常は地理的に異なる個体群(生態型・亜種など)相互の間では遺伝子の構成(遺伝子プール)が微妙に異なっている。これをヒトに置き換えると、黒人や白人などの人種、さらに細分化すれば白人であってもアングロ・サクソン人やゲルマン人などの民族など、異なった人種や民族に例えられる。また、野生動植物の個体群と、そこから人為的選抜や育種、さらには近年の遺伝子組換技術によって作出された多くの作物・家畜とでは、遺伝子構成が大きく異なっている。このような場合、ある在来個体群の生息域に、別の個体群が人為的に持ち込まれることにより、両者が交雑して純粋な在来個体群の持つ遺伝子プールに変化が生じる。この在来個体群の遺伝子プールの状態の不可逆的消失および、その途中の過程を遺伝子汚染と呼ぶ。遺伝子汚染は、時空間的に不均質なモザイク構造をなすメタ個体群レベルの遺伝的多様性(生物多様性)を不可逆的に破壊するため、近年では環境問題の一種として認識されることが多い。なお、このような遺伝子汚染は英語ではintrogression(遺伝子移入)と中立的に記述される。 日本における遺伝子汚染の例 メダカ 日本在来のメダカでは、生息水域ごとの遺伝的な違いが詳しく研究されてきた。メダカは、キタノメダカとミナミメダカに大別されるが、さらに水域ごとに遺伝的な差を持つ個体群に細分される。これらの水域ごとの個体群は、相互に異なる適応構造をもっている。したがって、ある水域のメダカの絶滅が危惧されている場合でも、別の水域のメダカを放流すると遺伝子汚染が起こり、結果として在来個体群は雑種個体群に変容を遂げる。つまり、在来個体群が特異的に持っていた適応性の構造も失われてしまうことになる。コイの放流に関しても、同様の遺伝子汚染が指摘されている。 在来オオサンショウウオと外来種チュウゴクオオサンショウウオ 京都市域における外来種によるオオサンショウウオの遺伝子汚染の実態調査により、賀茂川では在来種は絶滅した可能性があり、別水系の上桂川でも雑種化が進行していることが確認された。オオサンショウウオの遺伝的汚染は予想以上に進行しており、何らかの方法で純粋な日本産を隔離保全していくことが早急に必要である。 ニッポンバラタナゴとタイリクバラタナゴ タイリクバラタナゴは1940年代前半に、中国から他の魚(ハクレン・ソウギョなど)に混じって非意図的に利根川水系に導入されたが、1960年代以降、産卵母貝の二枚貝の移殖や飼育個体の遺棄などが原因で全国各地に分布を広げた。西日本各地で日本固有亜種のニッポンバラタナゴと交雑し、稔性のある雑種個体群として累代を続けた結果、純粋なニッポンバラタナゴの生息地はきわめて局所的に残るのみとなり、ニッポンバラタナゴの絶滅が懸念される状況になった。 ニホンヒキガエルとアズマヒキガエル 主に、東京で問題視されている。元々東京に生息していたアズマヒキガエルと国内外来生物のニホンヒキガエルとの交雑。 東京では、すでに8割もの個体が雑種である。 サケ科魚類の例 日本でのサケの一例を挙げると、これまで北海道産のサケを漁業資源確保や天然個体の増殖目的で、本州の広範囲にわたる各都府県の河川に移植放流してきた経緯がある。そのため今後、他地域産稚魚の放流を一切中止してもこれまで頻繁に行われてきた移植により、移植先に生息していたサケ個体群はもとよりスニーカーも含めたサクラマスやアマゴなどの交配可能なサケ科魚類との間で複雑に交雑してしまっているものを除去することはほぼ不可能であるため、手遅れとなっているのが実情である。サケに限らず、渓流釣り場などでの三倍体などの処理をせず繁殖能力を除去されていない他地域のイワナ、ヤマメ、アマゴなどの放流でも同様の問題が懸念される。また、繁殖能力を除去する処理をしても、そのうちの数%(あるいは1%以下)に処理が不完全な個体が混入していれば、長い年限を経て交雑個体が徐々に拡散する可能性も懸念される。 この問題は世界各国で発生している。北米の例を挙げると、ベニザケやマスノスケ、ギンザケなどの他河川放流に加え、太平洋沿岸には生息していなかったタイセイヨウサケ(密放流よりも、養殖場から逃げた個体が多いとされる)までもが当地に生息し、旺盛な繁殖力で既存のサケ科を駆逐したり交配することが懸念されている。しかし、近年では遺伝子汚染がクローズアップされるようになったことに加え、種の保存に関する意識が高まりつつあるため、先進国を中心に移植の自粛や養魚場での管理を強化する傾向にある。 以上の他にも以下のような例がある。ニホンザルとタイワンザル マガモ、カルガモとアヒル、アイガモ リュウキュウヤマガメとセマルハコガメ マシジミとタイワンシジミ
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