真人小学校
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豪雪地帯の小学校だったため、多くのスキー大会で成績を残していた。特に戦前の1922~1924年(大正11~13年)と1996~2004年(平成8~16年)の2つの期間では数々の優勝を記録。前者では「郡スキー大会・中魚学童スキー継走・中魚スキー大会・小千谷スキー大会・県学童スキー大会」で優勝。また、1938年(昭和13年)に開催された全日本スキー選手権大会新潟予選少年組では、男子2名が3・4位と入賞した。後者の期間には、「親善スキー大会リレー男女・親善スキー大会男女リレーアベック・市民スキー大会リレー男女」で優勝。特に1996年(平成8年)から1999年(平成11年)では親善スキー大会男子リレーが四連覇を成し遂げた。 年表 1874年(明治7年) - 3月 般若寺を借り第六中学校区第一番小学校附属真人として開校。 1876年(明治9年) - 真人小学校として独立し旧御倉に移動。 1887年(明治20年) - 4月 尋常真人小学校に改称。それに伴い、念仏塚に校舎を新築。 1904年(明治37年) - 4月 芋坂分校を開設。 1905年(明治38年) - 6月 高等科の開設に伴い、真人尋常高等小学校に改称。 1915年(大正4年) - 12月 源藤山部落と栗山部落に雪中派出所を開設。 1919年(大正8年) - 四年生以上の児童が初めて宿泊修学旅行を実施。 1921年(大正10年) - 7月15日 同日付けで補修学校設立認可となった。 1922年(大正11年) - 1月 大雪により校舎が危険な状態になったため臨時放課。また、雪おろしをした。 1924年(大正13年) - 6月 開校50周年記念式が催される。 1927年(昭和2年) - 2月 猛烈な降雪により3日間臨時休校。 1941年(昭和16年) - 4月 真人国民学校に改称。 1947年(昭和22年) - 4月 中魚沼郡真人村立小学校に改称。 1955年(昭和30年) - 1月 町村合併により小千谷市立真人小学校に。 1965年(昭和40年) - 3月 芋坂分校が岩沢小学校へ統合。それに伴い、閉鎖式が行われる。 1974年(昭和49年) - 11月 創立100周年記念式典を開催。 1984年(昭和59年) - 11月 創立110周年に伴いスノーモービルを購入。 2000年(平成12年) - 11月 新潟県学校保健優良校を授賞。 2001年(平成13年) - 平成13年度の「チャレンジ21教育推進運動」3年次継続校に選定される。 2004年(平成16年) - 10月23日 中越地震発生。中越地震の際は11月8日まで臨時休校となった。また、被害として校舎の壁に亀裂が入り、一部の水道管が使えない状態となった。同じくガス管も一部漏れ交換の状況となった。地震後は高架水槽の使用をやめて給食室脇の水道管直結にした。3年後の2007年7月の中越沖地震・2011年3月の東日本大震災の際は前述したような被害は校舎に見られなかった。 2009年(平成21年) - 11月 新型インフルエンザにより1〜4年が学年閉鎖になった。 2012年(平成24年) - 11月 真人小学校閉校記念式典並びにお別れ会が行われる。 2013年(平成25年) - 3月 真人小学校閉校式挙行。3月31日をもって閉校(塩殿、川井、岩沢小学校とともに、小千谷市立南小学校へ統合)。138年の歴史に幕を閉じる。
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