画家 G
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「トリノ=ミラノ時祷書」の記事における「画家 G」の解説
「画家 G」がヤン・ファン・エイクかどうかについては、前述したように研究者によって意見が分かれている。「画家 G」がヤン・ファン・エイクであるとする研究家たちの主張として、ヤン・ファン・エイクが板絵において成し遂げた成果や革新が『トリノ=ミラノ時祷書』のミニアチュールにも見られることが挙げられる。それまでのテンペラ画からは隔絶した、詳細で繊細な絵画技術、光沢表現、幻惑的な写実主義などで、とくに洗礼者ヨハネが描かれたページの、室内内装と風景の描写にこれらの特徴が顕著に見られるとしている。 「作者 G」の手によるとされているミニアチュールが描かれたページで、現存しているのは3枚しかない。「洗礼者ヨハネの誕生」、「聖十字架の発見」(異論もあり、シャトレは「作者 H」が主制作者だとしている)、「死者のためのミサ」のミニアチュールが描かれたページで、それぞれのページ下部には細長い挿絵があり、テキストの最初と最後の文字には装飾が施されている。その他に1904年に焼失した4枚のページがあり、それらは「海辺の祈り」などとも呼ばれる「海辺のバイエルン公ヴィルヘルム」、夜の光景として描かれている「キリストへの背信」、「聖母戴冠」とそのページ下部の挿絵、海洋の光景で描かれている「聖ユリウスと聖マルタ」だった。赤外線による解析で、「洗礼者ヨハネの誕生」には完成品とは異なる構成の下絵が存在していたことが分かっている。紋章から、描かれている人物はヨハン3世だと同定されており、この独特で謎めいた海辺の光景が表現されたミニアチュールは、一族間の紛争を表しているという説がある。シャトレは、ヨハン3世が自身の姪ジャクリーヌから領土を簒奪したことと関連があるとしている。また、洗礼者ヨハネはバイエルン公ヨハン3世の守護聖人でもあった。ページ下部の挿絵にはネーデルラントの田園風景が描かれており、17世紀オランダ絵画へと続く風景画の先駆といえる。 シャトレは、『トリノ時祷書』のミニアチュールと、『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』などの装飾写本画家として有名なリンブルク兄弟のミニアチュールとを比較し、リンブルク兄弟の作品には、人物肖像に横向きの顔が多いこと、衣服に三次元的な立体表現が見られないこと、ミニアチュール全体としてみると人物肖像が浮いていることなどを指摘した。これに対し「画家 G」が描いた人物肖像、衣服には完全な立体表現がなされており、様々な方向を向いている人物が作品に溶け込んで描かれているとしている。さらに、「画家 G」が採用している明暗表現手法のキアロスクーロが立体表現に深みを与え、人物肖像、そして作品全体に写実性を与えているとした。フリートレンダーは、「言葉にするのが難しいほどの確実な技法が用いられ、作品すべての色調が調和している。滑らかな陰影、水面のさざ波と反射、雲の層などのあらゆる表現が、つかの間の瞬間を切り取って描いた繊細なもので、この画家が持つ高い絵画技術が容易に見てとれる。100年をかけても絵画界に写実主義が浸透し切ったとはいえないとしても、この装飾写本がその最初のきっかけとなったことは間違いない」としている。 著名なイギリス人美術史家で、ロンドンのナショナル・ギャラリーの館長も勤めたケネス・クラークは、「画家 G」はヤン・ファン・エイクではなくフーベルト・ファン・エイクだと考えていた人物で、「フーベルト・ファン・エイクは、保守的な美術史家の考えだと数世紀はかかるとする美術史上の変革を、一人で成し遂げた芸術家である。風景描写は繊細に塗り分けられており、これ以上の絵画表現は19世紀になるまで、ほとんど望むべくもなかった」とした。海辺を描いたミニアチュールについても、「前景に描かれた騎士の肖像はリンブルク兄弟と同様の作風で描かれている。しかしながら、背景に描かれた海岸は15世紀絵画作品を遥かに超えており、これに匹敵する作品は、17世紀半ばのオランダ人風景画家ヤーコプ・ファン・ロイスダールが得意とした海洋画に描かれている海岸まで出てこなかった」としている。 海洋画を専門とする美術史家マルガリータ・ラッセルは、「画家 G」が描いた海辺の場面を「海辺を忠実に描き出した最初の作品」と述べている。しかしながら、リンブルク兄弟の『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』のミニアチュールにも、水面の反射の表現に革新的な要素を見せるものがあり、この点では「画家 G」が描いたミニアチュールより優れている作品も存在するとしている。トーマス・クランが指摘したように、「画家 G」が描いたファン・エイク風の作品の制作時期は、板絵の分野にファン・エイク風の作品が見られるようになった時期よりも早い。「装飾写本のミニアチュールが、真実味に溢れていると賞賛されているファン・エイク風の油彩画の発展に対して、どのような役割を果たしたのかは興味深い問題である」
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