本書の特徴
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本書は1869年にドイツの東洋学者アールヴァルト Wilhelm Ahlwardt (1828年 – 1909年)の抄訳と紹介によってヨーロッパで知られるようになり、1895年にフランスのドランプール Hartwig Derenbourg による完本の校訂本、1910年に同じくアマル M. Émil Amar によるフランス語完訳が出版され、1957年にはホワイティング Charles Edward Jewell Whitting が英訳した。 本書でイブン・アッティクタカーは当時流布していたハリーリーやバディーウッザマーン・ハマザーニーの『マカーマート』と比較し、これらマカーマ文学が智恵や工夫、経験などについて語っているものの有益な部分もありながら往々にして品性を卑しくするような有害な部分ばかりが目立っていることを指摘して批判し、本書がアッバース朝時代の詩人アブー・タンマームAbū Tammām(805年 - 845年)の『ハマーサ詩集』(al-Ḥamāsa)に比するような「政治の原理や統治の手立てとして有益なもの」であると唱っている。また、シーア派では特に主要文献として学ばれていたイマーム・アリーの言行を集めたハディース集『ナフジュル=バラーガ(Nahj al-Balāgha)』や、ウトビー Abū Naṣr al-ʿUtbī が著したガズナ朝のスルターン・マフムードの伝記『ヤミーニー史』(Ta'rīkh al-Yamīnī)とも比較しており、これらはいずれも正則アラビア語の修辞や技巧を凝らした模範とすべき作品であること、加えて前者が宗教上の規範や神学を学べる作品であり、後者は面白い智慧や君主の独創的な生涯を記述した事で優れた特徴を有している点を評価しつつも、時に文学的であるがゆえの誇張が過ぎる場合もまま見られるため、それらと比較した場合、本書は君主の品行や政治論について述べるという目的のための表現の簡潔性にも配慮している点に優れていることもほのめかしている。 本書はヨーロッパに紹介されてから、ヨーロッパにおける「君主鑑」文学との比較や、ペルシア語文芸史上のアンダルズ文学やアラビア語文芸のアダブ文学などのイスラーム世界での「君主鑑」文学における位置づけになどが論じられて来た。イギリスのイスラーム思想史研究者ローゼンタール Erwin Isak Jakob Rosenthal は、正確な歴史的記録や公正な事実の評価を期待する事は出来ないものの、精彩と変化に富んだ文体と言葉遣いによって、支配者やその大臣達の言行が当時の物語作者や詩人達にどのような生々しい印象を与えたのか、今日の我々に提供していると述べ、「この作者は支配者に必要な諸資格、支配者の行動、し覇者と進化の関係、支配者に対する臣下の諸義務等に関してモラリストとして助言を与えている」と評しており、イスラーム政治思想史上からも詳細な分析を行っている。 また、注目すべき点として、第1章では公正で寛大な君主として古代の諸王や預言者、カリフたちに混じってアイユーブ朝の初代君主サラーフッディーンやモンゴル帝国第2代皇帝オゴデイも「公正なる君主」としてたびたび称讃されている。著者イブン・アッティクタカーは14世紀初頭を代表するシーア派の指導者のひとりであるが、第2章「王朝各論」で見られるように、本書では正統カリフ4人やウマイヤ朝、アッバース朝のカリフたちについても自他の宗派の相違は問題とせず、統治の有様や統治者としての品行や資質についてのみを問題にしている点でユニークな作品である。日本においてもアラビアンナイトの日本語訳を出した前嶋信次は、イブン・ムカッファの『カリーラとディムナ』、カイ・カーウースの『カーブース・ナーマ』(Qābūs Nāma)、ガザーリーの『君主たちへの勧め』(Naṣīhat al-Mulūk)やマーワルディー Abū al-Ḥasan ʿAlī al-Māwardī (974?-1058年)の『統治の諸規則(al-Aḥkām al-Sulṭānīyya wa al-Wilāyāt al-Dīnīyya)』、あるいは後代のサアディーの『薔薇園』『果樹園』などのイスラームの学者や文人たちが著して来た一連の政治論や「君主鑑」文学等の紹介のなかで本書も取り上げており、日本で歴代の天皇や徳川家康などの為政者達の間で読み継がれて来た『貞観政要』との比較研究の必要性を説いている。著された年代が1302年という『集史』の編纂が始まるイルハン朝のガザン・ハンの治世下であるイラク地方であり、モンゴル帝国史研究上からも本書は内容に加えて「モンゴル時代という東西を超えたこの時代の独特の雰囲気についても考えてみるべきではないか」との時代史的・文化史的にも注目すべき作品との指摘もされている。
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