ほうしゃせい‐ようそ〔ハウシヤセイエウソ〕【放射性▽沃素】
放射性ヨウ素
放射能をもつヨウ素で、数種類のものがある。特にヨウ素-131(半減期8.06日)、ヨウ素-133(半減期20.8時間)は、ウランの核分裂によって生成される。従って、原子力発電所の事故では、最も注目される放射性核種である。
チェルノブイル原子力発電所の事故では大気中に大量に放出され、幼児に大きな放射線障害(ヨウ素は、甲状腺に集まる特徴があるために、甲状腺被ばくによる甲状腺機能障害が発生)を引き起こした。
またこれとは反対に、ヨウ素-131は、医療用としても用いられ甲状腺機能検査、甲状腺機能亢進症(こうじょうせんきのうこうしんしょう;hyperthyroidism)や或る種の甲状腺ガンの治療に用いられる。
放射性ヨウ素、放射性ヨード
【原文】radioactive iodine
ヨウ素のうち放射性を有するもので、しばしば画像検査に利用されたり、甲状腺機能亢進症や甲状腺がんを始めとする特定のがんに対する治療に用いられたりする。画像検査では、患者の体内に投与された少量の放射性ヨウ素が甲状腺細胞や一部の腫瘍の内部に集積し、これによりスキャナでの検出が可能となる。甲状腺がんに対する治療の場合は、大量の放射性ヨウ素を投与し、それによって甲状腺細胞を殺傷する。放射性ヨウ素はまた、前立腺がんや眼内(眼の)黒色腫、さらにはカルチノイドと呼ばれる腫瘍に対する内照射療法にも用いられる。放射性ヨウ素は、がん細胞を殺傷することを目的として、液剤やカプセル剤として経口的に投与されたり、注射によって投与されたり、あるいはシードに封入して腫瘍の内部やその周囲に埋め込まれたりする。
ヨウ素の同位体
本稿では、ヨウ素の同位体について解説する。
概要
ヨウ素(I)の同位体は、37種類が知られるものの、127Iのみが安定同位体であり、他は全て放射性同位体である。したがって、ヨウ素はモノアイソトピック元素の1つとして数えられる。しかし、宇宙線の影響や、地球上に存在するウランなどが自発核分裂を起こすことにより、半減期約1570万年の129Iが生成され続けている関係で、ごく微量ながら129Iも天然に存在する。また、近年はヒトが人工的に核分裂を起こしている関係で、放射性物質によって汚染された場所では、より高濃度に129Iが存在する。ヨウ素の他の同位体は半減期が短いため、通常は環境中に見られない。このため、標準原子量は126.90447uと、事実上127Iの質量と一致する。
129I
129Iは、ウランなどの核分裂の結果生成される同位体の1つとして知られている。129Iは、半減期約1570万年でβ崩壊して129Xeとなって安定することから、核変換の対象として取り上げられることがある[1]。
ところで、129Iには、36Clと類似点が見られる。36Clと比べると反応性に乏しいものの、129Iと36Clは、共に可溶性のハロゲンであり、主に吸着性のアニオンとして存在し、宇宙線と地球表面との相互作用によって生じることである。一方、36Clと異なる点もある。塩素全体の中の36Clの割合と比べて、ヨウ素全体の中の129Iの割合は極めて小さいこと。36Clの半減期が約30万1000年であるのに対して、129Iの半減期は約1570万年と長いこと。36Clと比べて129Iは生体親和性が高いこと。36ClがCl-となっていることが多いのに対して、129IはI-やIO3-など様々な形のイオンとなって存在することである。このことから、129Iは植物、土壌、乳汁、動物組織などの生物圏に組み込まれている。
131I
131Iは、半減期約8日の放射性同位体であり、β崩壊して131Xeとなって安定する。131Iは、ウランなどの核分裂の結果生成される同位体の1つとして知られている。半減期はわずか8日程度に過ぎず、129Iとは違って通常は環境中で見られることはない。
その他のヨウ素の同位体
(一覧の節などを参照。)
医療への利用
ヨウ素の同位体の多くは、シンチグラフィ等の医療用途に用いられている。123Iや131Iは単一光子放射断層撮影(SPECT)に、124Iはポジトロン断層法(PET)に用いられている。これらは異なった画像品質となる[2]。また、125Iは前立腺癌に対する小線源治療に用いられる(小線源治療#適応を参照)。また、131Iは甲状腺機能亢進症や甲状腺癌に対するRI内用療法に用いられる(RI内用療法#日本国内で保険承認されているRI内用療法を参照)。
一覧
同位体核種 | Z(p) | N(n) | 同位体質量 (u) | 半減期 | 核スピン数 | 天然存在比 | 天然存在比 (範囲) |
---|---|---|---|---|---|---|---|
励起エネルギー | |||||||
108I | 53 | 55 | 107.94348(39)# | 36(6) ms | (1)# | ||
109I | 53 | 56 | 108.93815(11) | 103(5) µs | (5/2+) | ||
110I | 53 | 57 | 109.93524(33)# | 650(20) ms | 1+# | ||
111I | 53 | 58 | 110.93028(32)# | 2.5(2) s | (5/2+)# | ||
112I | 53 | 59 | 111.92797(23)# | 3.42(11) s | |||
113I | 53 | 60 | 112.92364(6) | 6.6(2) s | 5/2+# | ||
114I | 53 | 61 | 113.92185(32)# | 2.1(2) s | 1+ | ||
114mI | 265.9(5) keV | 6.2(5) s | (7) | ||||
115I | 53 | 62 | 114.91805(3) | 1.3(2) min | (5/2+)# | ||
116I | 53 | 63 | 115.91681(10) | 2.91(15) s | 1+ | ||
116mI | 400(50)# keV | 3.27(16) µs | (7-) | ||||
117I | 53 | 64 | 116.91365(3) | 2.22(4) min | (5/2)+ | ||
118I | 53 | 65 | 117.913074(21) | 13.7(5) min | 2- | ||
118mI | 190.1(10) keV | 8.5(5) min | (7-) | ||||
119I | 53 | 66 | 118.91007(3) | 19.1(4) min | 5/2+ | ||
120I | 53 | 67 | 119.910048(19) | 81.6(2) min | 2- | ||
120m1I | 72.61(9) keV | 228(15) ns | (1+,2+,3+) | ||||
120m2I | 320(15) keV | 53(4) min | (7-) | ||||
121I | 53 | 68 | 120.907367(11) | 2.12(1) h | 5/2+ | ||
121mI | 2376.9(4) keV | 9.0(15) µs | |||||
122I | 53 | 69 | 121.907589(6) | 3.63(6) min | 1+ | ||
123I | 53 | 70 | 122.905589(4) | 13.2235(19) h | 5/2+ | ||
124I | 53 | 71 | 123.9062099(25) | 4.1760(3) d | 2- | ||
125I | 53 | 72 | 124.9046302(16) | 59.400(10) d | 5/2+ | ||
126I | 53 | 73 | 125.905624(4) | 12.93(5) d | 2- | ||
127I | 53 | 74 | 126.904473(4) | STABLE | 5/2+ | 1.0000 | |
128I | 53 | 75 | 127.905809(4) | 24.99(2) min | 1+ | ||
128m1I | 137.850(4) keV | 845(20) ns | 4- | ||||
128m2I | 167.367(5) keV | 175(15) ns | (6)- | ||||
129I | 53 | 76 | 128.904988(3) | 1.57(4)E+7 y | 7/2+ | 10-10~10-14 | |
130I | 53 | 77 | 129.906674(3) | 12.36(1) h | 5+ | ||
130m1I | 39.9525(13) keV | 8.84(6) min | 2+ | ||||
130m2I | 69.5865(7) keV | 133(7) ns | (6)- | ||||
130m3I | 82.3960(19) keV | 315(15) ns | - | ||||
130m4I | 85.1099(10) keV | 254(4) ns | (6)- | ||||
131I | 53 | 78 | 130.9061246(12) | 8.02070(11) d | 7/2+ | ||
132I | 53 | 79 | 131.907997(6) | 2.295(13) h | 4+ | ||
132mI | 104(12) keV | 1.387(15) h | (8-) | ||||
133I | 53 | 80 | 132.907797(5) | 20.8(1) h | 7/2+ | ||
133m1I | 1634.174(17) keV | 9(2) s | (19/2-) | ||||
133m2I | 1729.160(17) keV | ~170 ns | (15/2-) | ||||
134I | 53 | 81 | 133.909744(9) | 52.5(2) min | (4)+ | ||
134mI | 316.49(22) keV | 3.52(4) min | (8)- | ||||
135I | 53 | 82 | 134.910048(8) | 6.57(2) h | 7/2+ | ||
136I | 53 | 83 | 135.91465(5) | 83.4(10) s | (1-) | ||
136mI | 650(120) keV | 46.9(10) s | (6-) | ||||
137I | 53 | 84 | 136.917871(30) | 24.13(12) s | (7/2+) | ||
138I | 53 | 85 | 137.92235(9) | 6.23(3) s | (2-) | ||
139I | 53 | 86 | 138.92610(3) | 2.282(10) s | 7/2+# | ||
140I | 53 | 87 | 139.93100(21)# | 860(40) ms | (3)(-#) | ||
141I | 53 | 88 | 140.93503(21)# | 430(20) ms | 7/2+# | ||
142I | 53 | 89 | 141.94018(43)# | ~200 ms | 2-# | ||
143I | 53 | 90 | 142.94456(43)# | 100# ms [>300 ns] | 7/2+# | ||
144I | 53 | 91 | 143.94999(54)# | 50# ms [>300 ns] | 1-# |
出典
- ^ “長寿命核分裂生成物の半減時間を9年以下に短縮”. 東京工業大学 (2020年1月14日). 2023年5月25日閲覧。
- ^ Erwann Rault, Stefaan Vandenberghe, Roel Van Holen, Jan De Beenhouwer, Steven Staelens, Ignace Lemahieu (2007). “Comparison of Image Quality of Different Iodine Isotopes (I-123, I-124, and I-131)” (abstract). Cancer Biotherapy & Radiopharmaceuticals 22 (3): 423–430. doi:10.1089/cbr.2006.323 .
参考文献
- Isotope masses from Ame2003 Atomic Mass Evaluation by G. Audi, A.H. Wapstra, C. Thibault, J. Blachot and O. Bersillon in Nuclear Physics A729 (2003).
- Isotopic compositions and standard atomic masses from Atomic weights of the elements. Review 2000 (IUPAC Technical Report). Pure Appl. Chem. Vol. 75, No. 6, pp. 683-800, (2003) and Atomic Weights Revised (2005).
- Half-life, spin, and isomer data selected from these sources. Editing notes on this article's talk page.
- Audi, Bersillon, Blachot, Wapstra. The Nubase2003 evaluation of nuclear and decay properties, Nuc. Phys. A 729, pp. 3-128 (2003).
- National Nuclear Data Center, Brookhaven National Laboratory. Information extracted from the NuDat 2.1 database (retrieved Sept. 2005).
- David R. Lide (ed.), Norman E. Holden in CRC Handbook of Chemistry and Physics, 85th Edition, online version. CRC Press. Boca Raton, Florida (2005). Section 11, Table of the Isotopes.
外部リンク
- Isotopes of Iodine(ローレンス・バークレー国立研究所)
- ヨウ素131(原子力資料情報室)
- 放射性ヨウ素分析法 文部科学省 (PDF)
- 緊急時における放射性ヨウ素測定法 文部科学省 (PDF)
1H | 2He |
| |||||||||||||||||||||||||
3Li | 4Be | 5B | 6C | 7N | 8O | 9F | 10Ne | ||||||||||||||||||||
11Na | 12Mg | 13Al | 14Si | 15P | 16S | 17Cl | 18Ar | ||||||||||||||||||||
19K | 20Ca | 21Sc | 22Ti | 23V | 24Cr | 25Mn | 26Fe | 27Co | 28Ni | 29Cu | 30Zn | 31Ga | 32Ge | 33As | 34Se | 35Br | 36Kr | ||||||||||
37Rb | 38Sr | 39Y | 40Zr | 41Nb | 42Mo | 43Tc | 44Ru | 45Rh | 46Pd | 47Ag | 48Cd | 49In | 50Sn | 51Sb | 52Te | 53I | 54Xe | ||||||||||
55Cs | 56Ba | *1 | 72Hf | 73Ta | 74W | 75Re | 76Os | 77Ir | 78Pt | 79Au | 80Hg | 81Tl | 82Pb | 83Bi | 84Po | 85At | 86Rn | ||||||||||
87Fr | 88Ra | *2 | 104Rf | 105Db | 106Sg | 107Bh | 108Hs | 109Mt | 110Ds | 111Rg | 112Cn | 113Nh | 114Fl | 115Mc | 116Lv | 117Ts | 118Og | ||||||||||
*1 | 57La | 58Ce | 59Pr | 60Nd | 61Pm | 62Sm | 63Eu | 64Gd | 65Tb | 66Dy | 67Ho | 68Er | 69Tm | 70Yb | 71Lu | ||||||||||||
*2 | 89Ac | 90Th | 91Pa | 92U | 93Np | 94Pu | 95Am | 96Cm | 97Bk | 98Cf | 99Es | 100Fm | 101Md | 102No | 103Lr | ||||||||||||
| |||||||||||||||||||||||||||
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放射性ヨウ素
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/04 17:43 UTC 版)
チェルノブイリ原子力発電所の事故では、核分裂生成物の 131I(放射性同位体)が多量に放出されたが、これが甲状腺に蓄積したため、住民に甲状腺ガンが多発した。放射能汚染が起きた場合、放射性でないヨウ素の大量摂取により、あらかじめ甲状腺をヨウ素で飽和させる防護策が必要である(ヨウ化カリウム#用途、ヨウ素剤参照)。そのため、日本は国民保護法に基づく国民の保護に関する基本指針により、核攻撃等の武力攻撃が発生した場合に武力攻撃事態等対策本部長又は都道府県知事が、安定ヨウ素剤を服用する時期を指示することになっている。なお、独立行政法人放射線医学総合研究所は、たとえヨウ素を含んでいてもうがい薬や消毒剤など、内服薬でないものは「安定ヨウ素剤」の代わりに飲んだりしないようにとしている。 世界保健機関 (WHO) の飲料水中の放射性核種のガイダンスレベルは平常時の値は10 Bq/Lで原子力危機時の誘導介入レベル(介入レベルを超えないように環境汚染物質や汚染食品の摂取、流通を制限するため、二次的に設定される制限レベル、「暫定規制値」とも言う)であり、国際原子力機関は介入レベル(敷地外の一般公衆が、過度の被曝を生ずる恐れのある場合は、実行可能な限り、被曝低減のための対策をとることが必要となる。その判断の基礎となる線量)を3,000 Bq/Lとしているが、平常時の値や誘導介入レベルは定めていない。日本では一定の基準はなくWHOの基準相当 を守っていた。しかし2011年東北地方太平洋沖地震における福島第一原子力発電所事故の影響から、放射性ヨウ素の飲料水中及び牛乳・乳製品中の暫定規制値を300 Bq/kgと定めた。 または、ヨウ素が甲状腺に集まる性質は、画像診断法の一つである甲状腺シンチグラフィに利用される。甲状腺シンチグラフィではヨウ素の同位体のうち123I などを用いる。
※この「放射性ヨウ素」の解説は、「ヨウ素」の解説の一部です。
「放射性ヨウ素」を含む「ヨウ素」の記事については、「ヨウ素」の概要を参照ください。
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