帰郷から『雲母』創刊とは? わかりやすく解説

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帰郷から『雲母』創刊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/14 06:58 UTC 版)

飯田蛇笏」の記事における「帰郷から『雲母』創刊」の解説

その後家業農業養蚕従事する一方で松根東洋城選の『国民俳壇』への投句始める。東洋城は1908年10月から虚子代わり国民俳壇』の選者になっていた。また、蛇笏若山牧水創刊した『創作』にも投句行い1910年明治43年9月には牧蛇笏宅を訪問し再度の上京を勧めた同年には祖母の那美が死去する1911年明治44年11月には東山梨郡七里村甲州市塩山上於曽)の矢澤覚の長女菊乃結婚する1912年明治45年/大正元年)には長男の聡一郎1914年大正3年1月には次男數馬1917年大正6年7月には三男の麗三、1920年大正9年7月には四男の龍太1923年大正12年)には五男の五夫が生まれる。 山梨県俳壇では1911年明治44年)に荻原井泉水が『層雲』を創刊し碧梧桐影響新傾向俳句転向した秋山紅蓼らを迎合した。さらに翌1912年には堀内柳南らと井泉碧梧桐甲府招かれ新傾向俳句興隆した。蛇笏同年10月現在の甲府市中央所在する瑞泉寺において初め碧梧桐会っている。蛇笏伝統的俳句立場から新傾向俳句批判し、『山梨毎日新聞紙上において「俳諧我観」を連載、自然風土根ざした俳句提唱した1912年大正2年7月には虚子が『ホトトギス』雑復帰したことを知ると、蛇笏も『ホトトギス』への投句再開する1914年大正4年)には『ホトトギス巻頭3回翌年には巻頭5回を獲得し名実ともに同誌の代表作家となる。 1915年大正5年創刊されたばかり愛知県発行俳誌キラヽ』の選者頼まれ2号より選者担当1917年大正7年)より主宰となり誌名を『雲母』に改称発行所1925年大正14年)に甲府市移した1917年大正6年6月には高浜虚子が『国民新聞』の依頼山梨県増富温泉取材しており、蛇笏虚子案内している。1918年8月には、小説家芥川龍之介が「我鬼」の俳号で『ホトトギス』に投句した句を蛇笏芥川の句と知らず称揚した芥川1927年7月自殺し蛇笏直接対面する機会はなかったが、芥川蛇笏作品影響受けた句を残しており、両者書簡による交流行っており、芥川死去の際に蛇笏は『雲母9月号に芥川追悼する句を発表している。 1926年大正15年9月には『雲母経理部山梨県中巨摩郡大鎌田村現在の甲府市高室町)の高室呉龍宅に移転する蛇笏大正後年に古俳句・古俳人研究行い中でも天保期に活躍した現在の甲府市東下条町出身成島一斎(1843年 - 1908年)の存在注目する。一斎は蛇笏祖父義弟にあたり蛇笏は『雲母』に一斎に関する研究発表し同年11月には一斎の子息・宥三の依頼により一斎の遺稿集『明丘舎句集』の編者となったまた、1927年昭和2年)に西山梨郡朝井村現在の甲府市東下条町)の善福寺境内建てられた一斎の句碑「はなさいて冬になりしぞのはたけ」の染筆行った1929年昭和2年1月から11月には高室呉龍とともに関西方面旅行する1930年昭和5年4月には『雲母発行所境川村蛇笏宅に移転する1932年昭和7年処女句集山廬集さんろしゅう)』を出版する1940年昭和15年春には、『雲母俳人である小川とともに朝鮮半島から中国北部にかけてを縦断旅行し4月7日開催京城俳句大会など大陸各地俳句会や講演開いた1943年昭和18年1月には父の宇作が死去する2月刊行の第4句集白嶽』には朝鮮中国旅行や、1941年昭和16年6月死去した數馬の死の悲しみ詠んだ句が収められている。 戦時下には『雲母』は頁数を減らし1945年昭和20年4月号を最後に休刊した。

※この「帰郷から『雲母』創刊」の解説は、「飯田蛇笏」の解説の一部です。
「帰郷から『雲母』創刊」を含む「飯田蛇笏」の記事については、「飯田蛇笏」の概要を参照ください。

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