国籍別による宇宙飛行の年表
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/23 21:44 UTC 版)
国籍別による宇宙飛行の年表(英: Timeline of space travel by nationality)
ソビエト連邦によって初の有人宇宙飛行が成し遂げられてから、38カ国の国民が宇宙飛行を行った。このリストでは、それらの国にとって初の宇宙飛行ミッションとその日付を列挙した。38人中、女性は3人である。
なお、これら宇宙飛行士の国籍は打上げ時の国籍であり、日付は全て協定世界時(UTC)に依存する。
太字で国名が書かれているものは、自国の能力によって宇宙飛行を行った国である。
# | 国 | 名前 | 飛行 | 日付 (UTC) |
---|---|---|---|---|
1960年代 | ||||
1 | ![]() |
ユーリ・ガガーリン | ![]() |
1961年4月12日 |
2 | ![]() |
アラン・シェパード | ![]() |
1961年5月5日 |
1970年代 | ||||
3 | ![]() |
ウラジミル・レメック | ![]() |
1978年3月2日 |
4 | ![]() |
ミロスワフ・ヘルマシェフスキ | ![]() |
1978年6月27日 |
5 | ![]() |
ジークムント・イェーン | ![]() |
1978年8月26日 |
6 | ![]() |
ギオルギー・イワノフ | ![]() |
1979年4月10日 |
1980年代 | ||||
7 | ![]() |
ファルカシュ・ベルタラン | ![]() |
1980年5月26日 |
8 | ![]() |
ファム・トゥアン | ![]() |
1980年7月23日 |
9 | ![]() |
アルナルド・タマヨ・メンデス | ![]() |
1980年9月18日 |
10 | ![]() |
ジェクテルデミット・グラグチャ | ![]() |
1981年3月22日 |
11 | ![]() |
ドゥミトール・プルナリウ | ![]() |
1981年5月14日 |
12 | ![]() |
ジャン=ルー・クレティエン | ![]() |
1982年6月24日 |
13 | ![]() |
ウルフ・メルボルト | ![]() |
1983年11月28日 |
14 | ![]() |
ラケッシュ・シャルマ | ![]() |
1984年4月3日 |
15 | ![]() |
マーク・ガーノー | ![]() |
1984年10月5日 |
16 | ![]() |
スルタン・アウ=サウド | ![]() |
1985年6月17日 |
17 | ![]() |
ウッボ・オッケルス | ![]() |
1985年10月30日 |
18 | ![]() |
ロドルフ・ネリー・ヴェラ | ![]() |
1985年11月26日 |
19 | ![]() |
ムハンマド・ファーリス | ![]() |
1987年7月22日 |
20 | ![]() |
アブドゥルアフド・ムハンマド | ![]() |
1988年8月29日 |
1990年代 | ||||
21 | ![]() |
秋山豊寛[注釈 6][注釈 7] | ![]() |
1990年12月2日 |
22 | ![]() |
ヘレン・シャーマン[注釈 6] | ![]() |
1991年5月18日 |
23 | ![]() |
フランツ・フィーベック | ![]() |
1991年10月2日 |
24 | ![]() |
アレクサンドル・カレリ アレクサンドル・ヴィクトレンコ |
![]() |
1992年3月17日 |
25 | ![]() |
ディルク・フリム | ![]() |
1992年3月24日 |
26 | ![]() |
フランコ・マレルバ | ![]() |
1992年7月31日 |
27 | ![]() |
クロード・ニコリエ | ![]() |
1992年7月31日 |
28 | ![]() |
レオニド・カデニューク | ![]() |
1997年11月19日 |
29 | ![]() |
ペドロ・デュケ | ![]() |
1998年10月29日 |
30 | ![]() |
イヴァン・ベラ | ![]() |
1999年2月20日 |
2000年代 | ||||
31 | ![]() |
マーク・シャトルワース[注釈 6][注釈 8] | ![]() |
2002年4月25日 |
32 | ![]() |
イラン・ラモーン | ![]() |
2003年1月16日 |
33 | ![]() |
楊利偉 | ![]() |
2003年10月15日 |
34 | ![]() |
マルコス・ポンテス | ![]() |
2006年3月30日 |
35 | ![]() |
アニューシャ・アンサリ[注釈 6][注釈 11][1] | ![]() |
2006年9月18日 |
36 | ![]() |
クリステル・フォーグレサング | ![]() |
2006年12月10日 |
37 | ![]() |
シェイク・ムザファ・シュコア | ![]() |
2007年10月10日 |
38 | ![]() |
李素妍 | ![]() |
2008年4月8日 |
2010年代 | ||||
39 | ![]() |
アンドレアス・モーゲンセン | ![]() |
2015年9月2日 |
40 | ![]() |
アイディン・アイムベトフ | ||
41 | ![]() |
ハザ・アル・マンスーリ | ![]() |
2019年9月25日 |
2020年代 | ||||
42 | ![]() |
Chris Boshuizen[注釈 6][2] | ![]() |
2021年10月13日 |
43 | ![]() |
マリオ・フェレイラ[注釈 6] | ![]() |
2022年8月4日 |
44 | ![]() |
Sara Sabry[注釈 6] | ![]() |
2022年8月4日 |
45 | ![]() |
Keisha Schahaff[注釈 6] Anastatia Mayers[注釈 6] |
![]() |
2023年8月10日 |
46 | ![]() |
ナミラ・サリム[注釈 6] | ![]() |
2023年10月6日 |
47 | ![]() |
アルペル・ゲゼラヴチ | ![]() |
2024年1月18日 |
48 | ![]() |
マーカス・ヴァント | ![]() |
2024年1月18日 |
49 | ![]() |
マリーナ・ヴァシレフスカヤ | ![]() |
2024年3月23日 |
脚注
- ^ a b c d ソ連の憲法によれば、初の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンはソ連とロシア・ソビエト連邦社会主義共和国両方を市民権を保有していた。1991年、ソ連はアルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、エストニア、グルジア、カザフスタン、キルギス、ラトビア、リトアニア、モルドバ、ロシア、タジキスタン、トルクメニスタン、ウクライナ、ウズベキスタンに解体された。解体当時、セルゲイ・クリカレフとアレクサンドル・ヴォルコフはミール宇宙ステーションにソ連の市民として周回軌道上にいた。彼らはロシア市民として地球に帰還している
- ^ 国際航空連盟(FAI)のルールによると、ボストークミッションは真の宇宙飛行ではないという。搭乗者のガガーリンは宇宙船から出てパラシュートによって着陸したからである。FAIのルールを満たしたソ連初の宇宙飛行ミッションはボスホート1号である(参考文献: “FAI Astronautic Records Commission - Sporting Code Section 8” (PDF). Fédération Aéronautique Internationale. 2006年5月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2006年4月9日閲覧。)しかしこのような議論に関わらず、 FAIはユーリイ・ガガーリンが世界初の宇宙飛行者であることを認めている(参考文献: “FAI Award: The Yuri A. Gagarin Gold Medal”. Fédération Aéronautique Internationale. 2007年10月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年10月10日閲覧。)
- ^ シェパードの宇宙飛行は弾道飛行だった。軌道に投入された初のアメリカ人は1962年2月20日のジョン・グレンである
- ^ a b 1993年、チェコスロバキアはチェコとスロバキアに解体した。
- ^ a b 1978年、イェーン自身と東ドイツの関係各省が「東ドイツ市民初」ではなく、「ドイツ人初」と公言した。1990年、東ドイツは西ドイツと合併しドイツとなり、ウルフ・メルボルトはドイツ統一後の1992年1月22日に宇宙飛行を行った(彼自身は2度目)。しかし、今日の統一ドイツにおいてもイェーンのフライトがドイツ人初だと考えられている
- ^ a b c d e f g h i j 商業的な非政府系の宇宙旅行者。秋山、シャーマンを除き観光客(スペースツーリスト)である。
- ^ 国家機関の宇宙飛行士ではなく、民間人(ジャーナリスト)として宇宙へ行った。宇宙機関(NASDA)の宇宙飛行士として宇宙へ行った初の日本人は1992年の毛利衛である。
- ^ 民間人宇宙旅行者で初めて宇宙へ行ったアフリカ人。イギリスとの二重市民権を持っている
- ^ ラモーンは宇宙へ行った初のイスラエル人であるが、大気圏再突入時に死亡した。これはFAIルールの下では完全な宇宙飛行ではない。
- ^ イランの法律によればアンサリはイラン国民と認識されるが、彼女はアメリカ国民でもあり、アメリカとロシアは彼女にイラン的なシンボルの着用を禁止した。
- ^ 初の女性民間宇宙旅行者
- ^ a b c d e 周回軌道に乗らない弾道飛行である。
備考
上記のリストは打上げ時におけるその人物の国籍によって記載されている。これと異なる基準によっては以下の人物が含まれる場合がある。
- パーヴェル・ポポーヴィチ(初飛行:1962年8月12日)は宇宙にいった初のウクライナ生まれの人物。当時ウクライナはソ連の一部だった。
- マイケル・コリンズ(初飛行:1966年7月18日)はイタリア生まれでアメリカの両親を持つ。飛行時はアメリカ市民だった。
- ウィリアム・アンダース(初飛行:1968年12月21日)はアメリカ国民で、宇宙に行った初の香港生まれの人物。
- ウラジーミル・シャタロフ(初飛行:1969年1月14日)は宇宙に行った初のカザフスタン生まれの人物。当時カザフスタンはソ連の一部だった。
- Bill Pogue(初飛行:1973年11月16日)は宇宙に行った初のインディアンと主張している。John Herringtonも参照。
- ピョートル・クリムク(初飛行:1973年12月18日)は宇宙に行った初のベラルーシ生まれの人物。当時ベラルーシはソ連の一部だった。
- ウラジーミル・ジャニベコフ(初飛行:1978年3月16日)は宇宙に行った初のウズベキスタン生まれの人物。当時ウズベキスタンはソ連の一部だった。
- Paul D. Scully-Power(初飛行:1984年10月5日)はオーストラリア生まれだが、宇宙飛行時はアメリカ国民だった。
- エリソン・オニヅカ(初飛行:1985年1月24日)はアメリカで生まれたが、日系アメリカ人3世である。
- Taylor Gun-Jin Wang(初飛行:1985年4月29日)は中国生まれで、中国人の両親を持つが、宇宙飛行時はアメリカ国民だった。
- Lodewijk van den Berg(初飛行:1985年4月29日)はオランダ生まれだが、宇宙飛行時はアメリカ国民だった。
- Patrick Baudry(初飛行:1985年6月17日)はフランス領Cameroun(現在はカメルーンの一部)で生まれたが、宇宙飛行時はフランス国民だった。
- シャノン・ルシッド(初飛行:1985年6月17日)は中国生まれで、ヨーロッパ系アメリカ人の両親を持つが、宇宙飛行時はアメリカ国民だった。
- フランクリン・チャン=ディアス(初飛行:1986年1月12日)はコスタリカ生まれだが、宇宙飛行時はアメリカ国民だった。
- ムサ・マナロフ(初飛行:1987年12月21日)は宇宙に行った初のアゼルバイジャン生まれの人物。当時アゼルバイジャンはソ連の一部だった。
- アナトリー・ソロフィエフ(初飛行:1988年6月7日)は宇宙に行った初のラトビア生まれの人物。当時ラトビアはソ連の一部だった。
- トクタル・アウバキロフ(初飛行:1991年10月2日)は宇宙に行った初のカザフ民族。
- James H. Newman(初飛行:1993年9月12日)はアメリカ国民で、太平洋諸島信託統治領(現ミクロネシア連邦)で生まれた。
- Frederick W. Leslie(初飛行:1995年10月20日)はアメリカ国民で、パナマ運河地帯(現パナマ)で生まれた。
- アンディ・トーマス(初飛行:1996年5月19日)はオーストラリア生まれだが、宇宙飛行時はアメリカ市民だった。
- Carlos I. Noriega(初飛行:1997年5月15日)はペルー生まれだが、宇宙飛行時はアメリカ市民だった。
- Bjarni Tryggvason(初飛行:1997年8月7日)はアイスランド生まれだが、宇宙飛行時はカナダ国民だった。
- Salizhan Sharipov(初飛行:1998年1月22日)はキルギス(当時キルギス・ソビエト社会主義共和国)生まれだが、宇宙飛行時はロシア国民だった。Sharipovはウズベクの家系に生まれた。
- Philippe Perrin(初飛行:2002年6月5日)はモロッコ生まれだが、宇宙飛行時はフランス国民だった。
- John Herrington(初飛行:2002年11月24日)はアメリカ国民で、初の部族公認(tribal registered)のインディアン(チカソー)である。上記のBill Pogueも参照。
- フョードル・ユールチキン(初飛行:2002年10月7日)はグルジア(当時グルジア・ソビエト社会主義共和国)で生まれたが、宇宙飛行時はロシア市民だった。ポントス人の子孫。
- Joseph M. Acaba(初飛行:2009年3月15日)はアメリカで生まれたが、プエルトリコ系の両親を持つ。
参考文献
- ^ "Lift-off for woman space tourist (http://news.bbc.co.uk/2/hi/science/nature/5355022.stm)". BBC News 2006-9-18. Retrieved October 28, 2009.
- ^ “'It's not tourism for me': Meet Australia's next space traveller” 20 June 2022閲覧。
関連項目
外部リンク
- Current Space Demographics, compiled by William Harwood, CBS News Space Consultant, and Rob Navias, NASA.
- 国籍別による宇宙飛行の年表のページへのリンク