厳しい条件との格闘の中での開発
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/08 03:51 UTC 版)
「ミネルバ (ローバー)」の記事における「厳しい条件との格闘の中での開発」の解説
開発を進めていく中でまず大きな課題となったのが2次電源であった。ローバーを動かす電力は太陽電池によってまかなわれるが、ホップして移動する際やカメラによる写真撮影時には太陽電池で供給される電力だけでは不十分となるため、2次電源によるバックアップが必要となった。このような場合、一般的には化学反応を利用した2次電池を用いることになる。しかしミネルバの場合、2次電池の利用が困難であった。化学反応を利用する2次電池はさまざまな種類があるが、それぞれ利用可能な温度範囲が狭い。小惑星表面では日の当たる昼間は100度以上となり、一方夜にはマイナス100度以下となる。ミネルバは小惑星上で60時間活動することを目標としていたが、60時間使用可能な2次電池は見つからなかった。 そこで目をつけたのが電気二重層コンデンサであった。1998年、ミネルバの開発を担当していた日産自動車宇宙航空事業部の技術者は、電源やモーターの総合展示会場でエルナーの担当者に声をかけ、ミネルバの2次電源として電気二重層コンデンサが使えないかと打診した。当時、電気二重層コンデンサの開発が本格化してきており、エルナーは利用範囲の拡大につながる宇宙空間への挑戦に積極的であった。結局、開発成果をエルナー側が利用可能とする条件付きで、ミネルバに搭載される電気二重層コンデンサの開発費用をミネルバ側とエルナーが折半することになり、開発費用の軽減も達成できた。 結局、小惑星上の低温時には劣化しないが、130度以上の高温時には少しずつ劣化する電気二重層コンデンサが開発され、ミネルバに搭載されることになった。事前の解析では小惑星(イトカワ)上の三昼夜を経過すると使用できなくなると推定された。電気二重層コンデンサは総合効率では2次電池に劣るものの動作温度が広く、また充放電回路が簡単となるため小型化に有利であるというメリットがあり、ミネルバが世界で初めて宇宙空間で利用することになった。 小惑星上をホップしながら移動するミネルバの心臓部ともいえる小型モーターも悩みの種であった。既製の宇宙用のモーターは大きさやコスト面からミネルバに使用できなかった。そこで地上用の民生品を利用する方針となり、複数のメーカーにミネルバ搭載のモーター製作を打診してみたが良い返事は得られなかった。結局スイスの精密機械メーカーのマクソンモーター(en)が協力をすることになった。しかしマクソンモーターはNASAの火星探査機マーズ・パスファインダーに搭載されたローバー、ソジャーナ用のモーターを提供したことがあったが、ソジャーナで要求された温度条件よりもミネルバのそれは高温での動作を要求される厳しいものであった。結局小惑星上で60時間動作するという耐久試験にマクソンモーターのモーターは合格し、ミネルバに使用されることが決まった。 ミネルバには小惑星表面を撮像するカメラの搭載を行う予定であった。まずミネルバにも探査機MUSES-C本体が搭載するカメラを利用しようと考えたが、コスト高である上に、カメラ自体もミネルバと同じくらいの重量があるため断念せざるを得なかった。そこで技術者たちは様々なカメラを調べていったが、ミネルバに搭載可能である重量10グラム以下、取り付け高さ15ミリというカメラはなかなか見つからなかった。しかし1998年になってソニーのノートパソコン、VAIOシリーズのPCG-C1に目をつけた。PCG-C1には回転式のCCDカメラが内蔵されており、このカメラならばミネルバに搭載できそうであった。話を持ちかけられたソニー側は協力を了承したが、ミネルバに搭載されたカメラが宇宙空間で不具合を起こしても対応できないことと、カメラ本体の詳細な技術情報の開示は行わないことが条件となった。 ソニーのノートパソコン用カメラの利用が決まった後も、カメラの難題は続いた。最大の問題はソニー製のカメラのインタフェースが独自のものであり、ミネルバのマイコンに接続するための変換回路が必要となったことであった。結局1999年末に、ソニーが新たに開発を行ったUSBをインタフェースとするノートパソコン用の外付けカメラ、PCGA-VC1をミネルバ用カメラとして採用することが決定した。またPCGA-VC1にはカメラモジュール用のドライバがWindows向けしかなく、この後、ミネルバ用のμITRONドライバの開発を行うなど、ミネルバ搭載のカメラ開発を進めていった。しかし試験を進めるうちに低温環境でのカメラ動作に不具合が生じるなど様々な問題が起きた。ミネルバ開発陣はソニーからPCGA-VC1の供給を受けていたが、2000年12月には数が足りなくなってしまったため開発陣はPCGA-VC1を購入したところ、内部のLSIが変更されていてせっかく開発したミネルバ用のμITRONドライバが動かない事態が生じた。ソニー側に確認したところ、すでに以前のタイプの在庫はないとのことで、新たなドライバを開発する時間的な余裕もないため、あわてて中古品を秋葉原でかき集めざるを得ないことになった。民生用の部品は宇宙用部品と比べて製品開発のサイクルがはるかに短いために起こった出来事であった。 オプション扱いの低予算での開発が宿命づけられていたミネルバ開発陣は、小型モーター、カメラ以外にも積極的に宇宙用ではない民生品を利用した。もちろん実際に宇宙で使用できるかどうかについて放射線耐性などの試験を行い、合格したものを使用することにしたが、民生品の合格率は当初の予想よりも遥かに高かった。しかしどうしても宇宙用の部品を使用せねばならないものもあった。太陽電池は宇宙用の部品を使用したものの一つであった。わずか十数センチ立方以内というミネルバ表面に貼ることができる太陽電池の面積を考えると、小惑星探査に必要な電力をまかなうために高い変換効率を持つ太陽電池が必要とされたうえに、宇宙空間での劣化に耐えうるものにしなければならないというのが理由であった。しかし宇宙用の高性能太陽電池は極めて高価であり、見積もりで1000万円を越える金額を提示された。これでは太陽電池に開発費用を食われてしまい他の部分の開発ができなくなってしまう。そこで開発陣は、正規の太陽電池製品ではなく、製品製造の際に出るテストピースと呼ばれる切れ端の利用を思いついた。テストピースは性能は正規品と変わらないため、もし使うことができれば価格の低下が期待できた。目論見どおり、テストピースを使った見積もりは正規品の半分から三分の一になった。しかしここで難題が発生した。ミネルバは当初正八角柱の形状を予定していたが、製品の製造過程で出る切れ端であるテストピースは、正規品よりも小さいために正八角柱の表面に効率的に貼ることができなかった。やむをえず2000年夏には、ミネルバは正八角柱からテストピースの太陽電池を効率的に貼り付けられる正十六角柱に変更されることになったが、すでに設計が進み、各種試験も行われていたミネルバの設計、試験を一からやり直さねばならないことになった。
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