マリー・ド・メディシスとは? わかりやすく解説

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マリー・ド・メディシス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 08:04 UTC 版)

マリー・ド・メディシスの生涯」の記事における「マリー・ド・メディシス」の解説

マリー・ド・メディシスは、1600年10月5日フランス王アンリ4世二番目王妃となったマリーの父はトスカーナ大公フランチェスコ1世である。アンリ4世マリー結婚した理由として、マリー叔父にあたるフェルディナンド1世が、当時トスカーナ大公として大きな権力財産握っていたことも関係している。アンリ4世1610年死去しフランス王位を継いだのはマリーとの間に生まれたわずか8歳ルイ13世で、マリーは幼いルイ13世摂政役割を果たすようになっていった。しかしながらルイ13世1614年13歳になっても、マリー摂政としてフランス実権手放すことはなかった。そして1617年当時15歳だったルイ13世自身フランス治めることを決意しマリーブロワ城へと追放する至ったその後4年わたってマリールイ13世和解しようとはしなかったが、1621年マリーパリ帰還許された。パリ戻ったマリー建築リュクサンブール宮殿装飾熱中するようになり、ルーベンスマリーから膨大な美術品制作請け負うようになっていく。この頃ルーベンスマントヴァ公ヴィンチェンツォ1世・ゴンザーガ宮廷画家務めていた。マリールーベンス初め面識持ったのは、1600年フィレンツェ行われたマリーアンリ4世代理結婚式の場だった。1621年マリールーベンスに、リュクサンブール宮殿装飾用として、マリーアンリ4世描いた2点大きな肖像画制作依頼した。この2点が、マリー生涯寓意満ちた21点連作絵画として描き上げた最初作品だった。21点絵画完成したのは1624年終わりで、1625年5月1日行われたマリーの娘アンリエット・マリーイングランド王チャールズ1世との代理結婚式で、装飾として使用されている。マリーの夫アンリ4世生涯を描く連作結局未完終わり習作下絵が数点現存しているだけである(後述)。これは、マリー1631年ルイ13世フランスからの永久追放処分受けたことにも一因がある。マリーブリュッセル亡命しその後、かつてルーベンス一家15年以上住んでいた邸宅1642年死去した『マリー・ド・メディシスの生涯』ルーベンスにとって最初大規模な絵画制作依頼であったが、マリー生涯21点もの絵画として描き出すのは、ルーベンスにとっても極めて困難な作業だった。それまでマリー生涯絵画の題材なりそうなのは、フランス王アンリ4世との結婚2人の間に6人の子供をもうけた(うち1人幼少死去)ことぐらいだったからである。当時女性称賛するような美術品制作されることはあまりなかったが、ルーベンスは「異性が持つ美徳」に深い敬意抱いていた芸術家であり、オーストリア大公イサベル・クララ・エウヘニア肖像画などに、この傾向顕著に見られるとはいえマリー生涯は夫のアンリ4世のそれとは違って華やかな勝利満ちたものでも、強敵争った経験があるわけでもなかった。それどころか、マリー政治的不祥事多く引き起こしており、これらの出来事そのまま描き出すことは、ルーベンスにとって物議を醸しだし、他の宮廷たちから非難されるおそれすらあった。このような事態避けるために、ルーベンス自身が持つ豊富な古典文学知識伝統的な絵画表現技法用いることにした。マリー生涯における日常的風景取り上げ、それらを美化し作品繊細な筆致描いたのである16世紀から17世紀にかけて、キリスト教世界描いた美術作品取り入れられ寓意は、教養ある芸術家や一市民にとって馴染みあるもので、作品芸術性高めるために多用されていた。たとえば、ルーベンスマリー母親ジョヴァンナを、ギリシア神話神々囲まれている神格化され女性として描いた。これらギリシア神話神々は、マリー際立たせるために意図的に不明瞭に表現描かれている。『マリー・ド・メディシスの生涯』は他の芸術家たちにも影響与えたロココ期のフランス人画家アントワーヌ・ヴァトー1684年 - 1721年)やフランソワ・ブーシェ1703年 - 1770年)は、この連作模写描いたことがある

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