ポップカルチャーとしての『レント』
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「レント (ミュージカル)」の記事における「ポップカルチャーとしての『レント』」の解説
『レント』が上演されていたブロードウェイ西41丁目通りのネダーランダー劇場では、1階席と2階席の前方が110ドル(約1万2100円)前後、2階席後方でも55ドル前後の値段だったが(2008年9月の終演時の価格、当時の平均的為替レート1米ドル=110円で計算)、最前列の2列は特別に20ドル(約2200円)の当日券に設定されていた。これは生前「お金に余裕がない学生やブロードウェイにあまり縁がない若い人たちにも楽しんでもらいたい」とこの割引チケット案を提唱していたジョナサン・ラーソンの意志を継いだものである。開幕当初はこの最前列特別当日券を目当てにした徹夜組や連泊組の若者で、ネダーランダー劇場の周辺はキャンプ場さながらの様相を呈していた。この若者たちが「レントヘッド」の元祖である。後に警備上の問題からこの「先着順」は「抽選制」に代わったが、この伝統は現在でもツアー公演が行われる全米各都市の劇場や、各国版が上演される外国都市の劇場でも基本的に踏襲されている。チャリティー価格2000ドル(約22万円)という高額チケットで話題となった十周年記念公演でも、最前列の二列はやはり20ドルの当日券で、その徹底ぶりが評判となった。 エンジェルが歌う“Today 4 U”では、金持ちの夫人から頼まれて近所のうるさい犬を「黙らせて」金を稼いだことが得意げに語られる。これは『ラ・ボエーム』でショナールが英国紳士から頼まれてうるさいカナリアを殺して金を稼ぐ話を下敷きにしているのだが、このカナリアが『レント』では「秋田犬のエビータ(Akita-Evita)」になっている。これには1980年代中頃から90年代はじめのニューヨークの世相が反映されている。当時ブロードウェイは低迷期にあり、国産の新作ミュージカルの多くは伸び悩んでいた。そんな中、ロンドン発の『キャッツ』、『スターライト・エクスプレス』、『オペラ座の怪人』、『サンセット大通り』などは好調で、これらを書いたアンドルー・ロイド・ウェバーの一人勝ち状態にあった。そのウェバーの地位を不動のものにした作品が『エビータ』である。つまり「近所のうるさいエビータ」には「どこからも聞こえくるロイド・ウェバーのメロディー」を素直に喜べなかった当時のニューヨークの舞台関係者たちの本音が表されている。このEvitaに韻を踏ませたのがAkitaであるが、当時アメリカでは飼い主に忠実で信頼できる高級番犬として秋田犬が注目を集めており、ニューヨークの金持ちの間では一種のブームとなっていた。ラーソンはこの二つを巧みに組み合わせたのである。 この“Today 4 U”にはジョナサン・ラーソンの時代考証ミスが含まれている。歌詞の中で「…誇りに満ちたエビータは、まるで悲壮に浸ったテルマとルイーズのように、23階の窓の縁から真っ逆さまに飛び降りた… (After an hour, Evita, in all her glory, On the window ledge of that 23rd story, Like Thelma and Louise did when they got the blues, Swan dove into the courtyard of the Gracie Mews.)」というのがそれで、このテルマとルイーズというのは映画『テルマ&ルイーズ(Thelma & Louise)』のラストシーンへの言及である。この映画が公開されたのは1991年だったが、1991年の時点でボヘミアンイーストヴィレッジはすでに終焉をむかえており(次項参照)、『レント』のようなストーリが展開することはほぼ不可能な状況だった。ラーソンもあとになってこのエラーに気がつき、『レント』は「12月24日からちょうど1年間」のイーストヴィレッジに繰り広げられるという、年代を曖昧な表現にした。しかし映画化にあたってクリス・コロンバス監督は時代設定の必要性から、あえて脚本を「1989年の12月24日からちょうど一年間」と改めている。 警官隊によるモーリーンのパーフォーマンス騒動の鎮圧と、その一部始終をマークが撮影してこれが彼の成功のきっかけになるというエピソードも、実際に起ったある事件を下敷きにしている。1988年8月6日深夜から7日未明にかけて、イーストヴィレッジは「トンプキンズスクエア暴動」という嵐に見舞われた。これは、イーストヴィレッジの中心に位置するトンプキンズスクエアパークに居座っていたホームレスたちを警官隊が追い出そうとしたところ、「これに反発した地元ボヘミアンたちが暴徒化して衝突」、重軽傷者44人を出すという流血の惨事になった事件である。ところがその一部始終をビデオに撮っていた近隣の住民がいて、これをテレビ局に持ち込んだことから大騒動になった。そこに記録されていたのは暴徒化したボヘミアンの姿などではなく、群衆に過剰反応して無抵抗な市民を警棒でめった打ちにしはじめた警官隊の姿だったのである。この事件後「ボヘミアンイーストヴィレッジ」は急速にその終焉に向うことになる。 モーリーンが披露する“Fly over the Moon”というマルチメディア パフォーマンス アートは、一般に過剰演技だと思われがちだが、実際には当時のニューヨークのアングラアートシーンを知る者を思わずニヤリとさせるほどリアリティーに溢れるパフォーマンスとなっている。なおミュージカル映画では、先に録音しておいた歌に合せて撮影時に役者が口パクで演技をするのが通常だが、この“Fly over the Moon”に限っては実際に撮影中にライブ録音された音声がそのまま映画で使われている。イディナ・メンゼルは“完璧なパフォーマンス”を披露するために、撮影ではこの長丁場のシーンを実に7回も繰り返している。 劇中では敵役を演じるテイ・ディグス(ベニー)とイディナ・メンゼル(モーリーン)は、『レント』 での共演が縁で交際を始め、大恋愛の末2003年に結婚、おしどり夫婦としてニューヨークでは有名なセレブカップルだったが、2013年に離婚している。 第一幕の切れ(映画では前半の終わり)でキャスト全員が “La Vie Boheme” を歌うシーンの舞台になったライフ・カフェ (Life Cafe) は、イーストヴィレッジの東10丁目通りとアヴェニューBの角に実在するレストランである。オフブロードウエイ版が製作上演されたニューヨーク・シアター・ワークショップからほど近く、ラーソン本人をはじめスタッフや俳優たちが仕事開けに毎晩のように通った行きつけの場所だったことから、ラーソンはこれに敬意を表して劇中にそのままの名で登場させた。映画版ではこの実在のライフ・カフェの外観をロケ撮影。内部のシーンはセットで撮影したが、実物よりも格段と広いことを除けば、その内観は1996年当時のライフ・カフェとほぼ変わらないものとなっている。 なお: 日本のプログラムや種々の解説書では、“Joanne”をフランス語読みで「ジョアンヌ」と表記しているが、実際の英語の発音も、原作の発音も、すべて「ジョアン」の方が発音としては近い。 日本のプログラムや種々の解説書では、エンジェル役を演じたWilson Jermaine Herediaのミドルネーム“Jermaine”を、「ジェレマイン」と表記しているが、実際の発音は「ジャーメイン」が近い。
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