ベネラ1号
分類:月・惑星探査
名称:ベネラ1〜16号(Venera1-16)
小分類:金星探査
開発機関・会社:ソ連
運用機関・会社:ソ連
打ち上げ年月日:ベネラ1号:1961年2月12日/ベネラ2号:1965年11月12日/ベネラ3号:1965年11月16日/ベネラ4号:1967年6月12日/ベネラ5号:1969年1月5日/ベネラ6号:1969年1月10日/ベネラ7号:1970年8月17日/ベネラ8号:1972年3月27日/ベネラ9号:1975年6月8日/ベネラ10号:1975年6月14日/ベネラ11号:1978年9月9日/ベネラ12号:1978年9月14日/ベネラ13号:1981年10月30日/ベネラ14号:1981年11月4日/ベネラ15号:1983年6月2日/ベネラ16号:1983年6月7日
運用停止年月日:ベネラ1号・飛行中/ベネラ2号:飛行中/ベネラ3号:1966年3月1日/ベネラ4号:1967年10月18日/ベネラ5号:1969年5月16日/ベネラ6号:1969年5月17日/ベネラ7号:1970年12月15日/ベネラ8号:1972年7月22日/ベネラ9号:飛行中/ベネラ10号:飛行中/ベネラ11号:1978年12月25日/ベネラ12号:1978年12月21日/ベネラ13号:1982年3月1日/ベネラ14号:1982年3月5日/ベネラ15号:飛行中/ベネラ16号:飛行中
打ち上げ国名:ソ連
打ち上げロケット:ベネラ1〜8号:ソユーズA-2-e、金星9号〜16号:プロトンD-1-e
打ち上げ場所:バイコヌール空軍基地(チュラタム射場)
ベネラ(ロシア語で金星)は、ソ連が金星に送った探査機のシリーズの名前です。ベネラ1号は途中で通信が途切れて失敗しました。次に打ち上げられたベネラ2号は金星の近くを通過、ベネラ3号は金星に命中しましたが、どちらもその前に故障して、データをまったく送ってきませんでした。ベネラ4号は、直径1m、質量383kgの球形のカプセルを金星表面に送り込むのに成功しましたが、金星の大気の温度と圧力が予想以上に高かったために、カプセルは地表に着く前に機能を失いました。ベネラ5号、6号のカプセルも同じ運命をたどり、ベネラ7号で改良されたカプセルがようやく着陸後にデータを送ってきました。金星の表面は気温475度C、気圧90気圧の焦熱地獄でした。ベネラ8号は表面のもっと詳しいデータを送ってきました。ベネラ9号からのシリーズでは、重さ約700kgの着陸機(ランダー)を金星表面に降下させて、表面の写真を撮影して送信しました。ベネラ10号、11号、12号も同じミッションで、ベネラ13号、14号では初めて地表のカラー写真を送信、金星の岩石を分析して玄武岩質であることを教えました。ベネラ15号と16号は金星の衛星軌道から、レーダーで金星の地形を調べました。
1.どんな形をして、どんな性能を持っているの?
ベネラ9号のオービターは、円筒形に2枚の太陽電池板を備え、上部にランダーを収容した直径2.4mの球形の大気圏降下カプセルを搭載しています。打上げ時の重量は4,936kg(ランダー含め)、オービターのみの重量は3,376kgです。
ランダーは、直径1mの球形の本体の上に円盤状のエアブレーキと円筒形のアンテナ、環状の着陸脚を備えています。重量は660kgです。
2.どんな目的に使用されたの?
オービターは、金星周回軌道からの紫外線、赤外線による大気観測と磁場、放射線の観測です。
ランダーは、金星の表面の写真撮影と大気の組成分析、気温、気圧観測です。
3.宇宙でどんなことをし、今はどうなっているの?
ベネラ9号では、初めて金星表面の写真送信に成功しています。
4.打ち上げ・飛行の順序はどうなっているの?
ベネラ9号は、パーキング軌道から金星への太陽中心軌道へ。2回の軌道修正後、10月20日に大気圏降下カプセル切り離し。カプセルは10.7km/sで大気に突入して、高度約60kmでランダー分離。ランダーはパラシュートで減速して着陸しました。
オービターは減速して金星の衛星軌道に入り、観測をおこなうとともに、ランダーのデータを地球に中継しました。
ベネラ1号
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/29 04:17 UTC 版)
ベネラ1号 | |
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ベネラ1号
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所属 | ソビエト連邦 |
国際標識番号 | 1961-003A |
カタログ番号 | 00080 |
状態 | 運用終了 |
目的 | 金星フライバイ |
観測対象 | 金星 |
打上げ機 | モルニヤ |
打上げ日時 | 1961年2月12日 GMT 00:34:36 |
最接近日 | 1961年5月19日 |
物理的特長 | |
本体寸法 | 1.05 × 2.035 m |
質量 | 643.5 kg |
姿勢制御方式 | スピン制御(巡航) 三軸制御(軌道修正・観測) |

ベネラ1号(ロシア語: Венера-1、「金星1号」を意味する)は、1961年2月12日にソビエト連邦によって打上げられた宇宙探査機で、世界最初の金星探査機である。当時、西側諸国ではスプートニク8号と呼ばれていた。
構造
ベネラ1号は直径1.05 mの円柱形のボディにドームの頭部を有する、高さ2.035 m、重量643.5 kgの探査機であった。内部は1.2気圧の窒素ガスが充填され、温度を均一に保つためのファンが搭載されていた。ボディからは2つの太陽電池パネルが伸び、内部の銀亜鉛電池充電を行った。ボディ側面に取り付けられた直径2 m以上のワイヤーメッシュパラボラアンテナは金星からの通信に使用される予定であった。この他に2.4 mのアンテナブームとT字型アンテナも備えていた[1]。
搭載された観測機器は10種類に及ぶが、主なものは以下の通り。
この他に探査機には軌道修正用にKDU-414エンジンが搭載されていた。内部温度調整はモーターを備えた熱シャッターによって行われた。
経過
ベネラ1号打上げは2回のステップで行われた。最初のステップでは、R-7シリーズであるモルニヤロケットを用いて、探査機と4段目ロケットをスプートニク8号として地球から229 - 282 kmの待機軌道に乗せ、その軌道上から4段目ロケットを点火して金星へ向かう軌道に乗った。これは軌道上からの効率的な打上げの最初のデモンストレーションであった。またそれは、無重力下で動作する世界初の再点火可能なロケットエンジン11D33の最初の使用例であった。
地球から190万 km離れた地点において行われた3回のテレメトリー送信は無事成功し、地球地磁気境界面付近で集められた太陽風と宇宙線データが送信された。そしてこれによりルナ2号で発見された太陽風に伴うプラズマが深宇宙にまで及んでいることが確認された。しかし7日後に予定されていた観測データ送信は行われなかった。その後、1961年5月19日・20日にはベネラ1号は金星の10万 km以内に接近し、そして太陽周回軌道に入った。6月には英国ジョドレルバンク天文台電波望遠鏡の助けを借りてベネラ1号からの弱いシグナルが検出されたとの話もあるが詳細は不明である。ソビエトのエンジニア達はベネラ1号は太陽方向センサーが過熱したために故障したと考えていた。
ベネラ1号は宇宙船設計の重要なマイルストーンであった。最初の近代的宇宙探査機であり、それまでにない多くの先進性を備えていた。フライト中の大部分は姿勢を安定させるために機体にスピンを掛けていたが、それにも関わらず中間軌道修正を行えるように設計されており、その時にはスピンを解除して太陽と星(カノープス)測定によって機体向きを決定し、3軸安定モードへ入るようになっていた。そして金星到達後は今度は太陽と地球を用いて別の3軸安定モードへ入り、データをパラボラアンテナで中継するようになっていた。
参考文献
関連項目
固有名詞の分類
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