ハンブルク以前
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「ゲオルク・フィリップ・テレマン」の記事における「ハンブルク以前」の解説
テレマンは1681年、ドイツ東部マクデブルクの中流家庭に生まれ、ルター派 プロテスタントの洗礼を受けた。父ハインリヒ(1646-1685)は伝道師で、テレマンが4歳になる前に亡くなり、やはり先祖が牧師の家系であった母マリア(?-1710)に育てられた。テレマン家もバッハ家ほどではないが先祖に何人かの音楽家を出している。 マクデブルクの小学校ではヴァイオリン・リコーダー・ツィターなどを演奏して級友と音楽に親しんだ。10歳で同地のギムナジウムに出席するようになり、カントルからドイツの詩や文学について高いレベルの指導を受けるようになった。ラテン語・ギリシャ語の成績がよかったが、音楽については短期間で長足な進歩があったので歌唱指導を任せられた。その間カントルが作曲しているスコアを後ろから見るのが楽しく、なぜか興奮したと自叙伝に述べている。 やがてほとんど独学で楽譜の書き方を習得し、自分でも作曲を始めるようになり、12歳でオペラを作曲した。テレマンの母は息子が音楽の道へ進むことには反対であったが、テレマンは楽器を取り上げられたり音楽活動を禁じられたりしても隠れて作曲の勉強を続けた。 およそ13歳の頃、彼は母の方針により、音楽から引き離す目的でツェラーフェルト(ドイツ語版)に追いやられることになった。しかし、ここでは病気の教師に代わって作曲・指揮を行い、成功を収める。4年後、ヒルデスハイムに移ってギムナジウムで学んだ。ここでは校長が書いた劇のアリアを作曲して好評を得た。当時は1年生150人の生徒の中で3番の成績であったとテレマン本人は自慢している。在学中にヒルデスハイムからほど近いハノーファーとブラウンシュヴァイクにしばしば出かけ、劇音楽・教会音楽・イタリア音楽に触れた。 1701年(20歳)になったテレマンは、母の意向に従って大学に通うことに決め、ライプツィヒに向かった。途中立ち寄ったハレで、すでに有名になっていた若いヘンデルと知り合い、後年ヘンデルがイギリスへ移住してからも彼らは互いに手紙で交流を続ける間柄になった。ライプツィヒ大学では法学を学ぶと同時に、学内では学生と市民からなる楽団コレギウム・ムジクムを統率した。 1704年(23歳)、プロムニッツ伯爵の招きを受けて現ポーランド領ルブシュ県のゾーラウ(現ジャルイ)の宮廷楽長になると、伯爵が好むフランス風の作風を学ぶためにジャン・バティスト・リュリやアンドレ・カンプラの楽譜を研究して手法をマスターし、フランス風管弦楽組曲を2年間に200曲も作曲したことをテレマン本人は記録している。 この宮廷では1年間の半分をポーランド・シュレージェン地方のプレッセで過ごしたので、この地やクラカウでポーランド音楽を、きっすいの野趣たっぷりの姿で味わうことができた。「注意深い人なら、彼らの音楽を一週間聞いたら、たっぷり一生役立つぐらいたくさんのヒントをくみとることができるだろう」とテレマンは書いている。しかし、やがて大北方戦争の影響で職を辞さねばならなくなった。 1708年(27歳)、アイゼナハの宮廷に招かれて、 「宮廷秘書」 の肩書を与えられ、宮廷礼拝堂楽団を組織した。この時期、アイゼナハの出身でヴァイマルの宮廷オルガニストを務めていたバッハと知り合い、終生の親交を結ぶことになった。翌1709年、アマーリエ・ルイーゼ・ユリアーネと最初の結婚をしたが、1年あまりで娘を得たあと、すぐに妻を失っている。 1712年(31歳)に自由都市フランクフルト・アム・マイン市の音楽監督、2つの教会(Barfüßerkirche-現パウロ教会、カタリーナ教会)の 「教会楽長」 に続けて就任した。また、アイゼナハから 「不在楽長」 の任命を受け、教会と宮廷のために必要な作品を書き送ることになった。 1719年(38歳)、ポーランド王兼ザクセン選帝侯アウグストが神聖ローマ皇帝ヨーゼフ1世の娘マリア・ヨーゼファとドレスデンで結婚式を挙げ、延々と華麗な祝典が行われた。この時テレマンは同地を訪れ、ヴェネツィアから来ていたアントニオ・ロッティの2つのオペラ等を聞いたと書き記している。その歌手として特にロッティ夫人を初め6人の歌手の名を挙げていて、イタリア・オペラから大きな感銘を受けたことが伺われる。またこの時イタリアの名手フランチェスコ・マリア・ヴェラチーニのヴァイオリン演奏にも触れた。
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