サイバー犯罪条約_(2024年)とは? わかりやすく解説

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サイバー犯罪条約 (2024年)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/24 09:50 UTC 版)

国連サイバー犯罪条約(ハノイ条約)(こくれんサイバーはんざいじょうやく、United Nations Convention against Cybercrime。通称、新サイバー犯罪条約)は、2024年12月の国連総会で採択された、国際的なサイバー犯罪に対策することを掲げて発案された条約[1][2]ロシア中華人民共和国が主導[3]しており、さまざまな人権侵害が懸念されている[1][4][5]

歴史

元々、サイバー犯罪を取り締まる条約として2001年に採択されたサイバー犯罪条約が存在しているが、この条約について、ロシア西側諸国による不完全な条約であり、新たな条約の策定が必要であると主張していた[4]。そして2017年にロシアによって新しい条約が初めて提案された[1][6]。2021年5月26日に、2023年までに新サイバー犯罪条約の草案を取りまとめる決議案が国連総会で採択され[7]、2022年にウィーンで交渉が始まった[4][8]。当初の決議案はロシアと赤道ギニアが共同提出していた[7]

ロシアやグローバルサウスは条約を通じてインターネット上の活動に広範な制限を課すことに積極的であり、サイバー犯罪の被害が拡大している多くの途上国に技術協力するとして賛同を求める一方、欧米諸国は表現の自由への制限を危惧して慎重な姿勢を示し、交渉は難航していた[5]

2024年8月8日に交渉が終わり、同年12月24日に採択された[1][9]。8月8日の採決の直前には、ロシアやベネズエラなどの同調を背景にイランが人権保護規定などの7条項を削除する提案をしたが、否決された[10]。2025年10月25日にベトナムハノイで署名され、その後各国が国内手続として批准して締約国となっていき、40ヶ国目の締約国が生じてから90日後に発効する予定となっている[11]

外務省によると、日本はこの条約の締約の是非を関係省庁と検討中である[12]

内容

締約国に、不正アクセスなどのサイバー犯罪を取り締まる国内法を整備することを要請している。具体的には、国内法に基づき最低4年の懲役刑に処せられる犯罪と定義される「重大犯罪」について、電子証拠を収集し、外国当局と共有することを義務付けるものである[9]。また、発展途上国への技術支援についても定めている[2]

第14条

2024年5月25日、児童性的虐待について規定された本条約の第14条について、OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)は、『Human rights and the draft Cybercrime Convention(人権とサイバー犯罪条約草案)』と題する報告書を公表した[13]。 本報告書のP5では、「コンテンツ(第14条 2項)の犯罪化には、たとえば、架空の個人を描写した正当な芸術・文学表現や、子どもの性的虐待の事件に関するニュース報道または歴史的研究も含まれかねない。規定の厳密さを向上させ、または十分な例外を設けないかぎり、本条は、報道的・科学的・芸術的表現物の不当な検閲を可能にするおそれがある」と批判した[14][15]。 その上で第14条2項に「明らかに芸術的、教育的、または科学的性格を有し、18歳未満の者が関与していない資料は、第14条 1項から免除されるものとする」という、条項を追加するよう提言した[14][16]

2022年5月から開催された第2回アドホック委員会交渉会合では、オーストラリアが独自の『オンラインでの児童の性的虐待および搾取に関連する犯罪草案』を提出。 「児童虐待資料」という用語について、「子ども、または子どもを表現した人物が、性的な行為をしている、もしくは性的な行為をしている人物のそばにいるように見える、あるいはそのように示唆される内容を描写または記述したもの。性的目的による子どもの性的部分の表現。若しくは拷問、残虐、非人道的若しくは品位を傷つける取扱い、又は刑罰の犠牲者を描写し、又は記述する資料を含むもの」と定義することを要求した[17][18]

また、2023年2月の第4回アドホック委員会においては、中国がマンガやアニメといった架空のフィクションを明確に規制対象ととすべきと提案し、日本・米国・ノルウェーなどがこれに反対した[19]

2023年3月9日、第211回国会参議院内閣委員会にて、山田太郎参議院議員は、2022年11月に公表された新サイバー犯罪条約の統合交渉草案に、漫画やアニメ、小説や録音などの創作表現を児童ポルノとして処罰する内容が盛りまれているとし、日本の漫画、アニメ、ゲームが極めて危機的な状態に陥るのではないかと、質疑した。これに対し政府は、条約への議論に積極的に参加し、表現の自由や通信の秘密を含む人権や、基本的自由を不当に制限するような内容にならないよう、米国や欧州を始めとする諸国と協調して交渉に当たっていくと答弁した[20]

2023年4月3日、第211回国会参議院決算委員会にて、山田太郎参議院議員は、新サイバー犯罪条約による漫画やアニメへの規制で、表現の自由が失われ、日本の漫画、アニメ、ゲームが文化的にも産業的にも大きく後退せざるを得ない懸念があるとし、政府の交渉姿勢に対して質疑した。これに対し、岸田文雄内閣総理大臣や林芳正官房長官は、表現の自由等の人権や基本的自由の確保が不可欠であること。表現の自由や漫画やアニメ等の表現活動が不当に制限されることがないよう、条約交渉を進めていくと答弁した[21]

2024年6月7日、電子フロンティア財団は、新サイバー犯罪条約草案における、「第13条 オンラインでの児童性虐待素材」について、過度に広範で曖昧なコンテンツ関連犯罪も含まれていると指摘し、これらを条約草案から除外する必要があると主張した[22]

そして「児童性的虐待に該当する素材は『実写に限る』」という選択肢を残すかどうかの議論が行われた(いわゆる「14条 3項」)。第14条 3項は後述のとおり辛うじて残ったものの、本条約は草案のまま大きな変更なく採択された[14][23]

神奈川県弁護士会の堀新は、「小説も犯罪として禁止される危機が迫っている」と述べ、禁止に該当する可能性がある作品として村上春樹の『1Q84』、『海辺のカフカ』、大江健三郎の『セヴンティーン』を挙げた。堀は後述の第14条 3項を挙げ、この留保によって、フィクションや小説を条約の規制から除外することが必要だと述べた。第14条についてJCA-NET理事の小倉利丸は、「性的搾取などの取り締まりを口実にしたコンテンツの監視」であるとして懸念を表明した。憲法学者志田陽子は、「いきなり犯罪とされるリスクを負うのはあまりに一方的で、表現の自由や受け手のプライバシーを侵害する恐れがあり、過度に広範な規定の下では萎縮を招きかねない」と危惧を示した[24]

一方、条約正文Article14 2には規制対象の「児童の性的虐待又は児童の性的搾取に係る資料」の定義として「次のいずれかに該当する18歳未満の人物を描写、説明、または表現する視覚資料、書面または音声コンテンツ」と書かれており、Article14 3には実在の人物に限定することを要求できるとも書かれているが、架空の人物を含めると明記した文脈(以下に紹介する条約法に関するウィーン条約第31条によると正文、附属書、関係合意書等を指す言葉)はない。また、Article 63 2では紛争が当事国同士で解決できない場合は国際司法裁判所に付託できることとしている[25]。条約法(条約に関する国際法)である[26][27]条約法に関するウィーン条約第31条では「条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする」こととして、その「文脈」にない用語や意味の追加を禁じている。

第14条 3項

インドのアニメニュースサイト『Animehunch』は、この条約の第14条で規制対象とされる素材は、未成年者の性的行為を描写または記述したあらゆる素材を含むと広義に定義されていると述べ[独自研究?]、第14条3項の留保条項によって、アニメや漫画のような非実在のコンテンツを、サイバー犯罪の対象から除外できると指摘している[28]

日本の参議院議員山田太郎は批准にあたり、第14条を実在する人物の描写に限定する旨を定めた「留保規定」と呼ばれる第14条3項を活用することを求めている[29]。なお第14条3項は、草案確定の直前である2024年8月に、イランとコンゴ民主共和国が削除を求めて動議を起こし、賛成51対反対94、棄権10で否決された。賛成国と反対国、棄権国は次の通りである[30]

賛成

反対

棄権

反応

草案に先立ち、多数のテクノロジー企業を代表するサイバーセキュリティ・テック・アコードは、国連に対し、異議と勧告をまとめた書簡を提出し、その後、12の人権団体と共に公開書簡を発表し、「最終草案に盛り込まれた深刻かつ広範な懸念に対処するための大幅な変更がない限り、この条約を採択または批准しないよう各国政府に強く求める」と訴えた[31][32][33]

ヒューマン・ライツ・ウォッチはこの条約について、人権の保護が不十分であり、世界中のジャーナリストへの弾圧の手段となるとして各国に署名・批准しないように求めた[4]

電子フロンティア財団は、この条約の第24条が監視権限の濫用に繋がる恐れがあるとして問題視している[34]

デジタル権利団体アクセス・ナウは、この条約は「人権について口先だけで言っているが、実際の効果は欠如している」と述べた。また、「権威主義体制を勢いづかせており、国内外におけるデジタル弾圧を表面上の正当性で正当化している」と指摘した[35]

Cross‑Border Data Forum(CDBF)は、この条約の第5条(他国の主権的管轄区域内での捜査・捜索・データアクセスを制限する条項)が、「司法的主権」を強調し、他国領域内での管轄行為を明確に禁止しており、この「象徴的」な規定が、多国間協力を妨げる恐れがあると指摘している[36]

参考文献

  1. ^ a b c d Poireault, Kevin (2024年8月12日). “UN Adopts Controversial Cybercrime Treaty” (英語). Infosecurity Magazine. 2025年5月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年5月25日閲覧。
  2. ^ a b サイバー犯罪取り締まり強化へ 国連初の条約採択、協力促進”. 時事通信社 (2024年8月9日). 2025年6月27日閲覧。
  3. ^ Russia and China Are Trying to Set the U.N.’s Rules on Cybercrime”. Foreign Policy (2019年9月16日). 2025年7月13日閲覧。
  4. ^ a b c d 国連総会で「サイバー犯罪条約」採択へ…ロシアが主導、政府監視に懸念”. 読売新聞 (2024年8月10日). 2025年6月27日閲覧。
  5. ^ a b 国境越えたサイバー犯罪取り締まる 新国際条約草案 国連で合意”. 日本放送協会 (2024年8月9日). 2025年6月27日閲覧。
  6. ^ Barata, Joan (2024年9月4日). “New United Nations Cybercrime Convention Sets Unprecedented International Anti-Human Rights Standard | TechPolicy.Press” (英語). Tech Policy Press. 2025年5月25日閲覧。
  7. ^ a b 対サイバー犯罪で国際条約制定へ、国連総会で決議 言論封殺の懸念も”. フランス通信社 (2021年5月27日). 2025年6月28日閲覧。
  8. ^ 赤松健氏「派閥にも入らず、支持母体も持たない。献金も受けない。そこまでしなければ“表現の自由”は守れない」…規制には“エビデンスが必要”と持論も”. ABEMA (2022年8月18日). 2025年6月27日閲覧。
  9. ^ a b New UN Cybercrime Treaty Primed for Abuse”. Human Rights Watch (2024年12月30日). 2025年7月8日閲覧。
  10. ^ サイバー犯罪捜査へ国際協力 国連総会特別委が条約草案を採択、西側「主導権取り戻した」”. 産経新聞 (2024年8月9日). 2025年6月28日閲覧。
  11. ^ UN Cybercrime Convention - Article 65: Entry into force”. United Nations. 2025年6月30日閲覧。
  12. ^ 村上春樹の小説が「禁書」に? もし日本が「国連サイバー犯罪条約」参加したら…慎重な検討が必要なワケ”. 東京新聞 (2025年7月8日). 2025年7月12日閲覧。
  13. ^ [1]("Human rights and the draft Cybercrime Convention" 2024年5月25日)
  14. ^ a b c “[国連サイバー犯罪条約草案について合意が成立 https://note.com/childrights/n/nd064ad73ec83#02ba9640-8d6b-46eb-80c1-167a597c9cc0]”. 平野裕二. 2025年7月13日閲覧。
  15. ^ Ad Hoc Committee to Elaborate a Comprehensive International Convention on Countering the Use of Information and Communications Technologies for Criminal Purposes / Reconvened concluding session”. OHCHR. 2025年7月13日閲覧。 “Article 14 raises further complex questions regarding the type and scope of content considered to be “child sexual abuse or child sexual exploitation material” and the conduct sought to be criminalized. In particular, the criminalization of content that “represents” a child (article 14(2)) could encompass, for instance, legitimate expressions of art and literature depicting fictitious individuals, as well as news reporting or historic research about instances of child sexual abuse. Without enhancing the precision of the provision or establishing adequate exceptions, this article risks enabling improper censorship of journalistic, scientific and artistic material.”
  16. ^ Ad Hoc Committee to Elaborate a Comprehensive International Convention on Countering the Use of Information and Communications Technologies for Criminal Purposes / Reconvened concluding session”. OHCHR. 2025年7月24日閲覧。 “To clarify the type and scope of content considered to be ‘child sexual abuse material’, OHCHR recommends an explicit exception for artistic, educational and scientific material as a new article following article 14(2):Material of manifestly artistic,educational, or scientific character and without the involvement of persons under the age of 18 years shall be exempted from art 14(1)”
  17. ^ "OFFICIAL Australian Proposal to the Ad Hoc Committee to Elaborate a Comprehensive International Convention on Countering the Use of Information and Communications Technologies for Criminal Purposes:Criminalisation of Online Child Abuse Offences"
  18. ^ 『さまざまな国からも表現規制案が? どうなる新サイバー犯罪 条約の行方! 2022年6月8日版 山田太郎事務所』(2025年7月23日アクセス)
  19. ^ Consolidated negotiating document on the general provisions and the provisions on criminalization and on procedural measures and law enforcement of a comprehensive international convention on countering the use of information and communications technologies for criminal purposes”. United Nations (2023年2月21日). 2025年7月16日閲覧。 “(c bis) Cartoon, comics, manga or animations of child engaged in real or simulated sexually explicit conduct: CN] [against – CARICOM, NO, JP, CO, US]”
  20. ^ 第211回国会 参議院 内閣委員会 第3号 令和5年3月9日
  21. ^ 第211回国会 参議院 決算委員会 第2号 令和5年4月3日
  22. ^ The UN Cybercrime Draft Convention Remains Too Flawed to Adopt”. Electronic Frontier Foundation (2024年6月7日). 2025年7月23日閲覧。
  23. ^ Confusion & Contradiction in the UN ‘Cybercrime’ Convention”. Lawfare (2024年12月9日). 2025年7月13日閲覧。
  24. ^ https://www.tokyo-np.co.jp/article/418861 『村上春樹の小説が「禁書」に? もし日本が「国連サイバー犯罪条約」参加したら…慎重な検討が必要なワケ 』(2025年7月8日 東京新聞)
  25. ^ 新サイバー犯罪条約英語正文
  26. ^ わが外交の近況第4章第7節(外務省)
  27. ^ 国際法外交雑誌第119巻第2号p.137
  28. ^ UN’s Cybersecurity Draft Excludes Anime & Manga From Censorship Of Content Involving Children” (英語). Animehunch (2024年8月19日). 2025年7月13日閲覧。[出典無効]
  29. ^ そもそも「表現の自由」って何なのか?マンガやアニメにとんでもない規制をかけようとする新サイバー犯罪条約・14条とは?”. ダイヤモンド社 (2025年6月5日). 2025年6月27日閲覧。
  30. ^ (英語) (pdf) A/78/986 - General Assembly. the United Nations. (2024). pp. 6-7. https://docs.un.org/en/A/78/986 2025年7月4日閲覧。. 
  31. ^ Ravaioli, Edoardo (2024年7月29日). “Tech Accord urges changes in flawed final draft of UN Cybercrime Convention, to safeguard security, tech workers, and uphold data and human rights” (英語). Cybersecurity Tech Accord. 2025年5月25日閲覧。
  32. ^ Open Letter from Civil Society and Industry Stakeholders on the Final Draft of the Convention on Cybercrime”. Cyber Tech Accord (2024年8月8日). 2025年6月29日閲覧。
  33. ^ UN committee approves first cybercrime treaty despite opposition” (英語). euronews (2024年8月9日). 2024年8月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年6月29日閲覧。
  34. ^ 国連「サイバー犯罪条約」に猛反発の声、「監視権限の乱用を許す」”. フォーブス (2024年6月19日). 2025年6月27日閲覧。
  35. ^ Zaghdoudi, Aymen (2024年11月27日). “Lessons from the Arab region for UN cybercrime convention” (英語). Access Now. 2025年5月25日閲覧。
  36. ^ From Budapest to Hanoi: Comparing the Council of Europe and United Nations Cybercrime Conventions / Kenneth Propp and DeBrae Kennedy-Mayo”. Cross‑Border Data Forum(CDBF). 2025年7月11日閲覧。

関連項目

外部リンク




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