その他の鑑別
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/10 09:58 UTC 版)
「境界性パーソナリティ障害」の記事における「その他の鑑別」の解説
発達障害(アスペルガー症候群・ADHD) 広汎性発達障害(PDD)の成人がBPDを併存することはまれだとみられている。広汎性発達障害に臨床的に併存すると思われるパーソナリティ障害の種類については未だ研究段階であるが、現在のDSMやICD-10の国際的な操作的診断基準では、広汎性発達障害とパーソナリティ障害は相互に除外規定が設けられており、重複診断は認められていない。 アスペルガー症候群などの高機能広汎性発達障害では、傷つきやすい自己、攻撃性や被害妄想、対人関係の未熟さ・執拗さを持ち、リストカットや大量服薬、自殺企図などの衝動行為を繰りかえす例も一部にあり、発達障害が見逃されているケースでは、BPDと診断されてしまうこともある。また、慢性的な空虚感や自己同一性の障害、一過性の妄想様観念や解離症状を呈することもあり、鑑別は容易ではない。特に操作性に乏しく、衝動性・対人関係の未熟さによりBPDと診断されていたケースは、アスペルガー症候群などの広汎性発達障害である可能性を疑う必要がある。 また多動性、衝動性を特徴とするものとしては注意欠陥・多動性障害(ADHD)がある。ADHDは広義には発達障害の一部とみられており、アスペルガー症候群との併存も多い。ADHDとパーソナリティ障害との関連性については十分な研究が蓄積しておらず、詳しいことはわかっていない。ADHDの場合は幼少期から特徴がみられる、見捨てられ不安が目立たないなどの違いがある。BPDの患者の16.1%に成人ADHDが見られたとの報告もあるが、一方では併存していると思われた例にADHDに対する薬物治療を開始したところ、敵意や猜疑心が消失したとの報告もあり、実際には誤診断されているケースもままあるとみられる。 このように本来は発達障害なのだが、あたかもパーソナリティ障害のようにみえる「偽性パーソナリティ障害」が存在する一方、発達障害の二次障害としてパーソナリティ障害の診断基準を満たすような状態となっている可能性もあり、その場合通常のパーソナリティ障害とは治療方針や支援の方向性が異なる。衣笠は、成人の広汎性発達障害がパーソナリティ障害の診断基準を満たしている場合、通常のパーソナリティ障害とは分けて考えるべきだとしており、精神分析的精神療法を行うことは不適切であるとした。 なお、発達障害は様々な心的外傷を招く基盤ともなる。幼い頃から育てにくい傾向があり、親がどうしても叱ることが多くなると、愛されたという感覚を感じられないまま育った子供にはパーソナリティ障害の萌芽が生まれる。精神科の治療では、本人の社会的能力をどのように生かしていくかということを常に考える必要があるが、成人の発達障害では準パーソナリティ障害という視点を持つことが有用である。 医原性パーソナリティ障害 精神科医の神田橋は、治療者による精神療法を含む不適切な治療により、患者のパーソナリティが傷つき、病状が悪化することがあると述べている。その上でBPDと診断を下された場合は、「医原性のパーソナリティ障害」となってしまう。医師が無意識にとる高圧的な態度により、「境界性パーソナリティ」的な反応が引き出された場合なども同様である。 薬剤が起因の場合も医原性に含まれる。選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)や三環系抗うつ薬の投与により賦活症候群となる患者もおり、その結果としてBPDと診断される場合や、睡眠薬や抗不安薬などに多いベンゾジアゼピン系薬剤、メチルフェニデートなどの薬剤の大量使用により脱抑制(抑制がきかない状態)を起こしている場合、また処方薬依存に陥り、薬物を欲しがる患者を「薬物依存」とみなす場合も、医原性である。三環系抗うつ薬の投与は双極性障害なども引き起こすと指摘する意見もある。 しかし精神科に限らず、診療を行う以上、医原性の問題が起こるリスクは避けられない。重要なのは、医師が自分の患者あるいは他の医療機関から訪れた患者に対し、この「医原性パーソナリティ障害」についての認識を十分に検討しつつ、診察に当たれるか否かである。 一般身体疾患 性格変容をきたしやすい身体疾患にも注意が必要である。直接的な生理作用により、精神状態やパーソナリティに変化が起こる症候性精神病の場合、BPDとはならない。例えば、甲状腺機能亢進症などの内分泌ホルモンの機能障害、膠原病などの自己免疫疾患では、衝動性や回避性を亢進させることがあり、側頭葉てんかんなどの脳の器質的変化でも性格変容をきたすことがある。 思春期危機 思春期のある時期、アイデンティティ(自己同一性)の危機に直面することは誰しもありうることであろう。自己同一性に悩み、自傷行為などの衝動的な行動を起こしたり、自己嫌悪や虚無感、激しい怒りを抱くなど、BPDと似通った状態になることもある。思春期危機の場合は長期間このような問題のある状態が続くことはなく一過性である。ただしこの時期を適切に乗り越えられなかった場合、BPDに移行することはあるだろう。本来心理社会的モラトリアムという言葉は、今日の日本で使われるよりももっと激しい悩みや葛藤を意味していた。精神分析家のアンナ・フロイトは、思春期にこの激しい混乱を経験しないと、真の意味での健全で成熟したパーソナリティを得られないとしている。 DSM-IVでは、1年以上診断基準を満たす状態が続けば、18歳以下の子供でもパーソナリティ障害(反社会性パーソナリティ障害を除く)の診断が適応できるとしているが、児童期や思春期はパーソナリティの形成途上期であり、パーソナリティ障害と診断することには議論があり推奨されていない。増加傾向の児童虐待との関連や、発達障害との鑑別の問題もある。また児童や未成年に対する向精神薬の投与は安全性が確立しておらず、一部には強い批判もあり、安易な診断は避けたい処である。 正常なパーソナリティ形成のために、精神科医や臨床心理士などが助言を行い、パーソナリティ障害へと向かわないようにすることが大切である。薬物治療開始はこれらの努力が発揮しないことが分かってからでも遅くはない。
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