その他の主な特記事項
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「帝都高速度交通営団」の記事における「その他の主な特記事項」の解説
1975年(昭和50年)12月 - 各列車の先頭車両(434両868個所)にシルバーシートを導入。 1987年(昭和62年)4月 - 国鉄分割民営化により、日本国有鉄道の出資持分が、日本国有鉄道清算事業団に継承される。 1988年(昭和63年)1月1日 - 営団全駅で全面禁煙化を実施。 春頃(丸ノ内線02系デビュー頃)- ドアステッカーを更新。それまでの文字のみの注意喚起のもので、両開き扉車の車両の場合片側扉しか貼られていなかったものから、キャラクターのイラストが書かれている丸いデザインのものへ変更。両側どちらの扉にも貼られるようになる。 1990年(平成2年)初頭 - ドアステッカーを更新。国際花と緑の博覧会開催に伴い、その宣伝の一環としてベースはそのままで、従来のキャラクターのイラストが書かれている下に花博の広告が入った丸いデザインのものへ変更。 それまで、ツーマン運転の路線では車掌による肉声車内アナウンスが主流だった中、当時の旅客サービスの一環と車掌の負担軽減のため声優の清水牧子を起用した車内自動放送を導入。01系の一部・02系・03系・05系の一部・6000系の一部・7000系の一部・8000系8110編成で使用開始。それ以外の車種・編成については肉声車内アナウンスのままだった。 この年から自動改札機の本格的導入開始。 6月 - 「日本国有鉄道清算事業団の債務の負担の軽減を図るために平成2年度において緊急に講ずべき特別措置に関する法律」の施行により、日本国有鉄道清算事業団の出資持分が、日本政府に譲渡される。 1991年(平成3年)ドアステッカーを更新。従来のキャラクターのイラストから、ネコのキャラクターがドアに挟まれているデザインのものへ変更。南北線開通直後までは、その下に「『自動改札』営団地下鉄では平成2年度から5年計画で全駅に設置いたします。」と自動改札機導入を知らせる告知を表示していた。このデザインのドアステッカーは民営化後もS 営団地下鉄の表記を削除したうえで、2007年まで使用されていた。 それまで車内自動放送の言い回しが「次は○○、○○でございます。」だったものを、南北線開通に伴い運用開始した9000系より「まもなく○○、○○です。」へ変更。翌年までに全線において更新された。 同時に制服を営団としては最後の変更。 南北線に、それまでのパタパタ式や方向幕式と呼ばれていた、行き先の表示しかできないホーム行先案内表示機に代わり、発車時刻表示対応の発光ダイオード式ホーム行先案内表示機を導入。 南北線にそれまでの旧型の垂直のボタン式券売機から、高さが低くなり傾斜があるボタン式券売機を新設(これは東京メトロ化後も交換がしばらく完了せず、垂直のボタン式券売機は2005年まで現存していた)。 1993年(平成5年) - 南北線以外の営団全駅で、前述の発車時刻表示対応の発光ダイオード式ホーム行先案内表示機への交換を順次開始(ただし、一部の駅では表示をLEDにはしたが、従来型のタイプを踏襲したものを使用)。 1995年(平成7年) - 自動改札機の営団全駅への導入が完了。ただし、一部の改札には有人改札が残存。 1996年(平成8年)営団全線全車種・車両で完全冷房化100%を達成。同時に丸ノ内線においてトンネル冷房の使用を停止。中村総裁時代までは当初1998年から1999年頃を目処に完全冷房化を目指していたが、その矢先に永光へ交代し方針を一新。当初の予定を大幅に前倒しした上で、02系の増備を1996年までに行った。 3月 - 運輸指令・車両指令・電力指令・施設指令を統合して、総合指令所を発足。 4月 - シルバーシートをすべての車両(2401両3050個所)に拡大。 1999年(平成11年)初頭 - LED式ホーム行先案内表示機への全駅の交換が完了。 11月1日 - 全2419両でシルバーシートを優先席に一斉変更。携帯電話のマナーに関する車内放送開始。 2004年(平成16年)3月31日 - 翌4月1日の東京地下鉄株式会社発足により、帝都高速度交通営団は廃止・解散(営団としては廃止・解散だが、職員・社屋・駅・鉄道車両・施設は東京地下鉄にそのまま引き継がれる)。
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