鴨川つけかえ説

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鴨川つけかえ説

出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』 (2022/03/19 14:40 UTC 版)

「鴨川 (淀川水系)」の記事における「鴨川つけかえ説」の解説

疑われる直線状の流路 賀茂川の流路は元々堀川の筋を流れ、都の建設予定地を南北に貫いていたため、堤を築いて平安京を避けるように東へ川筋を変更したのではないか、という『平安通志 巻乃一』（湯本文彦、1895年〈明治28年〉）の推論をもとに、これを支持発展させた自然科学者の塚本常雄が1932年（昭和7年）に提唱した学説である。 現在高野川と合流している地点から上流約3.3kmと下流2.7kmの二つの直線状の部分が、平安京の造成時に人工的に掘削して作られたものとし、おもに地勢・地形学的根拠、地質学的根拠、歴史的根拠の三つの根拠を挙げてつけかえ説を展開した。 すなわち、上賀茂付近の地形から、鴨川上流部＝賀茂川が南東に流路を取っているのは不自然で、もともと賀茂川はまっすぐ南下、分流し扇状地形を形成しつつ堀川・西洞院方向に流れていたと考えられ、よって上賀茂から高野川との合流地点＝出町までは人工河川であるとした。一方高野川については「京都市地質図」を示してそこに現れる扇状地に含まれる花崗岩質の砂礫の存在を以て、現在の出町合流地点からやはり扇状に分流しながら南西方向に流れていて、新町姉小路付近で北から流れてきた賀茂川と合流していたとし、現在鴨川が出町から南に流路を取っているのは平安京建都のさいに付け替えられたためとした。つまり塚本の「鴨川つけかえ説」は、出町から上流部の「賀茂川つけかえ」と下流部の「鴨川つけかえ（古高野川つけかえ）」の二つの主張により成り立っている。この説は地質調査や地形観察という科学的根拠を伴っていたため、歴史学者の共感を広く得て、以後書籍のみならず新聞や観光パンフレットなどで広く引用され、この「鴨川つけかえ説」は1980年代までは主流であった。一方で、史書、伝承などで鴨川に関する大工事のあったことが確認されないことから、この説に疑問を呈する史家も少なからずいた。 後に同志社大学教授の横山卓雄はこの説を地質学の観点から論じて否定した。地下鉄烏丸線の工事のときに烏丸中学校付近を掘削したところ、地下5メートルに岩盤が発見された。この地下の岩盤を物理探査法を用いて調査したところ、地下山脈が船岡山地下の東から続いていることが判明。塚本説で唱えられた賀茂川の流れをほぼ直角に横切っているため、この地下山脈を越えて流れていたとは考えられず現在の賀茂川の流れは自然な流れだとした。一方で、鴨川つけかえについては、さまざまのデータをもって、塚本の示した「京都市地質図」は平安京遷都直前の扇状地の地質を示すものでなく「三万年以上前に形成された扇状地」のものであったとし、「塚本による鴨川つけかえ説は彼の集めたデータがすべて正しいとするならば論理的にも誤りがなかった。ただしそのデータがすべて正しいという仮定が成り立たなかった」と結論した。この横山の主張を受け、従来塚本説を支持して著書に紹介していた歴史学者たちも一斉に「つけかえはなかった」とするようになり、現在では塚本説に代わって定説化したかのように伺える。 この横山説に対しては現在、高橋学、小谷愼二郎、荒井まさお、植村善博、加藤繁生など各分野の研究者から批判が出されている。それは地下山脈の存在によって賀茂川の南流を否定した点についてであり、烏丸中学附近の地下山脈の存在が、標高差＋20ｍ以上・4㎞上流の上賀茂付近での賀茂川の進路選択に影響を与えないと指摘するものである。横山も地下山脈の存在を指摘しながら、それが現在なぜ5メートルの堆積の下にあるのか説明しない。鴨川（古高野川）つけかえについても、横山は塚本の図に示す扇状地の形成が三万年前の古いものと言っているにすぎなく、その図で確かに出町付近から京域を南西に流れていた古高野川が、「いつ」「なぜ」南へ方向を変え鴨川となったかを説明していないとの批判がある。「三万年以上前に形成された扇状地」との主張も、「地下13ｍ」から発見された木片の炭素年代を根拠にしたものであり、その後その上に13ｍもの土砂を堆積させた年月を考慮していないと指摘するものである。考古学的痕跡からも平安建都直前まで古高野川の細分流が左京域を北東から南西に流れて扇状地を形成しつつあったことが明らかにされている。この工事が史書に現れない理由も、造都という大事業の中では特記するほどの工事ではなかったとの指摘がある。いったん塚本説を過去のものにし定説化した横山の説だが、その最大の根拠が揺らぎだしたと言え、今後は地質学のみならず、地理学、考古学、歴史学など多様な方面から塚本、横山両説の再検討がなされるものと思われ、当面このことに言及する歴史学者たちにも慎重な対応が求められる。