高熱の解明
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 10:37 UTC 版)
「八丈小島のマレー糸状虫症」の記事における「高熱の解明」の解説
DEC(本節以降はスパトニンと表記する)の効果が分かった佐々は、大阪の田辺製薬と連絡を取り合いフィラリアに対する投薬の検討を行い、「投与量の確立」と「高熱の原因究明」、この2つが重要な課題であるとして意見集約が行われた。 佐々は加納、林、佐藤を再び伴い、同年暮れの1950年(昭和25年)12月から2か月間にわたり八丈小島で島民らとともに生活をしながらスパトニンの調査を行った。3度目の調査ではあるが佐々ら伝研メンバーに対する島民たちの歓待ぶりは変わらなかった。伝研メンバーは疫学的な観点から村の一軒一軒を巡回して、家族のバク病歴や、現在の症状などをつぶさに調査した。これは特に林滋生が積極的に調査し島の方言までほぼ完璧に覚えたという。獣医学出身の佐藤孝慈は島の乳牛のお産の取り上げをしたり、牛の飼育方法やバターの作り方の指導を無料奉仕するなど、伝研のメンバーたちは皆、空いた時間には子供を相手に遊んだり、小学校で話をしたりして島民たちと交流を続けた。風土病の調査にはその土地の人たちとの信頼関係の構築が先決であり、たとえ東京の大学から来たからといって、いきなり血をとらせろ、バクを見せろなどと交渉しても受け付けられるものではない。あくまでも島の人たちの立場になって考え行動することが重要だ、ということを、佐々をはじめ伝研のメンバーは常に意識していた。 3回目となる八丈小島での調査は、前回スパトニンを飲むのを止めてしまった人を対象に再度採血をして、ミクロフィラリアの数を確認し投与することから始められた。多くの島民の協力により治験データが集められ、前回の調査と同様に1回3錠(0.3グラム)の割合で7日間以上から10日間継続して投与すれば、ミクロフィラリアを消滅させミツレル様熱発作も出なくなって全快することがほぼ確かめられた。また、熱が出た日から翌日にかけてミクロフィラリアが急激に減少し、しかも顕微鏡ですぐに確認すると、フィラリアダンスと呼ばれる通常は激しく動くミクロフィラリアの動作が極めて鈍くなっていた。佐々はこれをミクロフィラリアの神経に作用しているのだと考え、発熱の原因はミクロフィラリアが死ぬ瞬間に発熱物質になるためではないかと予測した。 八丈小島の患者血液サンプルを2か月後に伝研に持って帰ったメンバーは研究を始めた。その結果、スパトニン投与によりフィラリアの成虫および幼虫(ミクロフィラリア)の酸素消費量が抑制される、と分かった。次に人体のミクロフィラリアに対する抗体が作られ、フィラリアは死滅する。死滅したフィラリアは人体によって異物であるため、抗原となってアレルギー反応を起こさせ発熱を生じさせる。数百万ものミクロフィラリアが同時に死滅するので体温を上昇させるほどの高熱が出るのは当然であった。別の見方をすれば、高熱が出るということは体内のミクロフィラリアの死滅を意味しており、むしろ高熱が起こることは治療が遂行された証明だった。しかも高熱は数日で治まり他の副作用は確認されなかった。 なお、当初の開発目的であった回虫駆除は、確かに駆虫効果はあるものの、大量のスパトニン投与が必要で吐き気などの副作用を示すことが判明したが、その後にはさらに簡単な化合物のピペラジンが安価かつ効果も高く副作用もないことが明らかになり、スパトニンは回虫駆除剤としては落第してしまった。また、犬のフィラリアに対しては獣医学者の久米清治がスパトニンを試みたが、一時的にミクロフィラリアが減少することはあってもフィラリア成虫にはまったく効果がなく、それどころかフィラリア犬に投与すると、しばしばショック死をするので犬のフィラリアに対するスパトニン利用は禁忌という結論になった。しかし人間のフィラリア症に対するスパトニン治療効果は明らかであり、佐々は同時期に鹿児島県下でバンクロフト種に対するスパトニン投与研究を行っていた鹿児島大学の佐藤八郎と活発に意見交換を行うなど、リンパ系フィラリア症に対するスパトニン治験が進んでいった。 これらの報告を受けた田辺製薬は1951年(昭和26年)4月からフィラリア治療剤として「スパトニン」の販売開始を決定した。だが、これまでの試験製造と異なり大量製造を始めたことによって合成途中で生じるイペリット状のガスの発生が問題となり、田辺製薬内部でも製造を取りやめるべきか検討が行われた。結論としては、田辺製薬の研究者たちは実験室内の通気性の改善や合成方法の見直しなどを行い、フィラリア撲滅という大きな夢を追いかけることにし、苦労の末スパトニン製造を軌道に乗せた。これまで治療法がないとされてきたフィラリア症がスパトニンによって治療可能な段階に入った。
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