遷移状態理論からの推論とアレニウスの理論との関係
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/01 08:35 UTC 版)
「遷移状態理論」の記事における「遷移状態理論からの推論とアレニウスの理論との関係」の解説
遷移状態理論から得られた速度定数式は、実験的な反応速度データを使ってΔG‡、ΔH‡、ΔS‡、そしてΔV‡(活性化の体積)さえも計算するために使うことができる。これらのいわゆる「活性化パラメータ」は、エネルギー容量と秩序度など出発物質と比較した遷移状態の特性について洞察を与え、物理有機化学において反応機構を解明するための標準的ツールとなった。活性化自由エネルギーΔG‡は遷移状態理論において Δ G ‡ = − R T ln K ‡ ′ {\displaystyle \Delta G^{\ddagger }=-RT\ln K^{\ddagger '}} を満たすようなエネルギーとして「定義」される。パラメータΔH‡およびΔS‡は次に異なる温度でΔG‡ = ΔH‡ – TΔS‡を決定することによって推定される。 アイリングの式とアレニウスの式の関数形式は似ているため、活性化パラメータをアレニウスの表現方法の活性化エネルギーおよび前指数因子とつい関連付けたくなる。しかしながら、アレニウスの式は実験データから導かれたものであり、反応機構における遷移状態の数に関係なく、2つのパラメータのみを使って巨視的速度をモデル化する。対照的に、活性化パラメータは、少なくとも原理的には、多段階機構の全ての遷移状態について見出すことができる。したがって、活性化エンタルピーΔH‡はしばしばアレニウスの活性化エネルギーEaと同一視されるものの、これらは等価ではない。凝縮相(例えば溶液相)または単分子的気相反応段階について、Ea = ΔH‡ + RTである。他の気相反応では、Ea = ΔH‡ + (1 − Δn‡)RTである。(Δn‡は遷移状態を形成する際の分子数の変化)。したがって、二分子気相過程では、Ea = ΔH‡ + 2RTとなる。 活性化エントロピーΔS‡は、(反応に関与するあるいは反応によって摂動を受ける溶媒分子を含む)遷移状態が出発物質を比較してより無秩序である程度を与える。これは、アレニウスの式の前指数因子Aの具体的な解釈を与える; 単分子的、一段階過程では、大まかな等価性A = (kBT/h) exp(1 + ΔS‡/R) が成り立つ(二分子的気相反応では A = (kBT/h) exp(2 + ΔS‡/R))。単分子過程では、負の値は基底状態よりも秩序だった、硬い遷移状態を示すのに対して、正の値は遷移状態がより緩い結合とより大きな配座的自由度の両方またはいずれか一方を持っていることを反映している。次元性の理由のため、二分子的またはそれ以上の反応は選択した標準状態(具体的に言うと、標準濃度)に依存したΔS‡値を持つことに注意することが重要である。近年のほとんどの文献において、1 mol L–1(1モーラー)が選ばれる。この選択はモル量と体積についての単位の我々の定義に基づく人間による産物であるため、単一の反応についてのΔS‡の大きさと符号はそれ自体では無意味である。同じ標準状態で決定された「既知の」(または想定される)機構の参照反応の値との比較のみが妥当である。 活性化体積は、(温度一定での)圧力に関するΔG‡の偏微分を議論することによって見出される。 Δ V ‡ := ( ∂ Δ G ‡ / ∂ P ) T {\displaystyle \Delta V^{\ddagger }:=(\partial \Delta G^{\ddagger }/\partial P)_{T}} これは、遷移状態の大きさ、したがって結合の度合いに関する情報を与える。結合的機構は負の活性化体積をおそらく持つのに対して、解離的機構は正の値をおそらく持つ。 平衡定数と順および逆速度定数との間の関係 K = k 1 / k − 1 {\displaystyle K=k_{1}/k_{-1}} を考えると、アイリングの式は Δ G ∘ = Δ G 1 ‡ − Δ G − 1 ‡ {\displaystyle \Delta G^{\circ }=\Delta G_{1}^{\ddagger }-\Delta G_{-1}^{\ddagger }} ということになる。 TSTのもう1つの暗示はカーティン–ハメットの原理(英語版)である: Rから2つの生成物AおよびBが得られる速度論的に支配(制御)された反応(英語版)の生成物比は生成物をもたらす各遷移状態のエネルギー差を反映する(それぞれの生成物に単一の遷移状態を仮定する)。 [ A ] [ B ] = e − Δ Δ G ‡ / R T {\displaystyle {\frac {[\mathrm {A} ]}{[\mathrm {B} ]}}=e^{-\Delta \Delta G^{\ddagger }/RT}} ( Δ Δ G ‡ = Δ G A ‡ − Δ G B ‡ {\displaystyle \Delta \Delta G^{\ddagger }=\Delta G_{\mathrm {A} }^{\ddagger }-\Delta G_{\mathrm {B} }^{\ddagger }} ) (上記のΔΔG‡についての式では、もしAおよびBが平衡状態にある2つの異なる化学種SAおよびSBから形成されるならば追加の Δ G ∘ = G S A ∘ − G S B ∘ {\displaystyle \Delta G^{\circ }=G_{\mathrm {S} _{\mathrm {A} }}^{\circ }-G_{\mathrm {S} _{\mathrm {B} }}^{\circ }} 項が存在する。) 1.36ルール 熱力学的に支配された反応では、生成物AとBの自由エネルギーにおいてRT ln 10 ≈ (1.987 × 10–3 kcal/mol K)(298 K)(2.303) ≈ 1.36 kcal/molの差毎に室温(298 K)での選択性が10倍になる。 [ A ] [ B ] = 10 − Δ G ∘ / ( 1.36 k c a l / m o l ) {\displaystyle {\frac {[\mathrm {A} ]}{[\mathrm {B} ]}}=10^{-\Delta G^{\circ }/(1.36\ \mathrm {kcal/mol} )}} ( Δ G ∘ = G A ∘ − G B ∘ {\displaystyle \Delta G^{\circ }=G_{\mathrm {A} }^{\circ }-G_{\mathrm {B} }^{\circ }} ) 類似的に、活性化自由エントロピーの差1.36 kcal/mol毎に室温での速度論支配過程についての選択性(英語版)は10倍になる。 [ A ] [ B ] = 10 − Δ Δ G ‡ / ( 1.36 k c a l / m o l ) {\displaystyle {\frac {[\mathrm {A} ]}{[\mathrm {B} ]}}=10^{-\Delta \Delta G^{\ddagger }/(1.36\ \mathrm {kcal/mol} )}} ( Δ Δ G ‡ = Δ G A ‡ − Δ G B ‡ {\displaystyle \Delta \Delta G^{\ddagger }=\Delta G_{\mathrm {A} }^{\ddagger }-\Delta G_{\mathrm {B} }^{\ddagger }} ). 概算 アイリングの式を使うと、特定の温度でのΔG‡、一次速度定数、および反応半減期の間に直接的な関係が存在する。298 Kでは、ΔG‡ = 23 kcal/molの反応はk ≈ 8.4 × 10–5 s–1の速度定数とt1/2 ≈ 2.3時間の半減期を持つ。これらの数字はしばしばk ~ 10–4 s–1とt1/2 ~ 2 hに丸められる。したがって、この大きさの活性化自由エネルギーは室温、一晩で終了まで進行する典型的な反応に対応する。比較のため、シクロヘキサンのいす反転(英語版)はおよそ11 kcal/molのΔG‡とk ~ 105 s–1の速度定数を有する。したがって、これは室温で(NMR時間スケールよりも速く)迅速に起こる動的過程となる。反対側では、2-ブテンのシス/トランス異性化はおよそ60 kcal/molのΔG‡を持ち、298 Kでk ~ 10–31 s–1に相当する。これは無視できる速度である。半減期は12桁で、宇宙の年齢よりも長い。
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