遷移状態と抗体酵素
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/26 06:39 UTC 版)
酵素反応において、酵素基質複合体から生成物へと変化する過程では、原子間の結合距離や角度などが変形した分子構造となる遷移状態や反応中間体を経由する。 分子の内部ポテンシャルエネルギーは原子間の結合距離や角度に応じて様々に変化するが、通常見られる分子においてはポテンシャルエネルギーが極小となる結合距離や角度をとっている。酵素反応の基質もポテンシャルエネルギーは極小となっている。そして、酵素反応が進行する過程(遷移状態)では、原子間の結合距離や角度の変化を伴い、その変化によりポテンシャルエネルギーは一時的に増大するが、反応が進むと再び減少する。基質は、遷移状態を経て反応中間体、生成物へと変化する。基質と同様、生成物もポテンシャルエネルギーが極小の状態である。 具体的な例で示すと、ペプチド結合のカルボニル基のsp2炭素原子から伸びる結合は平面状の構造になっている。これが加水分解を受ける際には水酸化物イオンの求核攻撃を受けてsp3の正四面体構造の反応中間体となり、アミノ基が脱離することで再びsp2炭素に戻ることで平面構造のカルボニル基が再生し安定化する。この2段階の素反応のそれぞれに遷移状態がある。通常の有機反応においては、水酸化物イオンが求核攻撃する際の衝突エネルギーが内部ポテンシャルエネルギーを増大させ、ポテンシャルエネルギーが極大のsp3の正四面体構造へと変化させる原動力になっている。逆に水酸基以外の要因でペプチド結合の距離や角度が、遷移状態や反応中間体に近い形にあらかじめ変化させられていれば、水酸化物イオンが与える衝突エネルギーは少なくて済む。 基質が酵素と結合すると、酵素は誘導適合によりコンホメーションが変化させられるが、基質側のコンホメーションも酵素により変化させられ、その原子間距離や角度が遷移状態に近い形状に変形させられる。これが、酵素の活性化エネルギーが有機化学の触媒の活性化エネルギーよりも小さい理由のひとつになっている。 酵素と同じように分子構造を識別し、その分子と結合する生体物質に抗体がある。1986年、アメリカのトラモンタノらは、酵素と同じ働きをするように意図して製造した抗体が意図通りの酵素作用を示すことを発見し、抗体酵素 (abzyme) と名づけた。抗体酵素は、ある基質の遷移状態の原子距離・角度に近い物質(基質アナローグ)に対する抗体である。その抗体と元の基質とを反応させると、基質と基質アナローグとは分子構造が似ている為、基質もその抗体と結合する。その抗体に誘導適合する際には基質は基質アナローグに似た形状である遷移状態に近い形状に変形させられる。
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