近藤淳也
近藤淳也とは、株式会社はてな の創業者・代表取締役社長である。人力で問答する検索システム「はてな」をはじめ、オンライン日記システム「はてなダイアリー」などのサービスを創案した人物として、また独特の経営体質が話題を呼んでいる経営者として、現在最も活躍している人物のひとりであるといえる。1975年11月2日生まれ、三重県育ち。
京都大学理学部を卒業した近藤淳也は、同大学大学院に進学したが、2000年に中途退学する。在学中にはサイクリング部に所属していた近藤淳也は、京都の地で、主にサイクリングレースの撮影を手掛けるカメラマンとして活動していた。就職や自分の将来について思い廻らせることも多かったという。あるとき、近藤はインターネットで質問式の検索サイトという着想を得る。きっかけは自分の父親がインターネットの検索システムのアルゴリズムに馴染めず困っていたことにあったという。それから近藤淳也はプログラミングの本を購入し、日常の暇をかいくぐっては勉強、システムの構築にいそしんだ。
2001年7月15日に有限会社はてなは設立された。機材は2台のパソコン、従業員は社長・近藤淳也と、妻のふたり。そしてオフィスは、これらを収容しただけで満杯になってしまうほど狭かった。
会社の設立から4日後の19日に「人力検索サイトはてな」が公開された。誰もそれまで耳にしたこともない企業が唐突に始めた、有料会員制の検索システムである「はてな」に、人は集まらなかった。不振の原因は第一に有料制であることである、と分かってはいたが、質問に対する回答のクオリティを下げてしまわないために、システムを無料制に変更するといった迎合的な判断にいたることはなかった。近藤淳也が金策に奔走し、やむなく受託開発に糧を得ていたころ、インターネットユーザーの中にすこしづつ「はてな」に対する認識が広まりはじめた。ある程度のユーザーが利用し始める頃になると、信頼のおける効率的な検索システムとして重宝され、やがて爆発的に広まっていった。
その後は提供するサービスを堅調に増やしていった。指定したホームページの更新状況を確認してくれるツール「はてなアンテナ」や、Webベースで日記の編集・更新ができる「はてなダイアリー」などは瞬く間に人気を得た。それぞれ、「RSSの先駆だ」「ブログの先駆だ」といって、時がたてばたつほど評価が高まっていった。その頃には、はてなのサービスは数万単位のユーザーが利用するようになっていた。
2004年、はてなは株式会社に改組し、東京へ移転した。会社の勢いは加速度的に増えていった。経営の展開はスピーディーで、企画開発は飛びぬけてオープン(会議の音声をポッドキャスティングで配信しているほどである)、あるいは社長自ら自社サービスに積極的に参加していくことによる、ユーザーとの距離が近いこと。その経営体質にはなおのこと評価が高い。2005年9月段階で、ユーザー数は30万人に達しつつあり、総ページビュー数は月間4億を突破した。ちなみに、これらのシステムの企画・開発・管理運営は、全てが自社でまかなわれている。
人力検索はてなは、最近では「bk1はてな」や「TSUTAYA Onlineはてな」といったOEMの展開によってますます勢いを増しつつある。その他「はてなマップ」「はてなグラフ」など、新しくて興味深いサービスを続々と発表している。
(更新:2006年1月)
参照リンク
はてな
jkondoの日記(近藤淳也自身のウェブログ)
近藤淳也
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/16 14:14 UTC 版)
こんどう じゅんや
近藤 淳也
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生誕 | 1975年11月2日(49歳)![]() |
出身校 | 京都大学卒業 |
職業 | 実業家 |
近藤 淳也(こんどう じゅんや、1975年11月2日 - )は、株式会社OND代表取締役社長、株式会社はてな[1] 創業者(現非常勤取締役)[2][3][4]。愛知県生まれであるが、三重県出身[5]。
経歴
三重県立四日市南高等学校を卒業後京都大学理学部に入学し、地球物理学を専攻。理学部卒業後、京都大学大学院理学研究科測地学研究室を中退[6]。京都のITベンチャーでプログラミングを教わり、ベンチャーキャピタルに日参して出資を募り起業準備を始める。2001年5月に結婚[7]。2001年7月に京都リサーチパーク[7] で有限会社はてな設立。2004年2月、株式会社に組織変更。2004年4月、東京都渋谷区に事務所(本社)を移転。2005年「第3回Webクリエーション・アウォード[8]」の「Web人大賞」受賞。2006年夏から米国シリコンバレーで活動の後、Hatena Inc.は米国へ残し2008年帰国。再び本社を京都へ移転。2011年、TEDxKyoto 創立にJay Klaphakeと関わる。2013年末に離婚[7]。2014年8月1日、代表取締役会長に就任[9]。2016年2月24日、自身が創業した株式会社はてながマザーズに上場[10]。2017年10月17日、株式会社OND[11] を設立し、代表取締役社長に就任[12]。2017年10月26日、株式会社はてなの代表取締役会長を退任、非常勤取締役に就任[13]。
スポーツ
1998年から2007年に開催されていたツール・ド・信州の実行委員会の代表だった[14][15]。選手としては第1回大会は個人総合で優勝[16]。2018年にNPO法人滋賀一周トレイルを設立し、代表理事に就任[17]。2019年より大会の滋賀一周ラウンドトレイル(438 km)を開催[18]。株式会社ONDでは、トレイルランニングのライブ配信と計測のための IBUKI GPS を提供している[19]。
テレビ出演
- 日経スペシャル カンブリア宮殿 「次世代ネットビジネスの主役たち」(2006年5月8日、テレビ東京)- はてな社長として出演[20]。
著書
- 『「へんな会社」のつくり方 常識にとらわれない「はてな」の超オープン経営術』(2006年2月13日、翔泳社)(NT2X) ISBN 978-4-79811-052-3
- 『ネットコミュニティの設計と力 つながる私たちの時代 角川インターネット講座 (5)』(2015年8月22日、角川学芸出版)ISBN 978-4-04653-885-7
脚注
出典
- ^ “Google draws critics with Street View in Japan”. techradar.com. techradar.com. 2020年8月30日閲覧。
- ^ “近藤淳也 ( (株) はてな 代表取締役)インタビュー”. hotwired.goo.ne.jp. hotwired. 2020年8月30日閲覧。
- ^ “近藤淳也 ( (株) はてな 代表取締役)インタビュー”. hotwired.goo.ne.jp. hotwired. 2020年8月30日閲覧。
- ^ “近藤淳也 ( (株) はてな 代表取締役)インタビュー”. hotwired.goo.ne.jp. hotwired. 2020年8月30日閲覧。
- ^ “近藤淳也。1975年生まれ。三重県育ち。京都に10年住んで、現在東京在住。”. d.hatena.ne.jp. HATENA. 2020年8月30日閲覧。
- ^ “株式会社はてな代表取締役社長近藤淳也さん”. journal.rikunabi.com. 就職ジャーナル (2013年9月27日). 2024年8月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年8月22日閲覧。
- ^ a b c 卒業 - tapestry こころ・しごと・暮らし
- ^ “第3回Web クリエーション・アウォード 募集開始 今年は学生賞、グループ賞を新設しました”. japan.cnet.com. CNET. 2020年8月30日閲覧。
- ^ はてな、社長交代 創業者・近藤淳也さんは「会長職という立場で改めて新サービス創出に注力」 - ITmedia NEWS
- ^ はてな、上場初日は買い殺到で値付かず - ITmedia NEWS
- ^ “株式会社OND”. ond-inc.com. ond-inc.com. 2020年8月30日閲覧。
- ^ “OND、始動します。”. jkondo.hatenablog.com. 2018年6月4日閲覧。
- ^ “事業譲渡および代表取締役異動に関するお知らせ”. ke.kabupro.jp. ke.kabupro.jp. 2020年8月30日閲覧。
- ^ ツール・ド・信州(長野県 信州全域) - スポーツ大会の検索&参加申込みなら「スポーツエントリー」
- ^ ABOUT | ツール・ド・信州
- ^ HISTORY | ツール・ド・信州
- ^ NPO法人 - 滋賀一周トレイル
- ^ イベント - 滋賀一周トレイル
- ^ IBUKI - トレイルでつながるコースガイドコミュニティ
- ^ 「次世代ネットビジネスの主役たち」 - テレビ東京 2006年5月8日
外部リンク
- jkondoの日記 - はてなブログ
- 近藤淳也 (@jkondo) - X(旧Twitter)
- 近藤淳也 (junya.kondo) - Facebook
- 近藤淳也のつぶやき - はてなハイク (はてなハイクがサービス終了)
- 近藤淳也の新ネットコミュニティ論 - CNET Japanブログ (2005年7月~2006年2月に執筆)
固有名詞の分類
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