立憲民主党、国民民主党、新・国民民主党
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「菅野志桜里」の記事における「立憲民主党、国民民主党、新・国民民主党」の解説
2017年10月30日、無所属のまま衆議院会派「立憲民主党・市民クラブ」に入会。同年12月26日、立憲民主党に入党した。 2020年3月12日、新型インフルエンザ等対策特別措置法改正案の採決で、立憲民主党の賛成の方針に対して、造反して反対票を投じる。3月18日、「立憲主義、民主主義への考え方、理解が党との間で随分ギャップがある」「(党の)風通しが良くない」などとして離党届を提出し、3月24日付けで受理された。 同年6月16日、国民民主党に入党届を提出。入党を巡っては、同党の玉木雄一郎代表が歓迎する意向を示した一方、同じ愛知県選出の古川元久代表代行らが山尾が立憲に所属していた経緯などから「地元との関係が崩れている」と主張し入党の条件として選挙区の変更を求めた。また、山尾が所属していた立憲民主党の枝野幸男代表は、「(国民民主党が)入党を認めれば統一会派解消だ」と周囲に語るなど反発した。このため、原口一博国会対策委員長は山尾の入党について「そんな簡単な話ではない」と述べた。入党届は調整の末、7月8日の党総務会で承認され、同日付で正式に入党した。しかし地元では「この1年本人を全く見ていない」という声が上がるほか、自治体議員の多くも2017年の衆院選後、山尾が選挙区に姿を見せなくなったことを証言。地元活動を行わない山尾に対する国民民主党県連の反発は強く、愛知7区から国替えとなる可能性が浮上した。 同年7月15日から国民民主党と立憲民主党は合流協議を再開するが、結局意見はまとまらず、8月11日、玉木雄一郎代表は国民民主党を「立憲民主党への合流組」と「残留組」に分党することと、自身は合流に参加しない意向を示した。翌8月12日、山尾も合流新党への不参加を表明し、玉木と行動を共にすると述べた。9月1日発売の『正論』10月号に論文「理念欠く政党に政権交代はムリ」を発表。同論文により、思想の保守化が強まっている山尾が立憲民主党を容認できない理由が明らかとなる。9月11日、新・国民民主党に山尾も入党した。 同年9月24日、記者会見で愛知7区から国替えして比例東京ブロックに単独1位で立候補をすると表明。「学生時代から大学までのほとんどを武蔵野市で育ち、学び、働いてきた。今も実家のある武蔵野市に住み、両親のサポートを受けながら子育てをしている」と語り、「東京都で、自然体で国会議員の仕事をしたい」と述べた。2017年の衆院選で選対本部長を務めた愛知県大府市議会議員だった千賀重安は「一票一票の積み重ねで当選したことへの配慮がなかった」と悔しさをにじませた。 2021年に入ると山尾は、安倍晋三前首相の「秘蔵っ子」と言われながら、選択的夫婦別姓などリベラルな政策にも賛同している稲田朋美と対談し、互いの意見を交換した(毎日新聞2021年2月3日掲載)。 自民党への移籍も噂されたが、4月27日、議員パスの不適切使用と倉持麟太郎の前妻の自殺が報じられると、同党内部から「山尾氏は次の衆院選は間に合わないが、その次の入党可能性はあった。ただ、今回の報道でそれもなくなった」などの厳しい声を浴びた。 同年5月3日、日本会議が主導する団体「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の集会「第23回公開憲法フォーラム」に、櫻井よしこ、菅義偉首相、下村博文、足立康史、田久保忠衛(日本会議会長)、中山義隆(石垣市長)ら、改憲派の人々とともに参加。菅首相は同集会に自民党総裁としてビデオメッセージを送り、緊急事態条項の創設に意欲を示した。集会に参加した山尾も同日、自身のブログで「緊急事態条項を、憲法上無視し続けることで抑制しようという考え方は、日本の法の支配にとって有害である」と述べた。 同年6月15日、立憲民主党、日本共産党、国民民主党、社民党の野党4党は菅義偉内閣への不信任決議案を提出。同日、山尾はツイッターを更新。「私はこの不信任案提出に意義を見出せてません」「この状況での不信任提出に共感できない」と憤りを表しながらも「もちろん不信任には賛成です」と締めくくった。不信任決議案は同日、与党や日本維新の会などの反対多数で否決された。 同年6月17日、自身のブログとYouTubeチャンネルで、次期衆議院議員総選挙への立候補を見送る意向を示した。また、残された任期で緊急事態条項の法制化に取り組みたいと述べた。 同年6月23日、自身のツイッターで「現職優先の現行選挙制度は本当にデメリットが大きい」と主張。「政治家をやめない人たちが新規参入を阻んでいるとともに、やめられない文化が魅力的な人たちの新規参入のインセンティブを下げまくっている。だとすれば、一旦やめるのアリにすればいいんじゃないかな?」と述べ、武蔵野市周辺地区で小選挙区出馬を拒まれている現状および野党の党勢を暗に批判した。
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