猪
『古事記』中巻 伊吹山の神を討ち取りに出かけたヤマトタケルが、牛ほどの大きさの白猪に出会う。ヤマトタケルは「これは神の使者であろう。今は殺さず、帰る時に殺そう」と言挙げする。ところがその猪は使者ではなく、山の神自身であった。ヤマトタケルの大言壮語に怒った神は、大氷雨を降らせてヤマトタケルを苦しめ、彼の意識を半ば失わせた。
『バーガヴァタ・プラーナ』 大地が水中に没していた時、マヌは、父である梵天ブラフマーに「大地を水の上へ持ち上げてほしい」と頼んだ。ブラフマーがヴィシュヌ神に祈ると、突然、ブラフマーの鼻孔から親指ほどの小さな猪が出て来た。ヴィシュヌ神の化身である猪は、たちまち山のように巨大な姿となって水中に飛び込み、牙で大地を救い上げた。
★2.猪狩り。
『変身物語』(オヴィディウス)巻8 女神ディアナ(=アルテミス)が、カリュドンの王オイネウスの畑に、1頭の巨大な野猪を放った。猪は作物を荒らし、家畜を襲ったので、人々は嘆き、逃げまどう。猪を退治するために大勢の男たちがやって来るが、その中に紅一点、美女アタランテもいた。青年メレアグロスが槍で猪を突き殺し、手柄をアタランテに譲る。これに男たちが怒り、メレアグロスとの間に争いが起こる〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第8章に類話〕→〔魂〕1a。
『メリュジーヌ物語』(クードレット) レイモン(=レイモンダン)が、主君エムリ伯に従って猪狩りに出かける。1頭の猪が突進して来るので、レイモンは槍で打つ。槍は猪の背中に当たって滑り、エムリ伯の腹に刺さってしまう。レイモンはすぐに槍を引き抜き、猪を突き殺してからエムリ伯のもとへ駆け寄るが、すでに伯は死んでいた〔*レイモンは森をさまよい、メリュジーヌに出会う。彼女は「鹿の皮1枚分の土地を買え」と教える〕→〔土地〕1d。
*猪を撃つつもりで、人間を撃ってしまう→〔仇討ち〕8の『仮名手本忠臣蔵』5段目・〔見間違い〕3aの『寝園』(横光利一)。
★3.猪の牙で殺される。
『ケルトの神話』(井村君江)「ディルムッドとグラーニャの恋」 美貌の騎士ディルムッドは、王の娘グラーニャに愛され(*→〔ほくろ〕4)、2人の間には4人の息子が生まれた。幸福で平和な日々が続いた後、ある日、ディルムッドの命を長年ねらっていた猪(*→〔杖〕4b)が襲いかかり、鋭い牙で彼をはね上げて地面へたたきつけた〔*その瞬間、瀕死のディルムッドも、剣で猪の脳をえぐった〕。
『変身物語』(オヴィディウス)巻10 女神ヴェヌスは美少年アドニスを愛し、熊や獅子や猪などの獣を甘く見ないようにと、つねづね言い聞かせていた。しかし血気盛んなアドニスは、ある時、森から出て来た猪をしとめようと、槍で突いた。猪は槍を払い落とし、逃げるアドニスを追いかけて、鋭い牙で突き殺した〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第14章は、アドニスはまだ子供の時に、女神アルテミスの怒りによって、狩の最中、猪に傷つけられて死んだ、と記す〕。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第38章 この世の初めから、地上で戦死した者たちは、すべて天上の宮殿ヴァルハラ(=ワルハラ)にいる。オーディンが彼らに食料として与える猪は、どんなに大勢の人間がいても食べ尽くせない。この猪は毎日料理しても、夕方には体がまたもとに戻る。オーディン自身は食物を必要とせず、彼は食卓の肉を2匹の狼に与える〔*オーディンにとっては葡萄酒が、飲物でも食物でもあるのだ〕。
*猪の肉と思って観音の木像を食べる→〔傷あと〕3の『今昔物語集』巻16-4。
★5.猪に似せた石。
『古事記』上巻 八十神(やそかみ)たちがオホナムヂ(=大国主命)を殺そうと思い、山の麓へ連れて行く。そして、「赤い猪がこの山にいる。我々が猪を追いおろすから、お前は下にいて捕らえよ」と命ずる。八十神たちは猪に似た大石を、火で赤く焼いて転がし落とす。オホナムヂはその石を捕らえようとして、焼け死んだ→〔蘇生〕1。
*鹿と思ったら石だった→〔鹿〕4bの『遠野物語』(柳田国男)61。
*虎と思ったら石だった→〔石〕9cの『捜神記』巻11-1(通巻263話)。
猪と同じ種類の言葉
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