方法と思想
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/29 05:06 UTC 版)
近年では、動物虐待に対する忌避もあるが、そもそも過度に暴れさせるような屠殺は、動物に不要かつ過剰な苦痛を与えるだけでなく、従事者にとって危険であり作業効率も悪い。よって多くの社会では、より速やかに且つ苦しませずに動物を絶命させる方法が研究されてきた。 食肉業としての採算を確保するため、ストレスの出来るだけ少ない屠畜法や、筋肉に血斑(スポット)の残存しない放血法が用いられる。 現代では先進国を中心に、炭酸ガス中毒による方法、または頭部への打撃や感電、首の動脈を切断することによる失血死、あるいは麻痺させた後に脳組織を物理的に損傷させるという方法が取られている。しかしイスラム圏などでは宗教的なハラールの教義から、古い伝統的な屠殺方法を取っており、後肢に綱を掛け頭部を下にして吊るしたら、間を入れずに動脈を切断し、ある程度は空中で暴れさせて急速に失血死させる。 失血死、または血抜きでは、肉に残る血液が最小限となり、肉の劣化や腐敗を遅らせる効果もあっての事で、特に冷蔵庫が普及する以前では、鮮度の低下で廃棄される肉を最小限に抑えるための技術でもあった。 その後、死後硬直の現象が起こる。死亡直後の筋肉は軟らかいが、時間経過により筋肉を構成するタンパク質が状態変化し硬くなってくる。筋肉への酸素の供給が絶たれると、好気的な代謝は停止するが、嫌気的な代謝は継続して行われる。つまり肉中のATPが消費され、グリコーゲンが嫌気的に分解されて乳酸を生成する。これによって徐々に肉のpHが低下する。最低到達pHは、牛、豚でpH5.5付近、鶏でpH6.0である。最低到達pHになると嫌気的な代謝も阻害されるため、それ以下にpHが下がることはない。pHの低下に伴い、筋源繊維タンパク質であるミオシンとアクチンが強く結合してアクトミオシンを生成し、硬い状態になる。死後硬直中の肉は硬く、保水力も悪い。 屠殺の後、非可食部位やその他の副生物は取り除かれ、残ったものを枝肉と呼ぶ。牛や豚などの肉畜の場合は、正中線に沿って左右に切断される。このように左右に切断されたそれぞれを半丸枝肉と呼ぶ。ニワトリなどのように、枝肉の形態をとらないものもある。屠畜の後、屠体もしくは枝肉は冷却される。冷却ののち、屠体や枝肉のままでは流通に適さない場合、さらに部位ごとに解体する。 肉食という行為は、動物の生命を奪う事で自らの生命を永らえさせるものである。このため犠牲となる動物に感謝を捧げる思想も見られ、その感謝の意味で苦しませる事への忌避も見られる。その延長で動物の苦痛に対しても言及している文化もあり、例えばユダヤ教では「一回の切断で致命傷を与える(何度も切り付けない)」ために、屠殺に使う刃物(ナイフ)は「良く研磨されているもの」と定めている。これは「よく切れる刃物で切り傷を負った場合は、一時的な麻痺により負傷直後は余り痛みを感じない(後に治る過程での痛みはある)が、切れ味の悪い刃物で怪我をすると、切った直後から酷く痛む」という人間自身の経験によるものであると考えられる。 多くの文明社会では、畜肉に対する感謝を表す人間の活動が大なり小なり見られ、感謝祭や慰霊などといった宗教行事にも関連している。
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