小腸と薬剤
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/07 03:03 UTC 版)
小腸には、不要な物(薬剤などの異物)を吸収しないように、吸収しても腸管内へと戻してしまう仕組みも存在している。また、薬物の初回通過効果が起こる場所としては肝臓がよく知られているものの、小腸の粘膜にも薬剤を分解する酵素(シトクロムP450)が存在しており、ここでも薬剤の一部が分解される。 ただし、中には吸収されることを目的としていない薬剤も存在する。小腸は異物を通さないようにする役目も持っているわけだが、この機能によって、ほとんど吸収されないことを逆手にとることもある。例えば、仮に吸収されれば酷い副作用が起こるような抗菌剤(しかし消化管からは吸収されない抗菌剤)を用いて、消化管内の細菌を殺すといったことを行う場合もある。また、バリウムがヒトにとって有害であるのにもかかわらず、ヒト用のX線撮影の造影剤の1つとして硫酸バリウムを用いることができるのは、消化管内における溶解度の低い硫酸バリウムは、ほとんど吸収されないからである。他にも、小腸では消化酵素を用いて、食物に対する最終的な消化(分解)を行い、それによって吸収可能な分子にして栄養の吸収を行っているのは既述の通りである。この最終的な消化を行う酵素を、何らかの薬剤を使用して阻害した場合、分子が大き過ぎて上手く吸収できなくなってしまう。これを利用して、例えばグルコースが吸収されにくくすることで血糖値が上がり過ぎないようにしたり、脂質の吸収を妨げたりするといった薬剤も実用化されている。しかしながら、例えば、脂質の消化に関わるリパーゼを阻害すれば、確かに脂質の吸収が難しくなってエネルギー吸収を抑えられるものの、脂肪便になるなどの副作用が起こる場合もある。 また、妊娠中に分泌されるプロゲステロンによって、小腸の蠕動運動は抑制されることが知られている。さらに、妊娠後期になると子宮が大きくなって腸が圧迫されるために運動がより妨げられることも知られている。このため、服用した薬物は、妊娠していない時よりも小腸内に長い時間留まる傾向にあるとされており、小腸での吸収率の低い(小腸での吸収に時間がかかる)薬物が、非妊娠時と比べて多くなる場合があることが知られている。 小腸と大腸で吸収できる有機化合物の分子量の大きさの限度を調べた貴重な研究結果1)が1994年に木村聰城郎らによりなされた。それによると、小腸では分子量600以下、大腸では分子量300以下であった。本研究はラットで行われたが、ラットとヒトの腸管での吸収動態には非常に良い直線性の相関が有りヒトでも同様と考えられる2)。小腸で分子量600以下が吸収されるという知見は、経口医薬品の開発の際に有用な「リピンスキーの法則3)」の一つである分子量500以下という法則にも合致している。更に、現在までに開発市販されている経口医薬品(有機化合物)の活性本体(塩の場合は活性本体の塩基の分子を指す)の分子量を調べてみると分子量は殆どが600以下であり、上記の小腸での吸収は分子量600以下という実験結果に一致する。更に、有機化合物の栄養物質(たんぱく質、炭水化物、脂肪)の腸管内での最終消化物質であるアミノ酸(分子量89=アラニン-分子量204=トリプトファン)、糖(分子量180=単糖グルコースなど-分子量342=2糖類ショ糖など)、脂肪酸(分子量284=ステアリン酸-分子量304=エイコサペンタエン酸EPAなど)も全て分子量は400以下であり、小腸での吸収は分子量600以下に合致している。この分子の大きさで排除する機能は腸管内に常在又は口から入る病原微生物(細菌やウイルスなど)や抗原となりうるタンパク質などを腸管から血中に侵入させない生体防御機能として極めて巧妙で合理的である。この小腸の分子サイズによる排除機能が無いと致命的な敗血症(細菌やウイルスなど)や免疫反応(抗原たんぱく質)を惹起するので生体にとって極めて重要な役割をしている。消化機能の本質は口から摂取した食物などを小腸で吸収可能な分子量(600以下)にまで小さく消化分解することにある。 引用文献1)Toshikiro Kimura: Biol.Pharm.Bull.17(2). 327-333 ,1994. 引用文献2)CHIOU, W. L. & BARVE, A:Pharm Res, 15, 1792-5,1998. 引用文献3)CA Lipinski, Adv. Drug Del. Rev. 1997, 23, 3.
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