ダイダラボウとは? わかりやすく解説

ダイダラボッチ

(ダイダラボウ から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/19 05:11 UTC 版)

ダイダラボッチは、日本の各地で伝承される巨人。類似の名称が数多く存在するが、以下では便宜的にダイダラボッチと呼称する。山や湖沼を作ったという伝承が多く、元々は国づくりの神に対する巨人信仰がダイダラボッチ伝承を生んだと考えられている(や大男などの妖怪伝承が巨人伝承になったという説もある。)[2]


注釈

  1. ^ (柳田 1977)の「じんだら沼記事」(『妖怪談義』所収)にて相模原市大沼に調査に行ったとの記述あり。その地ではダイダラボッチの伝説は無かったと落胆しているが、ダイダラボッチ伝説があるのは北に5キロメートルほどずれた鹿沼であった。
  2. ^ 藤澤衛彦「巨人伝説考」、『日本伝説研究第三巻』所収。ただし、石川県立図書館の調査によれば、能登地方に「たいたん坊」という呼称は見つかっておらず、藤澤の創作の可能性がある。
  3. ^ 高木敏雄『日本伝説集』より。柳田国男の「ダイダラ坊の足跡」には「デンデンボメ」とあるが、元の出典である『日本伝説集』には「デイデンボメ」とあり、誤記である。『定本柳田国男集5』311頁参照。
  4. ^ 「一二(いちに)」は「わずか」の意。従って「一二里」は「里の単位でわずかな距離」の意。しかし「一二里」を「1・2里」の意で捉えれば、具体的距離を示すものとなり、古代日本の1里は約5.3km、2里は約10.7kmと、数値を割り出すことができる。
  5. ^ 市井の娯楽本やインターネット上の記述で、本文中の「蜃」を妖怪の「(しん)」と関連付けるものが見られるが、ここで語られている「蜃(うむき、うむぎ)」は実体があって食用にされる貝類の「蛤(うむき、うむぎ)」、すなわち「蛤(はまぐり)」のことであって、妖怪ではない。
  6. ^ 水戸市塩崎町1064-1(地図 - Google マップ
  7. ^ 江戸時代における常陸国茨城郡塩ヶ崎村、幕藩体制下の常州水戸藩知行等塩ヶ崎村。
  8. ^ 大鼠が岩鼻を食い破ったことで湖水が排水されたとする伝説もある(『日本伝説叢書 信濃の巻』157 - 159ページ)。

出典

  1. ^ 宮本幸枝・熊谷あづさ『日本の妖怪の謎と不思議』学習研究社〈GAKKEN MOOK〉、2007年、89頁。ISBN 978-4-05-604760-8NCID BA81963861 
  2. ^ a b c d 『妖怪の本』学習研究社、1999年、92,98頁。92頁の挿絵(加賀国河北郡木越の光林寺跡で大太法師の足跡を見物する人々)は『北越奇談』のものと書かれているが、正確には『古今角偉談』巻之二の「大足跡と大足跡との角偉」である。
  3. ^ 「ダイダラ坊の足跡」
  4. ^ 「大太法師」 - 精選版 日本国語大辞典、小学館。
  5. ^ 南方熊楠『ダイダラボウシの足跡』(東洋學藝雜誌 25(319)、東京社 [編]、東京社、1908-04、pp.182-185)
  6. ^ でいだらぼっち”. さがみはら百選. シニアネット相模原. 2011年2月13日閲覧。
  7. ^ 井ノ口章次他編「静岡県庵原郡両河内村」『民俗採訪』昭和29年度号、國學院大學民俗学研究会、1955年、109頁、NCID BN13889905 
  8. ^ 村上健司編著『日本妖怪大事典』角川書店〈Kwai books〉、2005年、195-196頁。ISBN 978-4-04-883926-6 
  9. ^ 和田孝弌. “「信濃でぃらんぼう音舞」普及保存会ホームページ”. 信濃でぃらんぼう音舞普及保存. 2011年2月13日閲覧。
  10. ^ a b 宮田登 著「諸国の富士と巨人伝説」、斉藤滋与史他 編『静岡県史24民俗2』静岡県、1993年、957-964頁。 
  11. ^ 竹川義徳「節分の行事」『民間伝承』5巻6号、民間伝承の会、1940年3月、5頁。 
  12. ^ a b 高木直子他 著「その他の伝説」、塚田正朋他 編『長野県史民俗編』 3巻3号、長野県、1990年、483-484頁。 
  13. ^ 中村成文「大太法師伝説四種」『郷土研究』4巻7号、郷土研究社、1916年10月、50-51頁。 
  14. ^ 井田安雄 著「群馬の伝説の代表例」、志村彦衛他 編『群馬県史資料編27民俗3』群馬県、1982年、773頁。 
  15. ^ a b c d e f 村上健司 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、206,207,226頁。
  16. ^ 『佐久口碑伝説集南佐久編限定復刻版』発行者長野県佐久市教育委員会、全332頁中105~7頁、昭和53年9月20日発行
  17. ^ a b c “富士山へ注ぐ琵琶湖の水くむ 滋賀・近江八幡、伝説が結ぶ”. 京都新聞. (2014年7月24日). http://kyoto-np.jp/shiga/article/20140724000050 2014年7月25日閲覧。 
  18. ^ 衣袖漬常陸國風土記 香島郡/那賀郡
  19. ^ 那珂川沿岸農業水利事業所. “さらに詳しく 大串貝塚と巨人伝説”. 公式ウェブサイト. 関東農政局. 2019年5月20日閲覧。
  20. ^ a b 大串貝塚”. コトバンク. 2019年5月20日閲覧。
  21. ^ 鷹野光行(博物館学者、東北歴史博物館館長). “第3回館長講座『縄紋時代の研究史 明治時代以前と大森貝塚』” (PDF). 公式ウェブサイト. 東北歴史博物館宮城県. p. 1. 2019年5月20日閲覧。
  22. ^ 廣岡義隆「古典のテキストについて:文学研究におけるテキスト論」『三重大学日本語学文学』第17号、三重大学日本語学文学研究室、2006年6月、13-21頁、ISSN 09184449NAID 120000947942 
  23. ^ 小田勝『日本語史要講』2008年 - Google "上古有人"
  24. ^ 大串貝塚”. 小学館日本大百科全書:ニッポニカ』. コトバンク. 2019年5月20日閲覧。
  25. ^ 大串貝塚”. 講談社『国指定史跡ガイド』. コトバンク. 2019年5月20日閲覧。
  26. ^ 大串貝塚”. ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』. コトバンク. 2019年5月20日閲覧。
  27. ^ 大串貝塚”. 小学館『精選版 日本国語大辞典』. コトバンク. 2019年5月20日閲覧。
  28. ^ 衣袖漬常陸國風土記 託賀郡/賀毛郡/美嚢郡 針間播磨國風土記 託賀郡
  29. ^ a b 安部晃司他 著、人文社編集部 編『日本の謎と不思議大全 東日本編』人文社〈ものしりミニシリーズ〉、2006年、122頁。ISBN 978-4-7959-1986-0 
  30. ^ 『日本の民話20上州の民話第一集』1959年、140~4頁(榛名の大男)未來社
  31. ^ 『佐久口碑伝説集北佐久編限定復刻版』発行者長野県佐久市教育委員会、全434頁中、219頁、昭和53年11月15日発行
  32. ^ 大多羅法師の井戸 – 武蔵村山観光まちづくり協会”. 2022年10月12日閲覧。
  33. ^ デエダラボッチ、現る。村山デエダラまつりオフィシャルサイト”. www.dedara.com. 2022年10月12日閲覧。
  34. ^ 『代田のダイダラボッチ』(きむらけん著)北沢川文化遺産保存の会紀要第5号、2017年/『浦和市史民俗編』浦和市総務部市史編さん室、昭和55年、793頁。
  35. ^ 代田ダイダラボッチ音頭=”. 2021年3月28日閲覧。
  36. ^ 座間美都治『相模原民話伝説集』座間美都治、1978年11月、44-45頁。 
  37. ^ 山主敏子『さがみはらのふるさと絵本』相模原市教育委員会、1999年11月、52頁。 
  38. ^ 巨人の足跡がある!?相模原市に残る巨人伝説「でいらぼっち」とは? - かなっぺ相模版|出かけよう!かながわの地域ポータルサイト for Smartphone”. kanape-sagami.com. 2022年8月28日閲覧。
  39. ^ 11.でいらぼっち伝説伝承地(でいらぼっちでんせつでんしょうち)”. 相模原市. 2022年8月28日閲覧。
  40. ^ 『佐久口碑伝説集北佐久編限定復刻版』発行者長野県佐久市教育委員会、全434頁中 218頁、昭和53年11月15日発行。
  41. ^ https://u5h.jp/one-panel/2707/
  42. ^ 草野巧『幻想動物事典』新紀元社、1997年、190頁。
  43. ^ 大串貝塚ふれあい公園(埋蔵文化財センター)”. 水戸市 (2013年4月2日). 2017年4月17日閲覧。
  44. ^ 『佐久口碑伝説集北佐久編限定復刻版』発行者長野県佐久市教育委員会、全434頁中、216頁、昭和53年11月15日発行。
  45. ^ a b 秋田の昔話・伝説・世間話 口承文芸検索システム 鳥の海の干拓
  46. ^ 『佐久口碑伝説集南佐久編限定復刻版』発行者長野県佐久市教育委員会、全332頁中 105頁、昭和53年9月20日発行。
  47. ^ 今瀬文也「「ダイダラ坊」考」『茨城の民俗』第31号、茨城民俗学会、1992年12月、36-46頁。 


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ダイダラボウ

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晡時臥山」の記事における「ダイダラボウ」の解説

水戸市大足では晡時臥山はダイダラボウ伝説とも結びついている 。これは、かつては西南にあったこの山が日陰作って日暮れ早く、これに困りダイダラボウに山を動かしてもらったというもので、クレフシの名はすなわち、日暮れを防ぐことを意味するというものである

※この「ダイダラボウ」の解説は、「晡時臥山」の解説の一部です。
「ダイダラボウ」を含む「晡時臥山」の記事については、「晡時臥山」の概要を参照ください。

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