スチーム‐ハンマー【steam hammer】
読み方:すちーむはんまー
「蒸気ハンマー」に同じ。
スチームハンマー steam hammer
スチームハンマー (神奈川県)
スチームハンマー(旧横須賀製鉄所設置)〈/一八六五年、オランダ製〉
主名称: | スチームハンマー(旧横須賀製鉄所設置)〈/一八六五年、オランダ製〉 |
指定番号: | 94 |
枝番: | 0 |
指定年月日: | 1998.06.30(平成10.06.30) |
国宝重文区分: | 重要文化財 |
部門・種別: | 歴史資料 |
ト書: | |
員数: | 2台 |
時代区分: | 欧米 19世紀 |
年代: | 1865 |
検索年代: | 1865 |
解説文: | スチームハンマーは、一九世紀中期に英国で実用化された工作機械で、蒸気を動力としてハンマーを上下させ、その打撃によって金属の鍛造・圧延を行う。本機は幕末期に幕府が建設を図った横須賀製鉄所備え付けの機械として、オランダから輸入されたものである。ハンマーを片側のフレームのみで支えるシングルフレーム形式で、ハンマー部分の重量五〇〇キログラムの小型の機械である。本体に鋳出銘文があり、その取扱元と一八六五年の製造を明らかにしている。 開国後、江戸幕府は洋式軍艦の維持・修理のため、長崎製鉄所(造船所)に次いで、相模国三浦郡横須賀村に製鉄所の建設を企画し、建設にあたってはフランスの援助を受けた。製鉄所に必要な機械類の調達は、建設の責任者ヴェルニーと幕府から造船伝習生としてオランダに派遣されていた肥田浜五郎が担当し、慶応二年(一八六六)には機械類が横須賀に到着した。本機は、この際に製鉄所に据え付けられたものである。 製鉄所は建設途上に明治維新を迎え、新政府に接収されたが工事は継続され、明治四年(一八七一)、工部省所管の横須賀製鉄所として完工した。その後海軍省の管轄となり、横須賀海軍工廠として艦船の建造・修理が行われた。第二次大戦後は在日米軍の管理下に置かれ、今日に至っている。本機もその沿革に従ってきたが、昭和四十六年(一九七一)に横須賀市に譲渡され、横須賀市自然・人文博物館の所蔵品となった。 長期にわたって使用されてきたため、可動部分は大幅な修理・交換等が行われているが、伝来の明らかな幕末の工作機械の一つとしてわが国近代の産業技術発達史上に貴重である。 なお、同時期に輸入され、同一銘文をもつハンマー重量三トンの機械が、在日米軍横須賀基地船舶修理廠(U.S.Naval Ship Repair Facility:SRF)で稼働してきたが、近年その役割を終え、今後横須賀市において文化財としての保存活用を図ることが検討されている。 |
歴史資料: | エンボッシング・モールス電信機 ジョサイア・コンドル建築図面 スタンホープ印刷機 スチームハンマー フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト関係資料 ブレゲ指字電信機 ミルン水平振子地震計 |
蒸気ハンマー
(スチームハンマー から転送)
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蒸気ハンマー(じょうきハンマー、英語: steam hammer)とは、蒸気機関を動力源として、重量ある金属のハンマーを上下させて、鍛造・圧延を行う金属加工機械である。スチームハンマーともいう。
蒸気ハンマーに金型を取り付けたのが近現代のプレス加工や型鍛造の始まりである。現代でも動力を水圧や油圧に代えた、蒸気ハンマーとほぼ同様の機械ハンマーが、職工の手先技による少量生産品の自由鍛造で用いられている。
関連項目
- ヴェルニー公園 - 園内のヴェルニー記念館に、国内現存最古の蒸気ハンマー2基が保存展示。重文。
- 博物館明治村 - 山陽鉄道が自社の鷹取工場用にイギリスから輸入した3 t蒸気ハンマーが、産業遺産として保存展示されている。
外部リンク
- 大木利治 (2005年3月20日). “産業技術遺産探訪~旧・横須賀製鉄所・スチームハンマー(ヴェルニー記念館)”. 技術科@スクール(Technology Education @ School). 2011年12月20日閲覧。
スチームハンマーと同じ種類の言葉
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