ジョサイア・コンドル建築図面とは? わかりやすく解説

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ジョサイア・コンドル建築図面

主名称: ジョサイア・コンドル建築図面
指定番号 142
枝番 0
指定年月日 2006.06.09(平成18.06.09)
国宝重文区分 重要文化財
部門種別 歴史資料
ト書
員数 468
時代区分 明治大正
年代
検索年代
解説文: ジョサイア・コンドルJosiah Conder一八五二一九二〇)は明治十年一八七七一月工部大学校造家教師として英国から来日し辰野金吾【きんご】、片山東熊【とうくま】ら多く日本人建築家育てとともに鹿鳴館上野博物館などわが国代表する近代建築設計多数手がけた。明治十七年(一八八四)五月に工部大学校辞した後は、太政官臨時建築局官庁建築設計携わったが、明治二十一年一八八八三月銀座設計事務所開設して民間下ったコンドル設計事務所では、ドイツ大使館など各国大使館ニコライ堂代表される教会建築三菱一号館はじめとするオフィスビル岩崎家深川別邸など邸宅建築設計従事した明治三十七年一九〇四)五月に事務所銀座から麻布移して以後は、公的な建築設計する機会減り、おもに岩崎三井島津政財界有力者たちの邸宅設計行った大正九年一九二〇六月二十一日東京没した
 コンドル建築図面は、コンドル設計委嘱され建築付属施設家具室内装飾などに関する当初設計図面で、原則として計画段階から竣工に至るまでの期間に作成されたものであるコンドル自身描いたものや署名したものだけでなく、コンドル設計案基づいて工部大学校生徒事務所属した建築家技術者らが製図したものも含まれる
 京都大学所蔵コンドル建築図面は、『コンドル博士遺作集』(昭和六年)編纂委員であった古市公威【こうい】から寄贈されたもので、三八作品建築図面含まれる。その建築時期は、工部大学校、裏霞ヶ関官邸官界に身を置いた初期ニコライ堂基督教青年会館築地トリニティ教会などが銀座および横浜事務所構えた中期赤星大磯別邸三井家倶楽部島津邸、古河邸などが麻布移って以後晩期に手がけられた作品である。
 図面基本計画案と実施案の双方含み計画図、透視図配置図平面図立面図断面図矩計図基礎伏図など多種類に及ぶ。仕上げは、鉛筆書きと墨入がみられ、いずれも彩色施したものを含む。料紙ワットマン紙主体で、わずかにクロス紙や和紙などがみられるが、保存状態比較良好である。
 京都大学所蔵コンドル建築図面は、コンドル建築図面として質量ともに最もまとまった資料であり、わが国近代建築史上きわめて高い歴史的価値有する



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