アラビア世界での発展
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/21 20:26 UTC 版)
「アロマテラピー#歴史」および「en:Alchemy and chemistry in medieval Islam」も参照 ユナニ医学は、ヒポクラテスで知られる古代ギリシャの医学にまで遡る。古代ローマの医師ガレノスがまとめたギリシャ・ローマ医学などの古代ギリシャ・ローマの文化は、ヨーロッパではキリスト教徒の迫害により多くが失われた。6世紀には、ユスティニアヌス帝がアテナイの学園を閉鎖し、学者たちの多くはアラビア世界に亡命し、この地にギリシャ医学をもたらした。ギリシャ医学はアラビアで、世界各地の医学を取り込んで発展した。またアラビア圏には、ユナニ医学と対を成すものとして、預言者ムハンマドの言行にならって病気に対処する預言者の医術(英語版)(ţibb al-nabīy, al-ţibb al-nabawī)が存在した。これは、医療と信仰が表裏一体となった民間療法で、「神が下された病いに、癒しなきもの無し」という信念の元に行われた。 ガレノスの業績とそれをまとめたオリバシウス(en: c. 320–400)の著作や、テオフィロス・プロトスパタリオス(en: 7世紀)の中国医学の研究(脈拍の研究、尿検査法の基礎の確立)など、ビザンツ帝国の医学は、サーサーン朝ペルシャのジュンディーシャープール(現在のイラン・フーゼスターン州ゴンディーシャープール)の医学校に受け継がれた。イスラーム拡大後、サーサーン朝の医学はアッバース朝に受け継がれ、さらに知恵の館で、ギリシャ・ローマやペルシャ、エジプト、中国など、さまざまな地域の莫大な医学書・薬学書が翻訳された。中でも『医学問答集』を著したフナイン・イブン・イスハーク(Johannitius, 809–873)は、良質の翻訳を大量に行ったことで名を残している。ジュンディーシャープールではパーレビー語(古代ペルシャ語)に翻訳され、知恵の館では主に、イスラームの拡大で広範囲で使われるようになったアラビア語に訳された。インド医学の古典『チャラカ・サンヒター』『スシュルタ・サンヒター』も翻訳されており、ユナニ医学にはアーユル・ヴェーダの影響も見られる。 解剖学に関しては、イスラーム文化圏では、宗教的な制約で解剖が行われなかったので、ガレノスの誤りは修正されなかった。外科は宋の解剖学の影響もあったが、ガレノス医学を堅持しほとんど発展しなかった。手術はメスでなく焼灼に使う焼いた鉄の器具で切開を行ったため、術後感染症をおこし、死亡する患者が後を絶たなかった。これは、ユナニ医学を取り入れた中世ヨーロッパでも同様であった。 翻訳時代以降、10世紀から11世紀にかけて、アラビアでは多くの医学書が書かれた。アリー・アッタバーリーやアル・ラージー(Rhazes, 864-930)などによって、その地方の医学とインドやギリシャ・ローマの医学が融合し、批判を加えつつ進化し、「ユナニ医学」として親しまれた。さらにイブン・スィーナー(Avicenna, 980-1037)は、ガレノスの理論を継承し、時には批判を加えながらも発展させた。研究していたアリストテレスを参考に、ギリシア・アラビアの全知識を包含した、整合的な隙のない医学体系をまとめ上げ、医学書『医学典範』を著した。『医学典範』はアラビア・ヨーロッパの医学に絶大な影響を与えた。アル・ラージーの『アル・マンスールの書』(医学の簡潔な手引書)や、エジプト出身のユダヤ人イスハーク・アル・イスライーリー(9~10世紀)の『尿の書』(尿診断の基本的なテキスト)も、中世ヨーロッパでよく読まれた。アル・ラージーの医学書は臨床中心、イブン・スィーナーは理論中心であったが、どちらも理論と実践の融合を目指しているといえる。アッ・ザフラーウィー (en: Albucasis, 936-1019)が外科を、イブン・ズフル(en: Avenzoar, 1091-1162頃)が食事療法の基礎を築いた。 医学と共に錬金術も伝わったアラビア世界では、錬金術の研究によって化学が発展し、薬物の研究が進んだ。また、海上交易が盛んになったため、各地の生薬、香辛料が取り入れられた。イブン・アルバイタール(1188-1248)の本草書などがよく知られる。 ユナニ医学を含むアラビア文化は、モンゴル帝国の破壊によって衰退の道を辿った。ユナニ医学は、南アジアを中心とするイスラーム文化圏に現在まで受け継がれ、パキスタンやインド、エジプト、新疆ウイグル自治区などで広く行われている。特にパキスタンで盛んであるが、この国のユナニの治療者は、専門学校で学んだ者と、代々の伝統的治療者のもとで修業を積んだ者が存在する。
※この「アラビア世界での発展」の解説は、「ユナニ医学」の解説の一部です。
「アラビア世界での発展」を含む「ユナニ医学」の記事については、「ユナニ医学」の概要を参照ください。
- アラビア世界での発展のページへのリンク