水銀 性質

水銀

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/19 07:21 UTC 版)

性質

水銀は、各種の金属と混和し、アマルガムと呼ばれる合金をつくる。これは水銀が大半を占める場合には液体、水銀の量が少なければ固体となる。従来は広くの治療に使われていた。白金マンガンコバルトニッケルタングステンとは合金を形成しないので、水銀の保存には鉄の容器が用いられる。

生物に対して毒性が強いため、使用が控えられている金属である。 また、その特異な性質から様々な科学者の興味の対象となり、多くの現象の発見にかかわっている。

同位体

7種の安定同位体が存在する。同位体は、中性子の数が異なることから、僅かに質量が異なる。従って、同じ元素であっても物理学的な特性に違いを持つ。この特性を利用し、環境中に蓄積された水銀の同位対比を精密に測定する事で、水銀の循環を解明することが可能になる[4]

毒性

古代においては、辰砂(シンシャ。主成分は硫化水銀:鮮血色をしている)などの水銀化合物は、その特性や外見から不死のや船底の防腐剤として珍重され、また辰砂の一種である朱砂(スサ)は赤色塗料として使用された。特に中国皇帝に愛用されており、不老不死の薬、「仙丹」の原料と信じられていた(錬丹術)。

しかし現代から見ればまさにを飲んでいるに等しい。中世以降、水銀は毒として認知されるようになった。日本では辰砂の産地は丹生と呼ばれ丹生神社が建てられており、水銀中毒事件が神社社伝に記録されている場合がある[5]

世界中において有機水銀はかつて農薬として広く使われ、1970年代イラクでは、メチル水銀で消毒した小麦の種を食用に流用したパンによって有機水銀中毒で400人以上が死亡する事件が起きた。そして、その毒性から現在は使用が禁止され、代わりに無機水銀などが使われるようになった。さらに、水銀化合物自体の使用が環境汚染につながるとして忌避されるようにもなった。

2001年アメリカ合衆国では「乳児の際に受けた予防接種中のチメロサール(エチル水銀チオサリチル酸ナトリウム・ワクチンの防腐剤として使用される)によって自閉症になった」として製薬会社に対する訴訟が発生した。三種混合ワクチン日本脳炎ワクチン、インフルエンザワクチン、B型肝炎ワクチンなどの保存剤としてチメロサールが使われていたためである。そのためチメロサールを使わないか低濃度のものに替えるなど規制が強化されたが、その後の大規模調査で自閉症との関連は否定され[6]、関連を示唆した発端の論文は科学的不正があったとして撤回されている。

有機水銀は無機水銀に比べ毒性が非常に強い。特にメチル水銀の中枢神経系)に対する毒性は強力で、日本で起きた水俣病熊本県八代海)や、阿賀野川流域(新潟県)での工場排水に起因する有機水銀中毒(第二水俣病)の原因物質である。

地球上においては地殻などに水銀が比較的豊富に存在する。これら自然界に存在する水銀は水圏において非酵素的反応や微生物の作用によって有機水銀に変化し、食物連鎖を通じて、大形魚類や、深海魚、海洋動物に蓄積される(生物濃縮)。日本の厚生労働省キンメダイカジキマグロなどの魚類、クジライルカなどの海棲哺乳類に含まれる水銀が胎児の発育に影響を及ぼす恐れがあるとして、妊娠中かその可能性のある女性は、魚介類の摂取量や回数を制限するように注意を喚起している[7]

食物に占める魚介類の割合が多い日本では、メチル水銀の摂取量が他国と比較して高いことが知られている。メチル水銀の摂取量の地域的特徴は、マグロ類の消費傾向とよく一致し、関東地方などを中心とする東日本で高く、中国地方から九州北部にかけて比較的低くなっている。一方、発育途中にある胎児の神経系は、メチル水銀の影響を最も受けやすいと考えられる。魚介類にはある種の不飽和脂肪酸など、胎児の発育などにも有効な成分も多く含まれており、魚介類中に含まれる微量のメチル水銀が、胎児の発達にどれほどの影響を及ぼしているかは、研究者によっても見解が分かれるところである。

欧米の政府機関は、基準を設けて、マグロカジキなどの摂取制限を行っている[8]。特に妊婦や妊娠する可能性のある女性は、メチル水銀を多く含む大形食魚やイルカ、キンメダイなどの魚介類などを、基準より食べ過ぎないよう注意するとよい[9]。なお、マグロなどの魚介類はセレンを含んでおり、これがメチル水銀の毒性を軽減させているとの可能性も指摘されているが、詳細は不明である。

自然界では無機水銀及び有機水銀を処理して、金属状態の水銀に変化させるが存在する。この菌は通称水銀耐性菌と呼ばれ、水俣病の発生した地域の土壌から単離された。水銀耐性菌において無機水銀及び有機水銀を金属水銀に代謝するのは、この菌の産生するタンパク質によるものであることが遺伝子工学的な解析により判明しており、その担当遺伝子の解析も行われている(メタロチオネインも参考のこと)。環境汚染の浄化技術として、いわゆるバイオレメディエーションへの応用も行われている。

体温計に使われている水銀は金属水銀なので安全だと言われていた。[要出典]金属水銀は間違って飲み込んだとしても、消化管からはほとんど吸収されないので、急性中毒を起こすことはないと思われていたからである(ただし、一部が腸内細菌叢により酸化されたり、有機水銀に転換されて吸収される余地が示唆されている)。しかし、水銀は20℃で気化し、気化した場合にはから吸収されやすく、体内に吸収された場合にはヘモグロビン血清アルブミン結合して毒性を示す。このため水銀を含有する物(蛍光灯体温計血圧計ボタン型電池朱肉など)を焼却することは危険である。

これら水銀を含有する使用済み物品は分別回収の対象であるが、一般ゴミに紛れて焼却炉に入れられることもあり、東京都清掃センター水銀排ガス事件が起きている。

水銀体温計1本が混じったゴミを燃やすと、排気の水銀濃度は1立方メートル当たり数千マイクログラムに達する。日本では、新設のゴミ処理施設では排気の水銀濃度を1時間平均で1立方メートル当たり30マイクログラムまでとする規制が実施された。このため既存施設を含めて、排気の分析と活性炭などによる浄化が行われている[10]

許容摂取量

許容摂取量は、国際専門家会議 (JECFA) において、胎児を保護するため、暫定的耐容量 (PTWI) 1.6 μg/kgと定められており[11]諸外国[12]、においても、妊婦等への摂食制限の啓蒙や規制強化が行われている[13][14]

底質における水銀の蓄積

水銀の外部環境への排出抑制は取組が進んでいるが、過去に排出された水銀や現在でも水銀を含む農薬が許可されている国域では、河口や湖などの底質に蓄積されていることがある。日本国については産業技術総合研究所で全国の河川の底質を分析して、日本の地球化学図としてそのデータを公開している[15]。また環境省は基準値以上の水銀化合物を含む底質を除去するように政令で通達している[16]

水銀の基準


注釈

  1. ^ 常温常圧付近で液体状態をとりうる金属としては他にガリウム(融点30℃)、ルビジウム(融点39℃)、セシウム(融点28℃)、フランシウム(融点27℃(理論推定))などがあるが、融点が常温より十分に低いものは現在発見されている金属元素の中では水銀が唯一である。
  2. ^ 東大寺盧舎那仏像(奈良の大仏)の金めっきは金アマルガムを大仏に塗った後、加熱して水銀を蒸発させることにより行われた。一説には、この際起こった水銀汚染が平城京から長岡京への遷都の契機となったという。しかし2013年、東京大学大気海洋研究所が現地で当時の土壌を採取調査をしたところ、現代の環境基準よりはるかに低かったという[22]
  3. ^ 川柳に「水銀(みずかね)で心の曇りを研いでおき」などと詠まれている。

出典

  1. ^ Online Etymology Dictionary
  2. ^ a b c Online Etymology Dictionary
  3. ^ 桜井弘『元素111の新知識』講談社、1998年、326-327頁。ISBN 4-06-257192-7 
  4. ^ 武内章記、柴田康行、田中敦「水銀同位体生物地球化学」『環境化学』第19巻第1号、日本環境化学会、2009年3月17日、1-11頁、doi:10.5985/jec.19.1NAID 10024803660 
  5. ^ 岡部, 富久市「八満宇佐宮もう一つの謎」『大分縣地方史』第201巻、2007年11月、30- 49頁。 
  6. ^ メチル水銀ばく露による健康被害に関する国際的レビュー (PDF) 有村公良
  7. ^ 厚生労働省・魚介類等に含まれる水銀について
  8. ^ 水銀 渡辺和男氏(浜松医大)
  9. ^ 水俣病からメチル水銀中毒症へ 熊本大学
  10. ^ 【注目クリーン技術】排ガスの水銀 効率除去(JFEエンジ)ゴミ焼却施設、分析計工夫『日経産業新聞』2019年2月5日(環境・エネルギー・素材面)。
  11. ^ Opinion of the CONTAM Panel related to mercury and methylmercury in food JECFA
  12. ^ Mercury Levels in Commercial Fish and Shellfish アメリカ合衆国 FDA
  13. ^ 妊婦への魚介類の摂食と水銀に関する注意事項 日本国 厚生労働省
  14. ^ FDA ANNOUNCES ADVISORY ON METHYL MERCURY IN FISH アメリカ合衆国 FDA
  15. ^ 日本の地球化学図
  16. ^ 法令・告示・通達>底質の暫定除去基準について 日本国 環境省
  17. ^ 木下龜城九州の水銀礦床」『岩石鉱物鉱床学会誌』第25巻、第1号、29-36頁、1941年。doi:10.2465/ganko1941.25.29https://www.jstage.jst.go.jp/article/ganko1941/25/1/25_1_29/_pdf 
  18. ^ 松井和典・古川俊太郎・沢村孝之助「佐世保地域の地質」『地域地質研究報告(5万分の1地質図幅)』、地質調査所、1989年https://www.gsj.jp/data/50KGM/PDF/GSJ_MAP_G050_14068_1989_D.pdf 
  19. ^ 水銀に関する国内外の状況 (PDF) 環境庁 2014年5月
  20. ^ 水銀に関するマテリアルフロー(2010年度ベース)の検討結果 環境庁
  21. ^ 世界の水銀汚染問題(世界の水銀汚染研究の現状)
  22. ^ 朝日新聞デジタル版2013年6月1日0時24分
  23. ^ 水銀の処理等に関する検討会 とりまとめ (PDF) 東京都 2012年2月
  24. ^ 三栄製薬株式会社・沿革
  25. ^ チメロサールとワクチンについて 横浜市感染症情報センター(2005年12月16日)
  26. ^ 水銀血圧計等の回収促進に向けた御協力について(依頼) 環境省環境再生・資源循環局
  27. ^ 水銀廃棄物ガイドライン” (PDF). 環境省 (2017年6月). 2018年12月27日閲覧。
  28. ^ 可燃ごみで出さないで!水銀使用製品 船橋市公式ホームページ
  29. ^ 実験で使った水銀、そのまま流す 京都工繊大元教授に賠償命令”. 『京都新聞』 (2018年12月26日). 2018年12月27日閲覧。
  30. ^ Wang, Xuefang; Andrews, Lester; Riedel, Sebastian; Kaupp, Martin (2007). “Mercury Is a Transition Metal: The First Experimental Evidence for HgF4”. Angewandte Chemie International Edition 46 (44): 8371–8375. doi:10.1002/anie.200703710. ISSN 14337851. 






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