岩波文庫とは? わかりやすく解説

岩波文庫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/13 01:30 UTC 版)

岩波文庫
ジャンル 古典的価値を持つ書物
発売国 日本
言語 日本語
出版社 岩波書店
刊行期間 1927年7月10日 -
公式サイト https://www.iwanami.co.jp/bun/
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岩波文庫(いわなみぶんこ)は、岩波書店が発行する文庫本レーベル。

概要

1927年昭和2年)7月10日[1]に、当時の教養啓蒙主義のもと、ドイツレクラム文庫を模範とし、書物を安価に流通させ、より多くの人々が手軽に学術的な著作を読めるようになることを目的として創刊[注 1]された日本初の文庫本である[2]。国内外の古典的価値を持つ文学作品や学術書などを幅広く収めており、最初の刊行作品は『こゝろ』、『五重塔』、『にごりえたけくらべ』、『戦争と平和 第一巻』(米川正夫訳)、『櫻の園』(同訳)など22点[注 2]であった。

第二次世界大戦前は『岩波英和辞典』編集者の島村盛助訳によるエドウィン・アーノルドの抒情詩『亜細亜の光』などが刊行され、戦中には賀茂真淵『語意・書意』や本居宣長『直毘霊』などの国学文献のほか、『軍隊の服従と偉大』などが発行されたが、1938年2月7日、社会科学関係書目28点などが自発的休刊を強いられる[3]。戦後は『きけ わだつみのこえ』や社長吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』などが発行された。

1991年(平成3年)に活字を大きくしたワイド版(B6判)を創刊[注 3]。概ね評価が定着した作品を収録する。該当しない書目は、岩波現代文庫(2000年(平成12年) - )に収録されている(旧版は、岩波同時代ライブラリー(1990年(平成2年) - 1998年(平成10年))、現代文庫から岩波文庫への移行再刊もある。

古くからの読者には馴染みが深いが、定価は金額ではなく星印(★)で示しており、★1つ○円などと、星の数で値段を計算していた[注 4]。値上げの際には、1973年(昭和48年)に★1つあたりの値段を70円に値上げするまでは、★単価の改訂で告知していた。しかし、1975年(昭和50年)の定価改定時に、☆マークを導入し、★の在庫品に関しては当時の★1つ70円という旧価格で販売し、新刊・重版時に☆マークに切り替え、☆1つ100円とした。さらに、1979年(昭和54年)からは、★マークを50円として設定しなおし、100円の☆マークと併用して50円刻みの価格設定を行った。この方式は1989年(平成元年)の消費税導入時に総額表示が行われるまで続いた。

岩波文庫には原則として絶版はなく[注 5]、品切れがあるのみで、1982年(昭和57年)から定期的[注 6]に、リクエストの多い過去の刊行物の復刊を行っている。重版も毎月3〜4冊と、数十冊の一斉重版も年に1〜2度している。

製本

左は岩波文庫で、天アンカットで製本されている。右は比較用の三方裁ちで製本された文庫本(講談社学術文庫)。

創刊当初は、カバーではなく、活版印刷・糸かがり・天アンカットスピン(栞ひも[注 7])付き・グラシンのカバー掛け等の造本で[2]、本体の背が現在のものより1センチ高く作られていた。1960年代頃から他社の文庫はカバー導入を行ったが、岩波文庫でのカバー導入は遅く、カバー付文庫版の初登場は1982年(昭和57年)10月であった。

1987年(昭和62年)7月の新刊からは全てにカバーをかけ、背表紙の帯色で分野明示となった。1990年(平成2年)から年2回の一括復刊にもカバーをかけている。製本工程において天部(本の上部)を化粧裁ちしていない[注 8]

分類

カバーの背表紙下側(かつては帯)の色によって大きく5つのジャンルに分けられている。1974年(昭和49年)までは、下位分類は刊行順を基礎とするものであったが、1974年(昭和49年)から著者番号によって小さなジャンルに分けられる方式を採用した。しかし、当初は移行期ということで、帯の背には旧来の刊行順の番号を付けていた。全面的に著者番号を導入したのは1976年(昭和51年)からであり、帯にも著者別番号を記載することになった。

また、本体には、1974年(昭和49年)までは通算した星の数が、番号として記載されていた[注 9]が、1974年(昭和49年)の新刊・重版からは著者番号に統一された。これは6ケタの数字で構成されるのが基本となっている[注 10]

小さなジャンルでは著者番号が原則99人分しか確保されていないことになるが、既に満席となった赤帯500番台のフランス文学や青帯100番台の近代日本思想などでは、著者番号の前に「N」を付けることで著者数が拡張されている。

分類表
帯の色 著者番号 ジャンル
青帯(33) 1-99 日本思想(前近代)
100-199 日本思想(明治以降)
201-299 東洋思想
301-399 仏教
401-499 歴史地理
501-599 音楽美術
601-699 哲学
701-799 教育
801-899 宗教
901-999 自然科学
黄帯(30) 日本の古典文学。江戸時代まで。
緑帯(31) 日本の近現代文学
白帯(34) 1-99 法律政治
101-199 経済
201-299 社会
赤帯(32) 外国文学
1-99 東洋文学
101-199 ギリシアラテン文学
201-299 イギリス文学
301-399 アメリカ文学
401-499 ドイツ文学
501-599 フランス文学
601-699 ロシア文学
701-799 南北ヨーロッパ文学 その他

この他、解説総目録や文学案内などの別冊(35)がある。

なお、赤・青・白間で時期によって収録作品の分類が変わっていることがある[注 11]

佐藤正午直木賞受賞作『月の満ち欠け』は「岩波文庫に収めるには新しすぎる」という理由により「岩波文庫的」というレーベルで似た装丁の文庫版[注 12]が出版された[6]

ISBNコード使い回し問題

岩波文庫のISBNコードは、上記の著者別分類番号の6ケタをそのまま転用しているものが基本であるが、古典文学の注釈者や外国作品の翻訳者が異なるもの(つまり、同一の校訂者や翻訳者による改訂・改訳の領域を超えているもの)であっても、岩波文庫では同じ著者別番号を使用するとともに、ISBNコードを使い回すことがあった。

たとえば、佐佐木信綱 編の新訂『新訓 万葉集』上巻のISBN‐10は「ISBN 4-00-300051-X」である。「新日本古典文学大系」を文庫版にした『万葉集(一)』(佐竹昭広山田英雄工藤力男大谷雅夫、山崎福之 編)のISBN‐13は「 ISBN 978-4-00-300051-9」である。
ISBN‐10の「 ISBN 4-00-300051-X」をISBN‐13に変換すると「 ISBN 978-4-00-300051-9」になるので、ISBNコードは同じものを使っているということになる。両者とも『黄5-1』という分類番号が与えられ、表紙には『30-005-1』と横書きで、背表紙には『黄五-一』と縦書きで表示されている。

そこで、大学図書館の検索システムなどでは、国立情報学研究所が付与したNII書誌IDNCID)(これは非常に粒度が細かい番号付けを行っている)を用いて、前者の新訂『新訓 万葉集』上巻には NCID BN02932172を、前者の新訂『新訓 万葉集』上巻〈特装版、1997年刊〉には NCID BA30109498を、後者の『万葉集(一)』には NCID BB11320467を、(新訂ではない)改訂再版『新訓 萬葉集』には NCID BN01004385を割り当てるなどして区別している。

NII書誌ID(NCID)の例
番号 編著者 書名 ISBN NII書誌ID(NCID)
1 佐佐木信綱 編 新訂『新訓 万葉集』上巻 ISBN 4-00-300051-X NCID BN02932172
2 佐佐木信綱 編 新訂『新訓 万葉集』上巻〈特装版〉 不明 NCID BA30109498
3 佐竹昭広ほか 校注 『万葉集(一)』 ISBN 978-4-00-300051-9 NCID BB11320467
4 佐佐木信綱 編 改訂再版『新訓 萬葉集』 不明 NCID BN01004385

ISBNコードはその書物のユニーク(個別)性を維持・識別可能する目的で定められているので、このようにISBNコードを使い回した登録は本来、行ってはならないルールになっている[7]

インターネット上の古書市場(「日本の古本屋」やAmazonほか)で、商品の識別にISBNコードに由来する値を用いているシステムで運用すると、それまでの旧版と、全く訳者・注解者が異なる新版とが、同一の番号にひも付けされ、両者を区別して登録することができなくなる。出品者・購入希望者共に留意が必要である。公共図書館の蔵書検索システムや店頭書店の在庫管理システムでISBNコードのみを用いた場合も同様の結果となるので、著者名・校注者名・翻訳者名などもあわせて確認する必要がある。

なお、『万葉集』に関しては、第2巻には『黄5-2』と著者別分類は旧のものを維持しながらも、ISBNコードは〈 ISBN 978-4-00-300055-7〉という、いままでの刊本にはなかった番号があたえられ、第3巻以降と『原本 万葉集』は新しい番号となっている。

また2016年以後刊行の改版や、古典作品の新版では、いずれも著者別分類は同じであっても新しいISBNコードを付与している[注 13]

収録作品における諸問題への批判

『紫禁城の黄昏』抄訳問題

1989年(平成元年)2月に出版された岩波文庫版(入江曜子春名徹訳)は、原書の全26章中、第1章から第10章・第16章と序章の一部が省かれている[注 14]。訳者あとがきでは、「原著は本文二十五章のほか、序章、終章、注を含む大冊であるが、本訳書では主観的な色彩の強い前史的部分である第一〜十章と第十六章『王政復古派の希望と夢』を省き、また序章の一部を省略した」と述べている。

岩波文庫版で省略された章には、当時の中国人が共和制を望んでおらず清朝を認めていたこと、満洲が清朝の故郷であること、帝位を追われた皇帝(溥儀)が日本を頼り日本が助けたこと、皇帝が満洲国皇帝になるのは自然なこと、などの内容が書かれている[8]

旧版『危機の二十年』誤訳問題

岩波文庫の旧訳版は、多数の誤訳や不適切な訳文が指摘された[9]。以後は「在庫なし」の状況となり、入手困難だったが、2011年(平成23年)11月に新訳版が出版された。

『きけ わだつみのこえ』改変問題

1994年(平成6年)4月23日のわだつみ会総会で、副理事長の高橋武智が理事長に就任し、第4次わだつみ会が発足する。第4次わだつみ会は1995年(平成7年)に岩波文庫から『新版「きけ わだつみのこえ」』を出版したが、遺族や関係者から「誤りが多い」「遺族所有の原本を確認していない」「遺稿が歪められている」「遺稿に無い文が付け加えられている」「訂正を申し入れたのに増刷でも反映されなかった」といった批判を浴びる。1998年(平成10年)、遺族は中村克郎・中村猛夫・西原若菜が発起人となって、第4次わだつみ会とは全く別に「わだつみ遺族の会」を結成。うち中村克郎と西原若菜が遺族代表として、わだつみ会と岩波書店に対して「勝手に原文を改変し、著作権を侵害した[10]」として「新版の出版差し止め」と「精神的苦痛に対する慰謝料」を求める訴訟を起こす[11]。原告が提出した原本と新版第一刷の対照データをもとに岩波書店が修正した第8刷を1999年(平成11年)11月に出版し提出した結果、翌12月、原告は「要求のほとんどが認められた」として訴えを取り下げた[10]

『さまよえる湖』誤解説問題

科学者でもない翻訳者福田宏年の誤った解説を、何ら検証することなく掲載し、読者に重大な誤解を与えた。

収録された事のない古典

岩波文庫は世界の古典をかなり網羅しているが、収録された事がない古典もある。2021年時点での例をあげる。

脚注

注釈

  1. ^ 文庫巻末に掲載されている発刊の辞「読書子に寄す―岩波文庫発刊に際して」に、「かつては民を愚昧ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と美とを特権階級の独占より奪い返すことは常に進取的なる民衆の切なる要求である。岩波文庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。」とある。なお、起草者は三木清で、当時の社長であった岩波茂雄の名で発表された。
  2. ^ その他の刊行書目として、『おらが春・我春集』、『病牀六尺』、『仰臥漫録』、『北村透谷集』(島崎藤村編)、『號外 他六篇』(國木田獨歩著)、『藤村詩抄』(自選)、『幸福者』、『出家とその弟子』、『賢者ナータン』(大庭米治郎訳)、『闇の力』(トルストイ著,米川正夫訳)、『生ける屍』(同著,同訳)、『叔父ワーニャ』(同訳)、『父』(小宮豊隆訳)、『令嬢ユリェ』(茅野蕭々訳)、『プラトン ソクラテスの弁明・クリトン』(久保勉・阿部次郎訳)、『認識の対象』(リッケルト著,山内得立訳)、『科学の価値』(ポアンカレ著,田邊元訳)。7月15日には『實践理性批判』(波多野精一・宮本和吉訳)が刊行された。
  3. ^ 2015年3月刊で休止
  4. ^ 1927年(昭和2年)の創刊当初は★1つで20銭であった。
  5. ^ 例外として「翻訳が新しくなったとき」などには、旧訳のものを絶版にすることがある。
  6. ^ かつては春と秋であったが、現在は春のみ。
  7. ^ 1970年に廃止された[4][5]
  8. ^ この体裁を採用したのは「フランス装風の洒落た雰囲気を出すため」とされるが[5]、現在一般的になった三方裁ちに比べると製本上手間がかかる。なお、岩波文庫と同様に天の部分を化粧裁ちしていない文庫として新潮文庫があるが、その理由は本の上部に栞を付けているためである。
  9. ^ 定価を改訂して星の数が増えたときは、aを追加していた。
  10. ^ 例えば『黄1-1』の『古事記』ならば、〈30-001-1〉のように記載される。
  11. ^ 例えばルソー『告白』『孤独な夢想者の散歩』は赤から青に移籍した。
  12. ^ 厳密には「文庫サイズの単行本」であり、当然ながら岩波文庫や岩波現代文庫の目録には収録されない。
  13. ^ 森鷗外の『青年』や泉鏡花の『歌行燈』、野間宏の『真空地帯』の改版の際や、『源氏物語』の新版など。
  14. ^ 全分量の約半分に該当する。

出典

  1. ^ 『岩波書店七十年』(1987年3月27日、岩波書店発行)43頁。
  2. ^ a b 文庫本”. 製本のひきだし 製本用語集. 東京都製本工業会. 2020年6月29日閲覧。
  3. ^ 岩波書店五十年
  4. ^ 岩波文庫の80年”. 岩波文庫. 2020年6月29日閲覧。
  5. ^ a b 文庫豆知識”. 岩波書店. 2020年6月29日閲覧。
  6. ^ 佐藤正午の直木賞受賞作、「岩波文庫」の装いで文庫化”. 日本経済新聞 (2019年9月18日). 2025年1月13日閲覧。
  7. ^ ISBNと日本図書コードのルール<運用のガイド-資料集<日本図書コード管理センター[リンク切れ]
  8. ^ 桑原聡 (2005年4月18日). “出版インサイド『紫禁城の黄昏』岩波文庫版は何を隠したか”. 産経新聞 (産経新聞社). http://blogs.yahoo.co.jp/juliamn1/1636434.html 2014年3月22日閲覧。 
  9. ^ 山田侑平「岩波文庫 あの名著は誤訳だらけ――大学生必読「国際政治学の古典」は全く意味不明」『文藝春秋』第80巻(4号)2002年4月号、文藝春秋、2002年4月、202-209頁。 
  10. ^ a b 『きけわだつみのこえ』改変事件”. 裁判の記録1999下. 日本ユニ著作権センター. 2011年4月5日閲覧。
  11. ^ 保阪(1999)、第7章

参考文献

関連項目

外部リンク


岩波文庫(岩波書店)

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三島由紀夫」の記事における「岩波文庫(岩波書店)」の解説

三島由紀夫紀行文集』(2018年9月15日)- 「アポロの杯」ほか海外国内紀行3章分け収録編・解説佐藤秀明若人れ・黒蜥蜴一篇』(2018年11月17日)- 他に「喜びの琴」を収録解説佐藤秀明三島由紀夫スポーツ論集』(2019年5月17日)。編・解説佐藤秀明

※この「岩波文庫(岩波書店)」の解説は、「三島由紀夫」の解説の一部です。
「岩波文庫(岩波書店)」を含む「三島由紀夫」の記事については、「三島由紀夫」の概要を参照ください。

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