JBC加盟前
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日本のJBCは、長らくIBFおよびWBOへの日本選手の参加を認めていなかった。これはIBFの項でも触れられているが、JBCが「王座の乱立は望ましくない」とのスタンスを保っていることが主な理由である。しかし近年はIBFやWBOの王者がWBAやWBCの王者と統一戦を行う場合があることや、世界的に知名度の高い王者を輩出することなどで両団体の評価が高まり、日本選手の王座挑戦機会を増やすためにもJBCは両団体を認定するべきだ、との声も強くなっていた。実際、WBOはJBCの認定を目指し、1998年にニューヨーク在住の会社オーナー・高橋(正野)篤史に日本代表としての認定証を託し、JBCへ送り込んだ経緯もあった。 JBCが認可する以前より、同団体の王座への挑戦を行う日本のボクサーは存在した。最も古い例では、1995年2月19日に米国カリフォルニア州で行われた試合で、西島洋介山が北米ボクシング機構(NABO)クルーザー級王座を獲得している。また2002年12月15日に大阪府池田市で開催された興行において、野上真司がWBOアジア太平洋スーパーフェザー級王座に挑戦し、日本人選手として初めて同王座を獲得している。2008年10月11日に韓国のボクシングコミッションのライセンスを取得した木村隼人がWBOアジア太平洋スーパーフライ級暫定王座を獲得、2009年12月12日には山口賢一がWBOアジア太平洋スーパーバンタム級暫定王座を獲得、2011年11月15日には竜宮城がWBOアジア太平洋フェザー級王座に挑戦したが王座獲得に失敗している。2012年4月30日に大阪府堺市での興行でOPBF東洋太平洋フェザー級王者の大沢宏晋がWBOアジア太平洋フェザー級暫定王者のロベルト・コパ・パルエをOPBF東洋太平洋フェザー級王座の挑戦者として迎え、9回1分34秒TKO勝ちを収めOPBF東洋太平洋フェザー級王座の防衛と同時にWBOアジア太平洋フェザー級暫定王座を獲得に成功、2016年4月2日にはフィリピンのジェネラル・サントスでヨン・アーメッドとWBOアジア太平洋フェザー級王座決定戦を行い、初回2分49秒KO勝ちを収め王座獲得に成功している。 2009年より、JBCは国内世界王者とJBC未公認メジャー団体王者による王座統一戦に限り、容認する方向性を打ち出し、規制が事実上緩和された格好になった。それを受け、2010年4月30日に日本武道館にてWBO世界バンタム級王者フェルナンド・モンティエルがWBC世界バンタム王者の長谷川穂積の王座に挑戦する形で試合が開催された。なお、この試合はJBCの公認タイトルマッチであり、長谷川は日本人として初めてWBOの世界王者と対戦したことになる。 ただし、JBCが公認するのはWBC王座のみで、長谷川が勝てばWBC王座のみの防衛となりWBO王座は獲得とはならず空位になり、逆にモンティエルが勝てばWBC王座とWBO王座の統一王者となるという変則的なタイトルマッチであったが、試合はモンティエルが長谷川に4回2分59秒TKO勝ちし、WBC王座とWBO王座を統一した。 従って日本ボクシング界では『王座統一戦』とされていても、WBA・WBCの国内王者にIBFやWBOのJBC未公認メジャー団体王者が挑戦するという変則的な形でタイトルマッチが行われるため、完全な形での公認とはされていなかった。 だが、2010年12月に日本プロボクシング協会(JPBA)は統一王座に限り、IBF・WBO両王座の保持を認める方針で合意し、JBCに案を提出する。背景にはWBA・WBCが暫定王座の粗製乱造やスーパー王座・シルバー王座などの創設を進めたため、「王座の乱立を防ぐ」とした建前が脆くも崩れたことがあり、一方でIBF・WBOを単純に公認するのではなく、統一王座に限り認めることで王座の権威を保ちつつ世界戦のカードを多くする狙いがあった。 2011年2月28日、JBCは日本非公認の世界王座認定団体となるIBFとWBOについて、日本ジム所属のWBAまたはWBCの世界王者との王座統一戦に限り認めることを決定した。ただし、統一王座の防衛戦は行えず、返上を義務付ける。 2012年4月22日、JPBAはIBF・WBO認定準備委員会を設置し、将来的な認定を前提に議論を進めていくことを発表した。 2012年10月13日、JPBAは東京都内で理事会を開き、IBFとWBOへの加盟をJBCに要請することを決めた。これによりWBAとWBCを合わせ、2013年にも世界主要4団体が日本で認可される見通しになった。世界チャンピオンの乱立を防ぐため、王座挑戦資格の内規もまとめ、条件は4団体とも同じで、国内で世界タイトルに挑戦できるのは、 世界王座の獲得経験者、または指名挑戦権を得た選手 日本王座、またはOPBF王座の獲得経験者 アマチュアの三大国際大会(五輪、世界選手権、プレジデント杯)で3位以内 のいずれかの実績を持つ選手に制限される(ただし女子については適用せず)。 2012年11月28日、JBCはIBFとWBOへ加盟について有識者会議を開催。会議後、JBCの森田健事務局長は「来年早々にも認めたい」と両団体認可の方針を明らかにした。 2012年12月24日、JPBAは静岡県熱海市内で理事会を開き、10月にまとめた世界王座挑戦資格の内規のうち、五輪でのメダル獲得などアマチュア実績を外した上で、IBFとWBOへの加盟をJBCに正式要請することを決定した。日本国内で世界王座に挑戦できるのは、元世界王者か指名挑戦権を得た選手、もしくは日本王座かOPBF王座の獲得経験者に制限し、日本王座保持者やOPBF王座保持者の世界挑戦が決まった場合は、王座返上を義務付ける。 2013年2月18日、JBCは2013年4月1日より、IBFならびにWBOの両団体を正式に承認し加盟する事を決定したと発表した。JBCがWBAから独立したWBCを1970年に承認して以来、40年以上続いた2団体時代が終わり、4団体時代に突入することとなった。これで主要4団体すべての世界戦を国内でJBCが正式に承認したタイトルマッチを行う事が可能となった。ただし、今後は4団体となり世界戦が乱立する可能性もあるため、JPBAは挑戦者資格の条件をつくり、JBCもWBO、IBFの承認後の一定期間、その挑戦者資格や試合の検証を行ってチェックしていく方針だという。 2013年4月1日、JBCは世界ボクシング機構(WBO)に加盟した。 また、これまでIBFやWBOの王座に挑戦するためにJBCに引退届を提出した選手の復帰に関しては、正式な手続きを踏んで辞めた場合、申請があれば資格審査委員会にて復帰を認めるかどうかの協議をするとしている。
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