第8の哨戒 1944年5月 - 7月とは? わかりやすく解説

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第8の哨戒 1944年5月 - 7月

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/31 14:54 UTC 版)

ホエール (潜水艦)」の記事における「第8の哨戒 1944年5月 - 7月」の解説

5月28日ホエール8回目哨戒日本近海向かった出港後しばらくは駆逐艦カッシン (USS Cassin, DD-372) と行動をともにし、やがてカッシン別れていった。6月7日午後ホエール北緯3130東経14216分 / 北緯31.500度 東経142.267度 / 31.500; 142.267の地点で二列縦隊航行中第3606船団発見夜に入って10,000トン級と思われ輸送船2番目の4,000トン輸送船に対して魚雷3本ずつ計6本発射し10,000トン輸送船に2本、4,000トン輸送船に1本が命中した判定された。ホエール反撃受けたため深深潜航東南方向退避していった。後に、自艦の120マイル北の地点で、自艦が攻撃したであろう輸送船曳航されているという情報キャッチした日本記録によると、輸送船杉山丸(山下汽船、4379トン)が損傷したその後6月12日から7月4日までホエール四国の南側で哨戒し、6月13日には北緯3137東経13209分 / 北緯31.617度 東経132.150度 / 31.617; 132.150の地点で、数機の航空機規定どおりの装備施した病院船観測した7月5日ホエール日本近海を後にして帰途につき、7月11日ミッドウェー島到着7月16日ホエール50日間行動終えて真珠湾帰投この後8月12日まで大改修受けた

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第8の哨戒 1944年5月 - 7月

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/12/22 18:25 UTC 版)

バーブ (潜水艦)」の記事における「第8の哨戒 1944年5月 - 7月」の解説

5月21日バーブ8回目哨戒オホーツク海および千島列島方面向かった5月31日バーブ北緯4828東経15104分 / 北緯48.467度 東経151.067度 / 48.467; 151.067の地点ヘリング (USS Herring, SS-233) と合同し付近に船団通過する兆候見られたので、2隻でこの船団攻撃することとしバーブヘリング分離して攻撃地点向かった。少し後、北緯4821東経15119分 / 北緯48.350度 東経151.317度 / 48.350; 151.317の松輪島西北西70キロ地点バーブ攻撃準備行っている最中爆雷炸裂音を聴取した。これは、ヘリング松輪島西方70海里にて、同島から小樽向けて出港してきた船団攻撃し海防艦石垣撃沈したことを示す音であった直後バーブは「大型輸送船」を発見して魚雷3本発射し、うち1本が陸軍輸送船まどらす丸(南洋海運、3,802トン)に命中して約4分で撃沈夕刻には北緯4752東経15102分 / 北緯47.867度 東経151.033度 / 47.867; 151.033のラショワ島西北西42キロ地点特設運送船東丸三光汽船、1,053トンに対して魚雷3本発射し、すべて命中して東丸撃沈した一連の攻撃終えてバーブ確認のために浮上すると、一人日本人漂流していたので救助し捕虜とした。この日本人は、石垣唯一の生存者とする書物もあるが、バーブ記録は興東丸生存者とする。この日の戦闘の後バーブヘリング消息を知ることはなかった。バーブ宗谷海峡方面移動し6月2日未明には「千鳥型水雷艇に対して魚雷3本発射した命中しなかった。同日夜に網走近海針路を向け、機会あれば網走に対して艦砲射撃を行うことも予定されていた。実際6月3日夕刻には網走近海到着したものの、網走から50マイル四方ある日本の7つ航空基地から影響を受けるだろうとの懸念から、網走への艦砲射撃断念された。6月9日夜、択捉島近海航行中バーブ海底探査中、急に浅瀬になって水深がわずか4ファゾム(約7.3メートルしかない部分発見し大急ぎで舵を切り全速後進行った結果座礁事故免れた6月11日昼には北緯4821東経14423分 / 北緯48.350度 東経144.383度 / 48.350; 144.383の地点で、氷に囲まれた2隻のトロール船あるいはサンパン発見して4インチ砲で砲撃し最初に氷を「撃沈」してから照準訂正して再度砲撃しトロール船撃沈したその日の夜、バーブ北緯4819東経14432分 / 北緯48.317度 東経144.533度 / 48.317; 144.533の樺太南東トーニ東南東40キロ地点レーダーにより2つ目標探知しそれぞれの目標向けて魚雷3本ずつ計6本発射魚雷小樽向けて航行中の2隻の輸送船千早丸(東邦水産、1,160トン)と東天丸(日本海洋漁業、3,830トン)に計3本命中させ、3本のうち2本はともに船尾命中した。1隻は早々に沈没したがもう1隻は浮いており、バーブはさらに魚雷3本発射して始末した2日後6月13日には、北緯5053東経15142分 / 北緯50.883度 東経151.700度 / 50.883; 151.700の幌筵島西方37キロ地点で、幌筵島柏原から駆逐艦初春護衛の下に小樽向かっていた輸送船高島丸日本郵船、5,633トン)を発見バーブ2130分過ぎに、艦尾発射管最後に残っていた魚雷2本を高島丸向けて発射してうち1本が命中し高島丸23時7分に沈没した高島丸当時日本保有していた新鋭砕氷船のうちの1隻であった7月9日バーブ49日間の行動終えて真珠湾帰投した。

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