第8の哨戒 1944年9月 - 11月
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「ソーフィッシュ (潜水艦)」の記事における「第8の哨戒 1944年9月 - 11月」の解説
9月9日、ソーフィッシュは8回目の哨戒でドラム (USS Drum, SS-228)、アイスフィッシュ (USS Icefish, SS-367) とウルフパックを構成し、ルソン海峡方面に向かった。10月9日未明、ソーフィッシュは北緯19度30分 東経116度38分 / 北緯19.500度 東経116.633度 / 19.500; 116.633のルソン島北西端ボヘヤドール岬西北西232海里地点でマタ28船団を発見し、艦首と艦尾の発射管を使って魚雷を計10本発射。魚雷はタンカー橘丸(日本油槽船、6,539トン)に2本が命中してこれを撃沈した。このころ、第38任務部隊(マーク・ミッチャー中将)がフィリピン攻略支援で台湾や南西諸島を叩くべく接近し、また中国大陸からのB-29も飛来。ソーフィッシュは第38任務部隊機やB-29の援護任務を命じられた。10月16日、ソーフィッシュは小さなゴムボートで数日間も飲まず食わずで日よけもないまま漂流していたパイロットを救助した。ソーフィッシュ以下のウルフパックは救助後もボヘヤドール岬沖に居座った。10月18日には北緯22度25分 東経119度34分 / 北緯22.417度 東経119.567度 / 22.417; 119.567の地点で、駆逐艦か「千鳥型水雷艇」に対して魚雷を4本発射したが、命中しなかった。 10月23日午後、北緯18度57分 東経118度23分 / 北緯18.950度 東経118.383度 / 18.950; 118.383の地点にいたソーフィッシュは、おりからの悪天候の中を航行中のマタ30船団からの煙を発見。マタ30船団は船団旗艦駆逐艦春風の名前を取って「春風船団」とも言われた。艦尾発射管の魚雷を撃ち尽くして艦首発射管の魚雷しか攻撃の手立てがなかったソーフィッシュは17時24分、北緯18度58分 東経118度31分 / 北緯18.967度 東経118.517度 / 18.967; 118.517の地点で魚雷を5本発射。魚雷は船団最後尾を航行中の特設運送船君川丸(川崎汽船、6,863トン)の船尾を中心に命中し、君川丸はあっけなく沈没していった。マタ30船団に対する攻撃では、ソーフィッシュ以下のウルフパックの他に、シャーク (USS Shark, SS-314)、シードラゴン (USS Seadragon, SS-194)、ブラックフィッシュ (USS Blackfish, SS-221) からなる別のウルフパックと、それとは別の行動をとっていたスヌーク (USS Snook, SS-279) が合流してきており、君川丸を含め合計9隻の輸送船を撃沈する戦果を挙げたが、シャークが10月24日朝に春風の反撃を受けて撃沈されており、100パーセントの完勝劇とは行かなかった。ソーフィッシュは深夜23時21分に魚雷を4本発射し、この魚雷は極東丸型1万トン級タンカーに1本が命中して撃沈したと判断され、明け方に戦場を離れた。11月8日、ソーフィッシュは58日間の行動を終えてマジュロに帰投。艦長がダグラス・H・プーグ少佐(アナポリス1938年組)に代わった。
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